14 十五歳の誕生日
リアルでテニスを楽しんだ日の夜、
奈緒と透也がふたりで会って話していた、その日の夜。
飛鳥の部屋。
「今夜のとっくんは? またアクセスしちゃお。」
ロイヤルブルーにアクセスする。
「やっぱりね。ふんだ」
飛鳥は小さくため息をついた。
その目からひとしずく、ふたしずく、
涙がこぼれた。
十五歳の誕生日の朝
透也は、ロイヤルブルーにアクセスした。
「レベルポイント」
透也は目を閉じた。
画面にポイントが表示された音が聴こえた。
透也は大きく深呼吸してからゆっくりと目を開けた。
98.7
十四歳の誕生日の時と全く同じ数字。
何故だ。
心で叫んだ。
何で僕がノーマルなんだ。
98.7だと。
百人いたら二番目のレベルだと。
僕は百人にひとりのレベルに悠々と入っているはずだ。
五百人にひとりのレベルに達しているかもしれない。
その僕が何でノーマルなんだ。
いったい、どうすればいいんだ。
これ以上、どうやったらエリートになれるというんだ。
画面が光った。
飛鳥だ。
「とっくん」
「何だ」
「ねえ、今すぐ会えないかな。もちろんリアルで」
「もう、知っているんだね」
「うん」
今は飛鳥には、
いや会いたい。
十二歳でエリートになったとき、
何で飛鳥なの。とっくんじゃないの。
と言ってくれた飛鳥。
それからの僕の誕生日のたびに、僕がエリートになることを楽しみに待っていてくれた飛鳥。
僕の誕生日のたびに、一緒に悲しみ、憤ってくれた飛鳥。
会いたい。
今すぐ飛鳥に会いたい。
透也はふと思った。
何故、僕はエリートになれないのか。
ロイヤルブルーがエリートとして相応しいと思っているのは、旧世界で、その呼称で呼ばれていた人たちとはまるでタイプの違う人間なのではないのだろうか。
旧世界でエリートと呼ばれていた人たち。そしてロイヤルブルーが作り上げた今の世界。
僕はそのふたつを検証して、ロイヤルブルーが望むエリートのイメージを想定していた。
でも飛鳥がエリートになった。僕がリアルでよく知っているエリートは飛鳥くらい。サンプルが少ないので、エリートクラスの人たちの全体像をイメージするのは難しかった。
ロイヤルブルーの求めるエリートは、僕の想定以上に従来のイメージとは異っていたのかもしれない。
では秋月は、
もしかしたら秋月は。
飛鳥は、真っ白なカッターシャツに、グレーのレディーススーツだった。
「エリートは、他人のことでも、結果にはすぐアクセスできるんだね」
だめだ、言葉が尖る。
「とっくんは、他人じゃないよ。でもとっくんがエリートにはなれないということは、今回はもうだいぶ前に分かっていたよ」
「そうなんだ。でも僕には教えてくれなかったんだ」
飛鳥は何も答えない。
「じゃあ秋月の結果も、もう知っているんだ」
「うん、槇くんは、六日後にエリートになる」
やっぱり、やっぱりそうか。僕がなれなかったエリートに秋月がなる。
秋月が飛鳥と同じエリートに。
「そのこともだいぶ前から知っていたの」
「ううん、それは最近のこと」
「いつ」
「この前、一緒にテニスをした二日前だったと思う」
「じゃあ、あの日は誕生日でのふたりの結果は、もう知っていたんだ。秋月ももう知っているの」
「知らないよ。誕生日まで、本人には教えられない」
「ああ、だから僕にも言えなかったのか。でもあの日、飛鳥は知っていた。
あの日、飛鳥が当たり前のように秋月とペアを組んだのは、この結果を知っていたからなのか。私たちは、あなたたちとはクラスが違う。それを思い知らせるためだったのか」
飛鳥が一瞬、キョトンとしたような表情をした。
「ああ、そうか、そういう風に思っちゃうんだ」
飛鳥の目から、ポロポロと涙がこぼれた。
「とっくん、ねえとっくん」
……
「飛鳥はとっくんが好き。とっくんのことが大好き」
ああ、六歳の時以来だ。飛鳥が、この言葉を言ってくれたのは。
今度は二回言ってくれた。大好き、と言ってくれた。
「その気持ちは変わらないよ。ずっと変わらないよ」
「ねえ、とっくん、わりと最近まで私にも分からなかった。何で私がエリートで、とっくんがエリートではないのか。私なんかよりとっくんのほうが、ずっとずっとエリートに相応しいのに」
「でも最近になって分かったの、エリートになっている男の子たち。そして大人のエリートの人たち。そういう人たちをリアルで知る機会もどんどん増えていったから。それで、ああ、とっくんはけっしてエリートにはなれないんだ、ということが分かったの」
「エリートになる人はね。
自分に対するこだわりがなくて、周りの全体を見渡せる人。そしてこころの底から、その時、その時を愉しむ能力を持っている人。世界に対する穏やかな愛に溢れている人。
