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 ラッパの音と共に、国王陛下、王妃様、そして王太子エリオット殿下が入場された。私達は全員臣下の礼を取り、頭を下げる。


 陛下の合図で顔を上げると、エリオット殿下と目が合った。微笑んでいらっしゃるけど…な、何か怒っていらっしゃるのかしら?私、何かしました?


 陛下のご挨拶が続いていたけど、エリオット殿下が怖くて全然耳に入らなかったわ。思わず叔父様の腕に縋り付いたわよ。


「さて、今宵は良い知らせがある。長きに渡り、王家へ貢献を続けるバーンスタイン家の侯爵への陞爵が決まった」


 陛下の言葉に、客たちが騒めいた。先程まで好奇の対象として見られていたバーンスタイン家に、一気に様々な視線が注がれているわ。


 オースティン家の皆様は…。あら、顔面蒼白でビックリなさっているわね。


 お父様とお母様が陛下の前に進み出て、臣下の礼を取った。


「バーンスタイン。大儀である」


「バーンスタイン家は、今後も王家の礎となりましょう」


 会場から割れんばかりの拍手があった。良かった。あまり反発はないようだわ。


「それともう一つ…。これは王太子、エリオットより知らせようか」


 ニヤリと陛下が笑い、エリオット殿下を促す。

 あら?陛下から婚約についてご説明があると伺っていたけど…。先にお伺いしていた段取りとは違うのかしら?


 エリオット殿下がニッコリと笑い、私の元に一直線に向かってくるわ。


「アメリア・バーンスタイン嬢」


 エリオット殿下に呼ばれ、その手を取られて…ええっ!エリオット殿下!どうして跪いてらっしゃるの?王族が簡単に跪くのはダメよねっ?

 慌てて陛下や王妃様にキョロキョロと目を向けると…。あら?何故かノリノリでいらっしゃるわ…?いいの?


「美しく聡明な私の最愛。愛しい月の姫。どうか私の唯一の妃となり、共にこの国に身を捧げてはくれないか。私はこの愛と信頼の全てを、君に捧げると誓おう。私と共にあり、支え合い、この国を導く片割れになって欲しい」


 エリオット殿下が私の手に口付ける。

 会場から今夜一番の、響めきが上がった。キャーッとお嬢様方の悲鳴も聞こえる。


 エリオット殿下のお言葉と、その眼差しの優しさに、私は胸が熱くなって、涙が溢れそうになった。

 すぐに殿下の胸に飛び込みたくなったけど、ダメだわ、感情に任せては。こんなに真摯に思ってくださる殿下に、ちゃんとお心を返さなきゃ。


 声が震えない様、私は必死で笑顔を浮かべる。


「私の唯一、私の最愛。喜んでお申し出をお受け致しますわ」


 そう答えた途端、エリオット殿下が立ち上がり、私を抱き締めた。客達からさらに悲鳴が上がったけど、私が悲鳴をあげたいわ!こ、こ、こんな大勢の方の前でっ!恥ずかしいわよっ!

 私は小声で殿下を窘めた。


「で、殿下!人前はダメですっ」


「もう婚約者だ!構わない」


 か、構いますっ!ダメですっ!人前で口付けは嫌ぁ。恥ずかしくって表を歩けなくなります。


 涙目の私に苦笑して、殿下は何とか止まって下さった。しかしガッチリ腰を引き寄せられる。


「なんて事だ、アメリア。私の贈ったドレスが似合いすぎる。美し過ぎて余計な虫を惹きつけてしまうとは、大きな誤算だ」


 チュッチュッと頬や額に忙しなく口付けられ、そんな事を物騒な声音で呟かれた。余計な虫って、ルイス様のことかしら。あら、オースティン家と揉めているところを見られていたのかしら。


「ルイーザ嬢とジェシカ嬢の遣いが、君がオースティン家に絡まれている事を知らせてくれた。またあのボンクラに君を掻っ攫われるつもりかと」


 ルイーザ様とジェシカ様の方を見ると、拳を握ってこちらに振って見せてくれたわ。まぁ、なんて勇ましくて可愛らしいのかしら。


「私の最愛。まさかオースティン家の嫡男に、絆されていやしないだろうね」


 殿下の囁き声に、私はむっと唇を尖らせた。私、そんなに信用がないのかしら?


