表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/5

ここは一番ホーム

「先に帰った?」

 二番ホームに降りたところで、サクラからメッセージが送られてくる。

 反射的に開いてしまい、なんと返したものかと悩む。あちらには、とっくに既読が付いているはずだ。スルーはできない。

「ごめんね」と、桃花は返信する。

 何か、特段の理由があって、その言葉を選んだわけではない。今は、他のことを考えている余裕がなかった。頭のなかでぐるぐると渦巻いているのは、明日への恐怖。

 家へ帰り、夕食を食べ、風呂に入ってからベッドに入り、朝が来る。駅へ向かい、ホームに立ち、やって来た電車に乗って登校する。教室に入れば、くすくす笑う声。終わりのない悪意。誰も、助けてはくれない。

 明日になんか、ならなきゃいいのに。

 何度も、そう思った。それでも、明日からは逃れられない。もう、いっそ死んでしまおうか。いや、そうではない。死にたいわけではない。ただ、この苦しみから逃れたいだけだ。どうすればいいだろう。ああ、そうか。死んでしまえば……いや、だから、そうではなく。

 桃花は二番ホームと一番ホームの間に掛かる跨線橋を昇り、降る。しかし改札へは向かわず、跨線橋の下をくぐって一番ホームの奥にあるベンチに腰を下ろす。()()()()()()をぜんぶ保留にして、この場にとどまっていれば、時間そのものが止まるのではないか。そんな、子供じみたことを考える。

「モモちゃんどこ?」

 再びメッセージが飛んでくる。

 結局、時間は止まらない。

 桃花はベンチを立ち、ホームの端に立つ。そして、少し迷ってから「駅」と返す。

「私も駅。どっち?」

「どっちって?」

「どっちのホームか聞いてるの」

 サクラは、何も悪くない。だが、今は放っておいて欲しかった。仲の良い友人と一緒にいれば、笑顔にならざるを得ない。作り笑いではないが、勝手に笑顔になってしまう。楽しくないわけではないが、それはいつも、心を上滑りする。

「あ」

「見つけた」

「1番ホームね」

 ぽろぽろと、立て続けに流れるメッセージ。

『まもなく、()()()()()に列車が参ります。危険ですので、黄色い線の内側まで――』

 入線ベルが鳴る。

 桃花はスマホをポケットに押し込んだ。大きく息を吸い込み、空を見上げる。一番ホームと二番ホームの屋根に挟まれた空は、灰色の雲で満ちていた。しかし、まったく不意に、ぽかりと小さな青空が覗き、桃花はようやく答えにたどり着いた。

 どこへ行っても袋小路しかない迷路をさまよい、追い詰められていた桃花にとって、それはまったく思いも寄らない手段で、どうして気付かなかったのかと、笑い出しそうになるほど簡単なことだった。

 そう。

 たった一歩、足を踏み出せばよいのだ。

 一番ホームの向こうへ。

「間違えるなよ」

 耳元で声が聞こえた。しかし、ぎょっとする間もなく襟首をつかまれ、後ろにぐいと身体を引っ張られた。尻もちを突く。目の前を列車が通り過ぎる。それでようやく桃花は、自分が何をしようとしていたのかに思い当たり、怖気に身を震わせた。

