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ある無能力者と強盗の記憶旅  作者: ジャリカスミノムシ
1/1

前編

Chapter1



 自宅の玄関に入った俺が最初に感じたことは違和感だった。


 アルバイトでは長時間低賃金でこき使われ、職安ではまたしても適当にあしらわれ、ねじがバカになり今にも取れそうな自宅のポストは消費者金融からの封筒や電気水道代の請求書でいっぱいといういつもと変わらない一日を今の今まで送ってきたが、自宅という一番のホームグラウンドであり、俺の唯一の安息地に入った途端に、翻ってそこが非日常と化していた。


 つまり、家が荒らされていたのだ。


「強盗か……?」


 俺は玄関で少し身構える。ポケットからスマホを取り出し、()()()()()()()に通報する用意をしようと思ったところで、少し考えなおす。


 こんな見るからにボロアパートで、見るからに金のなさそうな男の住んでいる家に強盗なんて入るか?


 この疑問は最もだと我ながら思う。空き巣はそれなりにリスクが高い。しかも、()()()()()()()()()()()なんて言う物騒なものを持っている社会ではなおさらだ。ボロアパートに住んでいても、戦闘になったらかなり強い超能力者が住んでいる可能性だってある。

 俺だったら、そんなリスクを背負ってまでこんな家には侵入しない。まあ、俺は珍しく無能力者なので、もしかしたらその辺を調べたうえで侵入しているかもしれないので、一概には否定できない。


 次に可能性が高いのは、借金取りのお兄さんたち。


 もし、家の中にいるのが空き巣ではなく彼らだった場合、よりめんどくさいことになる。通報してしまったら、後でどんな目にあわされるか分かったものじゃないし、かといってこのまま入っても普通にボコボコにされる可能性がある。

 

 最悪、殺されるかもな。全然金返せてないし。

 

 俺は大きく、しかし音を抑えてため息をこぼした。

 とにかくなにかアクションを起こさない限り、なにも進まない。いい加減疲れた体をゆっくり休ませたいので、とりあえず耳を澄ませてみる。


 物音は、しない。


 俺は首にぶら下げている大事な金色の鍵を握りしめて気合を入れる。この鍵はいつも俺に勇気をくれる。ひとしきり入魂を終えるとシャツの内側に鍵をしまった。


 普段の家からは感じない、しびれるような緊張感が腕の古い火傷の跡に沁みるのを、俺は無視した。


「くそ、こんな時、昔みたいに超能力があったらな」


 ないものねだりなんてしても仕方ない。


 いつでも逃げられるように、土足のまま家に上がった。玄関で忘れ物に気が付いた時には靴のまま家に上がることもあるので、そこまで抵抗はない。今日は特にとっちらかっているし。


 抜き足差し足忍び足と自宅に侵入し、家探しを開始する。


 まったく、なんで自宅に入ってまでこんなに警戒せねばいかんのだろうか。


 ユニットバスの扉を開ける。建付けの悪さから軋むような音が家中に響きまわって少し焦ったが、そこに誰もいなかった。キッチン兼廊下にももちろん誰もいない。そしてワンルームにも、誰もいない。


 空き巣なんて思い過ごしか、と首をかしげたところで風が吹き込んできた。ベランダの窓が開いていた。

 戸締りだけはしっかりしている自負があるので、これは俺の仕業ではないのは明白だ。

 つまり、何者かが侵入していたのは確かなようだ。そして、どうやらそいつはここから脱出したみたいだ。

 脱出した、ということは、借金取りではなく、空き巣の線が強いだろう。


「てか、まじで侵入してたのかよ……」


 俺は少し呆れ気味に呟いた。こんな家に入っても盗むものなんて何もないのに。


「一応何が盗られたのか確かめとくブオォッっ!」


 俺は踵を返したところでタックルされ、仰向けに押し倒された。瞬く間に馬乗りされマウンティングポジションを許してしまった。

 いや、何者かなんて分かり切っている。我が家をこんな有様にした空き巣、もとい強盗だ。

 後頭部を強く床に打ち付けてしまったせいで、少しくらくらするが、それくらいの思考能力はまだ残っていた。


 にしても、完全に油断した。普段の肉体労働で鍛えられたこの筋肉をふるう前にいとも簡単に無力化されてしまった。無念だ。力はあれど武術の経験もないので、一度組み伏せられてしまっては、なかなか反撃することは難しい。


