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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

恋愛趣向

作者: えんぱな

 私には大好きな人がいる。

 何をするにもマジメ。私はいつもその子が見る景色を真後ろから見ていた。

 その子の名前は妃留南亜。

 私が真後ろにいる事を確認するみたいに、南亜はいつも左手を私の方に伸ばしていた。決まって私は南亜の手を取り強く握る。真後ろから南亜のことをずっと見てきた私では南亜の顔は見えないけれど、きっと笑っているはずだ。

 仕事に疲れうつうつとした毎日が続く近頃は、仕事終わりに必ず寄る場所がある。私の行きつけのバー……と言ったら聞こえが良くなる気がするが、このバーは私の友人が経営する店で、私はそれに甘えてここに入り浸っている面倒な客である。


「ヤダもう。死にたい」

「来て早々そんなナーバスな言葉やめてよ……。面倒くさいから帰ってくれる?」


 面倒な客を自称はしたが、カウンター席についてすぐ目の前の友達に面倒くさいって言われるのは、なんかグサリとくるものがある。


「ヒドい! 私は客だよ! 客!」

「客ならちゃんと全額払ってけよ」


 優しい目ながらも冷たい言葉を私に浴びせてくるのは、高校時代から変わらない茶髪のセミロングがイヤに似合ってる同級生。大学卒業から彼女はバーテンダーをしている。

 名前は祖根占心。

 ()()()()()としか呼んだことがないが、ちゃんと名前は憶えている。


「ねえねえここちゃん。好きな人がさ、かわいいの」

「知らんし。なんで勝手に話始めてんの?」

「知らないの!? 何度も話したじゃん。私が好きなのは南亜なの!」

「いやいや。()()()()の好きな人が誰かを知らないんじゃなくて、聞く意思がないですよーってことだからね」


 私はここちゃんをにらみつけてやるけれど、私のたれ目では攻撃力がないらしい。ここちゃんはまったくの無反応。にらみつけられていることにすら気づいていなさそう。


「なんか要らないの?」

「いる。水」

「えぇ……バーにきていきなり水かよ」

「そう言いつつも用意しようとしてくれるここちゃんかわいい」

「うっさいわ」


 ここちゃんは少し赤面しつつ、私の前にブロックアイスの入った水を差し出してくれた。


「冗談だよ。前に私が飲んでおいしいって言ったカクテルちょうだい」

「水を出させてから言うな。ばか」

「痛っ」


 同居人もぶたれたことのない頭を小突かれた。

 私がよくこのバーにくる理由は二つある。

 一つはここちゃんと話すため。私が一緒にいて一番落ち着くのがここちゃんだ。ここちゃんとは高校が一緒だったが、ほとんど大学生からの付き合い。大学に入る前は見たことある人程度だった。大学で見かけて、同じ高校の人だってところから仲良くなった感じ。私には南亜が居たけど、ここちゃんは仲良い子が同じ大学に居なかったみたいで。たまたま食堂で見かけて話してなかったら私は今ここにはいないだろう。

 二つ目は家に帰りたくないから。束の間の休息をここでは味わえる。とはいえ、いつまでもネットカフェ暮らしはできない。いつかは帰らねばならない。帰らないと心配される。


「最近ネカフェ暮らしって言ってたが、帰らなくていいのか?」

「いいの。今日はここちゃんの家に泊めてもらうから」

「そんな話聞いてねえし。待ってる人いるだろ」

「いるけどさあ。あ、それより聞いてよ。仕事でね……」


 ペラペラと私がずっと口を動かしていると、ここは愚痴を垂れ流す場所じゃないんだけど。って言われた。まあ、毎度のことだから私は軽くスルーしてまた話を続ける。

 ここちゃんは軽く笑って私に質問した。本当に気になってってわけじゃないと思うけど、私の愚痴をしっかりときいてくれる。

 ここちゃんがもしかしたら嫌な気持ちになってないだろうかとか考えるけど、私はここちゃんの笑顔を見て勝手に安心するのだ。


「もうそろそろ店開けるからそろそろ帰りな」


 長く話をした。

 私は残っていたスクリュードライバーを一気に飲みほして、私の笑顔と一緒にお金を払った。


「これで♪」

「ふざけんな。30円は少なすぎだろ」

「ここちゃん。そんなに口が悪いとな、思い人ができても好かれないぞー」

「……酔ってやがんな」


 なにやらここちゃんが怒ってるみたいだけどまあいいや。ここちゃんかわいいし。


「大丈夫だよ! その30円はなんと、全てギザ10ですから!」

「だからなんだって話なんだけど……」

「私の笑顔と合わせれば全て解決♪」

「どういう理屈なんだか。はあ、まあいいや。次の時でいいよ。どうせすぐくるでしょ」

「明日もきまーす!」

「はいはい。さっさと帰った帰った。迎え呼んどいたから。もうきてるんじゃないかな」

「わーいありがとー」


 ん? お迎え?