「さっき、オースティン家の嫡男の言葉に、真っ赤になっていたじゃないか」


「まさか…。あの方の言葉には鳥肌しか出ませんわ。私が赤くなったのは…」


 私は口を噤んだ。エリオット殿下のお声を思い出したからなんて、恥ずかしい事言えるわけないじゃない。

 

 でも殿下の焦燥にかられたお顔を見て、逆の立場で考えた時、殿下が他の女の人に赤くなってたら嫌な気持ちになるわと思い直した。恥ずかしくて死にそうだけど、殿下のお心をできるだけ早く軽くしてあげたい。


 私は殿下の耳元に、小さな声で囁く。


「私が赤くなったのは、殿下のお声を思い出したからです。え、エルナン国からの帰りの馬車でのことを…」


 嫌ぁ。恥ずかしい。泣きそうだわ。泣いていいわよね、これは!


 私の言葉に、殿下は固まっていたけど、すぐに真っ赤な顔になって、口元を抑えた。目が笑っていらっしゃるわ。もうっ!


「あー、そこの2人。いつまで2人っきりの世界にいるつもりかな?皆の前だ、それまでにしておきなさい」


 陛下の言葉に、私は我に返った。

 そうだわ、ここは夜会だった。

 そして周りには沢山のお客様が…いるわね。皆さんからの視線が痛いわ…。


「さて皆の者。次代の王と王妃は、斯様に仲睦まじい。年若い2人故に、そちら家臣の力が不可欠だ。これからも2人への忠誠と助力を願うぞ」


 陛下のお言葉に、客達から大きな拍手が上がった。オースティン家の皆様も、青い顔で拍手している。


 王族の皆様の挨拶が終わった後、会場の皆様から陞爵と婚約をお祝いされる。

 私の隣にはエリオット殿下が付いて離れず、腰をガッシリとホールドされていた。お陰でお祝いの嵐にも狼狽える事もなくて良かったわ。


 ルイーザ様とジェシカ様もそれぞれのパートナーを伴ってご挨拶に来てくれた。

 ルイーザ様の横にはフィネガン侯爵家のアーチー様、強面で、無口な方だけど、ルイーザ様を見る目は優しくていらっしゃるわ。

 ジェシカ様の横には従兄弟のブラッド・フェレーラ様。ホーエン国の方だったわよね。ジェシカ様を可愛くて仕方がないって顔で見ていらっしゃるわ。


「手紙で知らせて頂いたとはいえ、本当に良かったわ!あんな事をなさったエリオット殿下をお許しになるなんて、アメリア様って本当にお優しいのね!」


「こうしてお二人が寄り添っていらっしゃるのが奇跡の様だわ」


「ルイーザ嬢…、ジェシカ嬢…」


 エリオット殿下の顔が引き攣ってらっしゃるわ。流石に殿下の幼馴染みであるお2人は、遠慮も容赦もないわ…。


「ねえ、アメリア様。これからも私達と仲良くしてくださるかしら?」


 ルイーザ様が可愛らしく小首を傾げて仰った。


「私も、ブラッド様がホーエン国に戻られるまで後数年はこの国で暮らしますから、仲良くしてあげても宜しくてよ」


 ツンと澄ました顔で、でもほんのり頬を赤らめてジェシカ様が仰る。ブラッド様は外交官でいらっしゃるので、暫くデジェネレス王国にいらっしゃるそうだ。


「まあぁ!嬉しい…!私、お恥ずかしい事に、余りお友達がいなくて…」


 交友を広げる為の学園も、仕事に集中するため、鬼の様な勢いで卒業に必要な単位を取って通わなくなったので、お友達を作ることが出来なかったのよね。クラスメイトと交流はあるけど、お友達かと言われたら…、難しいわね。