 首を捻り、自分を救ってくれた何者かに目を向ける。が、そこにはベンチが一つあるばかりで、誰もいなかった。

「モモちゃん!」

 桜子が横手から現れ、体当たり気味に抱き着いて来た。桃花はホームの上に押し倒され、何事かと友人を見つめる。

「モモちゃん、よかった!」

 桃花の胸に顔をうずめ、桜子は言う。

「サクラ?」

 桃花が呼び掛けると、桜子は顔をあげた。きれいな顔が、涙と鼻水でぐずぐずになっていた。

「怖かった。モモちゃん、死んじゃうと思った」

「ごめんね」

 桃花は謝るが、桜子は首を振ってから立ち上がり、桃花に手を差し出す。桃花は、その手にすがって立ち上がる。

 その時、桜子が背を向ける向こう側、改札口の前に、小柄な少女の姿が見えた。彼女はちらりとこちらへ目をくれてから、改札を抜ける。

「おキクちゃん」桃花はつぶやく。

「え、なに?」きょとんとする桜子。

 桃花は頭上を見上げ、ホームの番号を確認する。

 ここは一番ホーム。

 線路を二本はさんだ対面は、二番ホーム。

 〇番ホームは、どこにもない。

 桃花は、やにわにホームを駆け、少女のあとを追った。駅員に定期券を見せ、待合室を抜けて駅の外へ飛び出す。が、少女はこつ然と姿を消していた。

「ねえ、どうしたの?」戸惑う桜子が聞いてくる。

「友だちがいたの」

「友だち?」

「うん」桃花は答えながら、周囲を見渡す。「〇番ホームで会ったの」

「〇番? ホームは一番と二番しかないよ」

 桃花はうなずく。もちろん、そんなことは知っている。しかし、彼女は確かにいた。あの、〇番ホームに。

 駅と道を挟んだ向かい側に、小さなお地蔵さまがいた。愛嬌のある顔立ちで、胸元に浮き彫りにされた左手には、菊の花が一輪握られている。その傍らには例のおばさんがいて、お地蔵さまの周りをほうきで丁寧に掃いていた。

 桃花は近くのコンビニに駆け込み、おにぎりを一つ買ってから、お地蔵さまの前に立った。

「あんた、また――」おばさんは、たちまち目を三角にする。

「ごめんなさい」小言を遮り、桃花は頭を下げる。「でも、どうしても、これをお供えしたいんです。色々お世話になったから、その、お礼に」

「なんだかよくわかんないけど、私からもお願いします!」桜子まで一緒になって頭を下げる。

 おばさんは、二人の少女を戸惑った様子で眺めてから、一つため息を落とした。

「まあ、いいわ。けどね、お供えしたものは、ちゃんとお下がりとしていただきなさい。置きっぱなしにされるより、一緒に分け合って食べた方が、きっと仏さまだって嬉しいだろうからね」

 桃花と桜子は、おばさんにお礼を言ってからおにぎりを供え、手を合わせてお地蔵さまを拝んだ。それから桃花は、「お下がりいただきます」と言っておにぎりに手を伸ばす。なんとなく、「やらんぞ」と言った菊を思い出すが、お地蔵さまは微笑むばかりで何も言わなかった。

 桃花はフィルムを破り、海苔を巻いてから、少し考えておにぎりを半分に割り、片方を桜子に差し出す。

「ありがとう」桜子は遠慮する素振りもなしに、おにぎりを受け取る。そして、割り口から覗く具を見て笑みを浮かべた。「いくらだ!」

「好物なの」と、桃花。

「お地蔵さまの?」

 屈託のない顔でたずねる親友を、桃花はまじまじと見つめた。そうして、くすりと笑ってからうなずく。

「そっか。それじゃあ、きっと喜んでくれてるね」

 桜子は言って、おにぎりにかぶりついた。

「うん」

 桃花も一緒に、半分だけのおにぎりを頬張った。

 ほどなく駅からアナウンスが聞こえてくる。しかし、菊はまた、列車に乗りそびれるに違いない。きっと、おにぎりを食べるのに忙しいから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] お菊ちゃんがめっさ可愛かったです…! 物語も後味の良い終わり方で良かったです。 [一言] 個人的な話ですが、最近イクラのおにぎり食べたい症候群発症してたので、お菊ちゃんやモモちゃんとは仲良…
[良い点] 不思議な始まりが、ラストで全部すっきり溶けて楽しかったです。 女の子3人が可愛くて仲良しなのもいい……。 0番ホーム、もしも本当にあったら、その不思議な響きだけでハラハラしそう!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