「動くな。騒ぐな。抵抗するな。おかしな真似をしたら撃つ」


 強盗がしゃがれた声で俺に言った。手には拳銃、顔は目出し帽と分かりやすく強盗な見た目をしていることは、いつもの俺だったらその子供が描いたような強盗像に爆笑していること間違いないがさすがにこの状況でそうはいかない。


「ついてないな、俺」


 強張った顔をひくつかせながら自嘲気味にそう言った。こんな目に会うなら、もっと人生はっちゃければよかったな。せめて、今日くらいは高級ステーキでも食べてくればよかった。

 強盗はしばらく俺の顔を見つめる。撃たれないところを見ると、俺のいまの発言はおかしな真似には含まれないみたいだ。


 やがて俺に抵抗の意思がないことを強盗が察すると、馬乗りになりながら俺の鞄をひっくり返した。散らばった荷物をかき分け、鞄の中を入念に確認する。

 やっぱり強盗か。家に金目のものがないから、俺の手荷物を漁ろうってか。


 だが、残念。そのなかにあるのは水筒とがま口財布とバイト道具ぐらいだ。財布の中も600円くらいしか入っていないはずだ。保険にも入っていないので保険証さえない。最悪、免許証さえ置いていってくれれば鞄ごと持って行ってもらっても何ら問題ない。いや、バイト道具は置いていってほしいな。買い直す金なんて、今の俺にはないし、未来の俺にもない。


 しばらく強盗の必死の有様を呆然と見ていたが、俺は少し疑問を覚えた。


「なぁ。財布、とっくに落ちてんぞ。そのがま口のやつだ。持ってけよ、それ以外に金入れてるもんはねぇぞ」


 そう、財布に目もくれないのだ。もしかしてがま口財布を知らないのか、と思った俺が親切にそう教えてやると、男は再び俺に拳銃を向けた。

 しまった、俺の親切心がこいつの機嫌を損ねてしまったのか。

 人に親切にしなさいと口を酸っぱくして言っていた、亡くなったおばあちゃんに教えてあげたい。親切心は時に牙をむくこともあるよって。


「うるさい。こんなぼろっちい財布なんて興味ねぇんだよ。おい、そんなものよりアレはどこにあるんだよ!」


 強盗が声を荒げて意味不明なことを言う。しかも、俺の首根っこをつかむというおまけつきだ。

 強盗のその必死の様相に、俺は禁断症状が出かけている麻薬中毒者を投影した。あたりを散らかして、血走った眼で懸命にアレを探しているその様子がまさしくだったからだ。麻薬中毒者を見たことがないので、イメージでしかないが。


 それにして、こいつはアレを探しているのか。アレ、ねぇ。

 

「アレ……って何?」


 俺には心当たりがなかった。こんなヤバい奴がここまで必死に探すようなものなんて俺は持っていない、と思う。一瞬、首にぶら下げてるこの金の鍵のことかと思ったけど、このお守りは両親でさえ存在を知らない、俺だけの宝物だ。こんなやつが知っているはずがない。


「嘘つけ!俺は知ってるんだぞ! お前が地図を持ってるってことを! これを見ろ!」


 そう言って強盗が自身のポケットから紙っぺらを取り出して俺の目の前に突き付けてきた。部屋が薄暗くて内容は良くわからないが、見出しは何とか見える。どうやら新聞の切り抜きのようだ。


「えーと、『小学生が埋蔵金の手掛かりを入手か?!』ねぇ。あの、俺小学生じゃないんだけど、人違いして引っ込みつかなくなったとかだったら気軽に言ってくれ。力になるからさ」