エリートも、エクセレンスも、その上のハイエストのクラスの人たちも。
ノーマルを見下して、自分は偉いと優越感に浸っている、そんな人はいないよ。
今のこの世界では、どんなに優秀な人でも、そんなつまらない優越感を持つような人は、エリートには、そしてもちろんその上のクラスには決してなれないんだよ。
でもね、とっくん。ロイヤルブルーが統べる今のこの世界がこれからもずっと続いていくのかどうか、それは絶対ではないの。
全能のように見えるロイヤルブルーにも、人間がやって来たことの全てを情報として持っているロイヤルブルーであっても予測できないことが、起こってしまう可能性は決してゼロではないと、他ならぬロイヤルブルーが告げているそうよ。
もしも、今の世界の平和と人類の幸福が壊れてしまうような激動の時代がやってくることがあるとしたら、今のエリートクラス以上の人に、その事態に対応できるような人はいないよ。
エリートクラス以上の人たちというのは、言い換えたら、底抜けの善人でお人好しで単純な人なんだよ。
それがロイヤルブルーが求めたこの世界のエリートなんだよ。
もし、平和ではない激動の時代がやってきたら、それに立ち向かえるのは、今のノーマルクラスの中にしかいないんだよ。
ハイエストや、スプレマシーの方々は、そういう能力も合わせ持っているらしいけど。
とっくんは、自分に対するこだわりが強い人。
とっくんは、エリートになりたいと強く思った人。
だからエリートにはなれない。
ロイヤルブルーは、そういうタイプの人はどんなに優秀であってもノーマルにとどめる。
それは、そういう人たちには、100%の満足感を与えないため。
エリートクラス以上の人たちのようにはさせないため。
そういう人たちの存在は、たとえ、その人たち個人個人の幸福感は減らしても、今の世界の平和と、人類全体の幸福を維持するにはそれが必要だと判断しているからなんだよ」
透也は、大きな衝撃を受けた。
そうか、そうだったのか。
しかし
「今、飛鳥が教えてくれたことは、エリートクラスであればみんな知っていることなの」
「他の人のことは、知らない。でも飛鳥は、エリートになってもそういう説明をはっきり受けたことはない」
「じゃあ何で、分かるんだ」
「さっき、言ったじゃない。リアルでエリートの人たちを知る機会が多くなったから、ああ、そういうことだったんだ、って分かったんだって」
飛鳥は、やはり天才だ。自分がどうしても知りたいと思うことについては、これだけのことを、おそらくは直感で導き出す。そして、それは間違ってはいないだろう。
「とっくん、ポイントはいくつだったの」
「えっ、知らないの。エリートは、アクセスできるんじゃないの」
「がんばれば、きっとできると思う。でもとっくんが、大切に考えていることだから、アクセスしたらいけないな、と思ったの」
「98.7だよ。十四歳のときも同じだった」
「98.7かあ。それは、もしも激動の時代がやってきたら、何もできないエリートを除いて、とっくんは、ほとんど最高に近いレベルで、リーダーになる能力を持っているという意味だよ」
飛鳥が、席を立って透也に近づいてきた。立ち上がった透也の胸に、ちょこんと、そのおでこをつけた。
「飛鳥が、大好きなとっくんは、やっぱり凄い人だったんだね」
透也は、飛鳥の背中をそっと抱いた。
「飛鳥」
「なあに」
「でも僕がノーマルである限り、僕は飛鳥をお嫁さんにはできないんだよね」
「そんなことはないよ。その人との間で子どもを作れないだけ。結婚はできるよ」
「でも僕は飛鳥と、僕の子どもがほしい。それもデザイナーズチャイルドではない子どもが。ねえ飛鳥、今すぐでなくてもいい。大人になったら、ふたりでアメリカに行かないか。
そこでふたりで暮らそう」
「細胞活性化処置をしないで?」
「ああ、飛鳥をお嫁さんにできるのなら、長生きなんてしなくていい」
「無理だよ、とっくん。とっくんは、アメリカに行ってもその世界にいずれ適応できる人だと思う。でも私は、何の疑問も持たず、ずっとロイヤルブルーに守られて、ぬくぬくと好きなことだけをして生きてきたんだよ。その私が、あの厳しい世界に行って暮らしていけると思う」
たしかに、
飛鳥には無理だ。
壊れてしまうだろう。
「じゃあ、ロイヤルブルーの世界にこのままいても子どもを諦めたら、僕のお嫁さんになってくれるの」
「飛鳥は、とっくんのお嫁さんにはなれないよ」
なんだって
「どうして、僕のこと、大好きだって言ってくれたじゃないか。やっぱり飛鳥には、その権利があるから子どもが欲しいのか」
「そんなことじゃないよ」