「お2人がお友達になって下さったら、嬉しいです」


 嬉しくて胸をドキドキさせてそう言ったら、お2人が顔を赤らめた。


「まあ!なんて可愛らしいの…!もちろん喜んでお友だちになりますわ!…エリオット殿下のお気持ちが分かりましたわ…。これは焦りますわねぇ…」


「私もお友だちになっても宜しくってよ。…なる程、いつもはクールで色っぽいのにこの無邪気さ…。これは抗えませんわね…」


 お2人に手を握られてそんな事を言われました。どういう意味かしら?


 ルイーザ様やジェシカ様と楽しく歓談していたら、周りにザワザワと騒がれた。元王太子妃候補と呼ばれていたお2人が、私と仲良くしているのが不思議なのかしら?でも、ルイーザ様とジェシカ様のご婚約が先に発表されていたから、それほど混乱はないみたい。

 侯爵家同士の仲が悪いなんて思われると、国が荒れる原因になりかねないものね。お2人とお友だちになれて、思わぬ副産物も得られたわ。


 お2人と離れ、また他の方々からお祝いの言葉を頂く。

 そんな中、再び、オースティン家の皆様が私の元にやってきた。


「エリオット殿下、アメ、いや、バーンスタイン嬢、この度はご婚約おめでとうございます!」


 ガクガク震えながら仰るのはオースティン伯爵。笑顔らしきものを浮かべていらっしゃるけど、引き攣ってらっしゃるわね。オースティン伯爵夫人は、先程の居丈高なご様子は微塵もなく、焦点が定まらぬ目で、ただ夫であるオースティン伯爵の腕に縋っている。権力を振りかざす方は権力に弱いものなのね。

 そしてルイス様は…、あら、真っ青なお顔ですけど、こちらを睨んでらっしゃるわ。何か私に文句があるのかしら?


「ア、アメリアっ!君は僕というものがありながら…!」


「ルイス・オースティン」


 そこに、エリオット殿下が小さな声で窘める。


「アメリアが温情を以てお前との婚約を円満に解消したのを忘れたか」


 静かだが、威圧的な声に、ルイス様は動きを止めた。


「そもそも3年前、オースティン領の領地経営が行き詰まり、多額の借金を抱えて領地を切り売りしようとしていた事をお前は知っているか?」


「えっ?」


 ルイス様は目を見開く。オースティン伯爵夫人も、驚きの表情を浮かべていた。

 そうじゃないかと思っていたが、やっぱり知らなかったのね…。あんなに切羽詰まった状態だったのに、お2人に誰も知らせなかったのかしら?多分、あの当時のオースティン領の状況のことは、オースティン伯爵しかご存知なかったのだろう。


「伯爵夫人の散財によりもともとギリギリだった所に、洪水で領地に大きな被害が出た。国からの支援では足りず、バーンスタイン家からの支援により持ち直した事を知っているか?その後、領地改革と事業展開で領地が潤い、治水工事で多くの人命をも守ることができた事を知っているか?オースティン領のために、アメリアが学園にも通う時間を削っていた事を知っているか?何度も現地に足を運び、治水工事が上手くいくよう技師や地元との橋渡しをしていた事を知っているか?領民達がアメリアに感謝し、月の姫と敬い、オースティン領に嫁してくることをどれほど心待ちにしていたか知っているか?」


 ルイス様が顔を歪ませ、口を開いたが、言葉は何も出なかった。軽薄な雰囲気が霧散し、初めて見る、真摯な表情を浮かべる。


「お前は知らなくてはいけなかった。オースティン家を継ぐ者として、誰よりも知らなくてはいけなかった」


 ルイス様は殿下の静かな叱責に俯き、拳を握りしめた。


「ルイス・オースティン。二度とアメリアの名を呼び捨てることは許さぬ。その権利を愚かにも、自ら手放した事を忘れるな。私の妃がお前に代わり、お前の領地のために犠牲にしたものに報いてみよ」