「違う! これは昔の新聞だ! ここにお前の名前が書いてるだろ!」


「あー、暗いし文字小さいしで全然見えん。せめて電気付けてくれ。そんでもってルーペを貸してくれ」


「あぁ?! すっとぼけてんじゃねぇぞ! 見えなくても覚えはあるだろ! お前が小学生の時に埋蔵金の手掛かりを示す重要な地図を手に入れたって記事だ」


 そう言って強盗が記事の内容を大まかに説明してくれた。

 聞く限り、確かに俺の名前が書いてあった。珍しい名前だし、きっと俺で間違いないだろう。

 しかし、一切の覚えがない。覚えがないと、いうことは、可能性は二つだろう。

 まず、その一、勘違い。


「あの、この家を見てやってくれ? そう、じっくりとだ。どう見ても埋蔵金掘り当てた人間が住んでる家じゃないだろ。人違いか、記事違いだ」


「いや、人違いでもなければ、記事の間違いでもない。実際お前はこの地図を持っていた。そして、これは本物だ。だから俺はここに来たんだ」


「やけに自信満々だな。根拠は?」


「どうでもいいだろ、そんなの。お前に教える義理はない」


 どうにも納得はいかないが、ここまで言うということは彼なりに何か根拠があるだろう。銃を使って俺を脅すということは、攻撃的な超能力でないということだろうから、もしかしたら『記事の真偽を確かめる』能力でも持っていて、それで特定したのかもしれない。

 全く、超能力者社会は論理的推論を妨げるな。困ったら『そういう能力なんだろう』で片付いてしまう。


 しかし、困った。新聞記事が真実であるとすると、可能性はもう一つの方だな。

 あまり、人に言いたくない可能性なんだが、無実の証明をするためには仕方ない。地図を持っていないことは真実なのだから。



「だとしたら、俺が記憶を無くす前に見つけたんだろうな」



Chapter2



「なに……?」


「俺には、小さい時の記憶がないんだよ。記憶喪失さ。小学生の、何年生の時だったかな? 多分12歳とかだったけど、その時期にいろいろあってね。とにかく、その記事の俺が小学生で、かつ記事が真実ならそういうことだろ」


「そんな嘘を信じるとでも思っているのか?」


 断じて嘘ではない。俺は小学生の時に記憶喪失になった。決して加齢とともに忘れているというわけではない。12歳より後のことは思い出そうと思えば思い出せるが、それより前はそうもいかない。というより、思い出そうとも思わなかった。


 正直、小学生の時の記憶なんて大人になったらほとんど使わないし、日常生活において全く問題はない。しいていうならば、その期間に放送していたテレビ番組を一切知らないので、たまに友人の話についていけない時があるくらいだ。


「多分お前がひっくり返した引き出しのどれかの中に診断書も入っているぞ。信じる信じないは勝手だけど、俺から言えることはただ一つだ。俺には昔の記憶がないからその地図なんて知らないし、持ってもいない」


「記憶を戻す処置はしなかったのか? 大きな病院にいけば精神系の能力を持った医者もいる。このご時世に記憶喪失なんて、なるほうが難しい」


 先ほどまで高ぶっていた強盗の声が少し低くなった。怒りか呆れか、それとも疲れたからか、俺にはわからないが、爆発の前触れでないと嬉しい限りだ。

 

 にしても、この強盗、人格が掴みにくいな。

 あれだけ荒っぽく家をひっくり返し、そしてかなり荒げた声で攻撃的に俺を脅したから、てっきり理性も知性も大したことないと思っていたが、結構いいところを突いてくる。まるで頭のいい子供のようだな。これは隙を見て反撃するとかは難しそうだ。


「わざわざ悪い記憶を呼び戻そうとする奴なんていないだろ? つまりそういうことだ」


「てことは、ただの怪我や病気ってわけじゃないんだな」


「察しがいいな。そう、いじめ、らしいぜ。それも過度な、な。俺には記憶がないからどんな過酷ないじめにあっていたかなんて分かんないけど、記憶がなくなるくらいのいじめなんだ。かなりひどかったんだろう」


 そう言って俺は自身の腕に目配せして、強盗に俺の腕の火傷の跡を見せた。この傷は最初からあった。つまり、俺が記憶を失っていた期間についたのだろうが、両親もその傷を知らなかったことから、これはおそらくいじめの際に負ったものだろうと考えていた。