「あれれ。迎えってなんのこと? 私タクシーで帰るほどお金ないよ?」

「女子1人夜道を歩くのは危ないだろ。それに大丈夫だ。無料のタクシーだから」

「無料のタクシーなんてあるのか! ここちゃんすごい!」


 私はここちゃんに手を引かれながら外に出て、車に押し込まれてから初めて気づく。

 いつもの車。いつもの匂い。そしてよく知る後ろ姿。私が追いかけてばかりの後ろ姿。


「どこほっつき歩いてたの? 帰ったら聞くからね」


 私の同居人、そして大好きな人。南亜の声はちょっと震えていて、それはきっと私が連絡も入れないまま家に帰らなかったことが原因だった。

 酔いは急速に醒めていき、状況を理解した私の口からまず出た言葉は「ごめんなさい」だった。


 ちょっと振りの1LDKのマンションに戻った。靴を脱いで、シャワーへ直行。ちゃっちゃと洗って流してすぐに出た。

風呂上がりの裸姿のままリビングに向かう。私が数日前に出ていったときよりもリビングにある机の上が片付いていることに気づいた。出てく直前に私がぐちゃぐちゃにしたそのときの状態が頭にあったから気になったのだ。

 南亜は私が勝手に買ってきたソファに寝そべりながらテレビを観ていた。


「お風呂出たよ」


 私の声に気づいた南亜が私に目を向けたが、一瞬でその目をそらされた。


「……ちゃんと服着てからこっちきて」


 ああ。そういえば私ってば、服着てないや。


「なになにー? 私の体見るのがそんなに恥ずかしいのー?」


 南亜のイメージを一言で言うとポーカーフェイスって感じ。あまり感情を表にしない。

南亜の短く切った髪はカッコいいイメージが強い。学生時代から一切髪を染めたりしていない。ピアスも開けない。そんな真面目な人。

それなのに、私の裸を見たときの不自然な視線移動はとってもわかりやすい反応だった。


「南亜ちゃん大好き」

「もうっ、服着てって言ってるじゃん。酔いすぎだよ!」

「ごめんねー。勝手に出ていっちゃって。私やっぱり1人は寂しい」


 私は南亜に抱きついてみた。好きがわかるようでわからない。この気持ちをどうにかしたくて、そうしたらやっぱり私は寂しくなった。


「ちょっ……やめて。近いし」


 南亜のかわいい顔を見るために、めいいっぱい近づく。すると南亜は慌てた口調になりながら目を閉じた。

 南亜は私のことが好きだ。恋愛的に。

 近づけた南亜の顔を見て本当に思う。キスしたい。このまま唇同士が触れあって、そのうち舌と舌を絡ませたらどうなるんだろうか。

 でも所詮は妄想。どこまでも、わたしにあるのは小さな興味だけ。


「大好きだから離れたくなーい!」


 顔をひどく紅潮させながら目を背ける南亜のことを見ていると、私の感情がどんどんぐちゃぐちゃになっていく。

 昔からずっと私の前を歩く人。私は南亜の後ろにずっといた。何をするにも南亜が先。運動も勉強も。私の前を勝手に歩いてて、私はいつもその後ろ姿を追っていた。

 南亜に好きな人がいると聞いた時は少し驚いた。南亜は私と同じように恋情を知らない人だとばかり思っていたから。恋の芽生えまで私の前を歩いていた。

 でもそれよりも驚いたのは高校一年の夏、ずっと追っていたはずの後ろ姿が突然、私の方を見て放った言葉。未だに理解し難い。

 私は断ることしか考えてないはずだった。頭の中でそれっぽい理由を並べた。

 女同士だし。

 私は南亜のことそういうふうに見れない。

 断る言葉なんて幾つでもあっただろうに、私が選んだのは「今はわからない」だった。

 結局のところ、今の私は寂しいのだ。たくさん絡まり合った感情が作る茨の道を回避できているのは、この南亜と一緒に居られる事実があるおかげ。


「お……おねがいだから。ほんとに。私の心臓が持たないってば」

「嫌。離れたくない」


 我慢しなければいいのに。我慢なんて体に毒なんだから。

 私は我慢なんてしない。そう決めよう。悩んで少し距離を置いたところで何も解決しなかったじゃないか。一緒に居たい人と一緒にいて、抱きつきたいときに抱きついていよう。

 私の前を歩いていた南亜が振り向き私を見ている。今度は引っ張ってくれるのを期待している私はきっと虫がいいというやつなのだ。


「大好きだよ。南亜」


 南亜がどんなに険しい道を進むとしても、南亜が引っ張てくれるまで、私は南亜が握ってくれた手を放さないからね。

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