 エリオット殿下のお声は小さく、表情も穏やかなままだったので、他の招待客にはオースティン家の真摯な謝罪を受け、和やかに歓談している様に見えただろう。


「我が国の忠臣、オースティン。民のために国のために尽くせ。それが我が妃へ出来る最大の謝罪だと心せよ」


 殿下のお言葉に、オースティン家は揃って臣下の礼を執る。俯くルイス様の足元に、ぽたりぽたりと雫が落ちていたが、私はそっと目を逸らす。


 殿下は私を促し、静かに彼らの元から去った。


「エリオット殿下。ありがとうございます」


 私のしてきた事を、殿下が知っていてくれた事に、私は涙が出るほど嬉しかった。

 殿下は私の目尻の涙を拭うと、困ったような笑みを浮かべる。


「あの言葉は、ルイス・オースティンだけへの言葉ではないよ」


 エリオット殿下の瞳が、私をひたりと捉えた。


「自分自身への戒めだ。私は二度と、君の献身と愛情に顔向けできぬ様なことはしない。君のために生き、民のために生き、国の為に生きる事を誓う」


 私の指に口付け、殿下は祈るように呟く。


「だからどうかアメリア。私とずっと共にいてくれ。私の鼓動が止まるその時まで」


 エリオット殿下の言葉に、私は笑みを浮かべた。


「殿下が私の鼓動が止まるその時まで、側にいてくださると仰るなら、宜しいですわよ」


「君を見送るなんて出来ないよ、アメリア。君を失くせば、私の心は砕けてしまうからね。私を看取っておくれ」


「まあ。私もですわ。では女神の元には、仲良く共に参りましょう」


 私の言葉に、エリオット殿下は嬉しそうな笑顔を浮かべる。


「それはいい。女神の元への道行も、君がいれば光に満ち溢れたものだろう。私の唯一。約束だよ」



◇◇◇


 デジェネレス王国記より。


 デジェネレス王国発展の最大の貢献者はエリオット国王と言われている。賢帝と名高いエリオット国王は、王太子時代に取り入れたエルナン国の治水法をその統治下で国中に浸透させ、洪水による被害を大幅に減少させた。

 また、エルナン国の黒炎花から流行病の特効薬の開発に成功し、他国への輸出を以て強固な友好関係を築き、彼の治世下では、他国との関係も最も安定していたと言われている。

 

 また、エリオット国王を語るには外せぬ重要な人物がいる。それはエリオット国王の片腕にして唯一の妃であるアメリア王妃である。アメリア王妃もまた、デジェネレス王国最大の賢妃として名高く、民からも絶大な支持を得ていた。

 

 アメリア王妃はデジェネレス王国での女性の地位向上に努め、女性の官吏登用に尽力したことでも有名であった。その影響は強く、一夫多妻制で知られるエルナン国でも、男性主体で進むことが多かった婚姻に対し、女性側の拒否権が認められる様になり、それを契機にエルナン国でも女性の活躍の場が広がり、発展の大きな転換期となった。


 デジェネレス王国においては、アメリア王妃の生家であるバーンスタイン侯爵家を始めとする貴族も一枚岩となって王家を支えていたが、特に目覚ましい発展を遂げたオースティン伯爵家の若き当主のアメリア妃に対する信奉は、時折、エリオット国王の悋気を招くほどであったと言われている。オースティン家当主が長く妻を迎えなかったのも、アメリア妃への思慕を断ち切ることが出来なかったためではないかと、口さがない者たちの間で囁かれていた。


 二人の間には三人の王子と一人の姫が生まれ、その後のデジェネレス王国を大きく発展させた。


 エリオット国王の最期は最愛の妻、子どもたち、たくさんの孫たちに見守られた穏やかなものだった。その翌日、エリオット国王の後を追うかのように、アメリア妃が穏やかに亡くなったのも、二人の仲の良さを表す逸話として語り継がれている。


 




本編はこれて完結となります。


あと一つ、おまけのお話(結婚式当日編)を投稿予定です。


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