 一連の会話が終わると、強盗が押し黙ってしまった。思いもよらぬ重い事情に口を噤んでしまったのだろうか。意外とかわいいところがあるじゃないか。

 しばらくすると強盗が俺の上からどいて、家の電気をつけた。俺を解放してくれるのだろうか? やっぱり持つべきものは同情を誘う重い過去だな。


 先ほど強盗に余計なことはするなと言われていたため、強盗がどいた後も俺はそのまま動かなかったが、やがて腕をぐいっと引っ張られて立ち上がらされた。そして、俺に先ほどの新聞記事を俺に押し付けた。


「お前の事情なんか知ったことじゃない。俺には地図が必要なんだ。是が非でも思い出してもらうぞ。幸い、お前の記憶は能力者が復活させることが出来ないほど、閉ざされたもんじゃないようだ。思い出すまでこれを読み込んでもらう。わかったな?」


 そういうと強盗はカーテンを閉め、少し離れたとこにあるソファに腰を掛けた。もちろん銃は突き付けたままだ。

 無くした記憶を思い出せなんて、なかなか無茶なことを言うよな。普通に小学生の時のことを思い出すのでさえ、今の歳になったら苦労するのに。


 そう思いつつ、俺は渡された新聞記事に目を通した。

 先ほどは暗がりで見えなかったが今度は間違いなく読むことが出来た。何か紙のようなものを持った自分の写真が載っていた。おそらくこれが例の宝の地図なのだろうが、流石にこの画像からは地図の内容までは読み取れない。


「にしても、小さい時の自分の写真なんて初めて見たかも。なんだか、懐かしいな」


 俺の実家には俺の昔の写真や、昔使っていたものは全くない。もしかしたら押し入れの奥にでもあるのかもしれないが、少なくとも俺は見たことない。

 なんでも、俺のつらい過去を思い出させないようにとの配慮だとか。全くいい親だ。



 あれ?


 懐かしい?



 記憶がないはずなのに、小さい時の写真なんて初めて見るのに、なんで懐かしさを覚えたんだ?



 ――なぁ、コレもしかしてとんでもないものなんじゃないか?

 ――宝の地図だったりして!

 ――後でみんなにも見せてやろうぜ!



 そう思った途端、俺の頭の中に何かがフラッシュバックをした。気が付いたら、俺は頭を押さえて尻もちをついていた。

 その衝撃のせいか、何がフラッシュバックしたのかを、もう思い出せなかった。


 俺はくらくらした頭と目で、もう一度新聞記事に目を通す。隅から隅まで。

 何かもやもやした感じがする。先ほどまでは知らなかったこの記事の内容を、俺は昔経験した気がする。


「そもそもよ」


 強盗が口を開いた。


「お前はなんでいじめられてたんだ? 話してる感じも別にいじめられるような人間には感じないしよ。卑怯な能力だったから、とかか?」


「それは……」


 言葉は出なかった。当然と言えば当然だが、俺は自分がいじめられていた記憶がない。そして退院した俺は既に転校していた。俺をいじめていたという人間にも、傍観者であったクラスメイト達にも会ったことはない。つまり、いじめられていた理由を知らないのだ。

 今まで、考えないようにしていた。自分の壮絶な過去を思い出すのが、怖かったから。


 しかし、彼の疑問は最もだ。


 一つ誤りがあるとすれば、


「俺は無能力者だよ。まあ、昔はあったんだけどな。俺にも、超能力が」


「へぇ、どんなよ?」


「なんでも、超スピードで動けたらしい。ま、今の俺にとっては知っちゃこっちゃないけどな。日常生活で早く動きたいって思ったことはないし、飯も味わって食いたいしな」


「……ふぅん。だったらなおさら不思議だな。そんな能力があったらいじめなんて回避できるだろ。てか、なんならいじめっこごとぶっ倒せるだろ」


 拳銃を持っていないほうの手であごを触りながら、強盗が言う。


「もう一度聞くぜ。なんでいじめられてたんだ?」


 確かに。言われてみればそうだ。

 すでに失った能力のことだから深く考えてなかったけど、その早く動ける能力というそれなりに戦闘向きの能力があったのなら、抵抗くらいはできたのではないか?


 もし本当に持っていたなら、の話だが。

 

 俺が能力を使っていたのは記憶がなくなる前だ。記憶と同時に能力を無くした。


 そして、俺は学校に再び通ったころには、過去の俺を知っている人なんて誰もいなかった。引っ越して、転校して、さらには過去の写真や映像も、俺はみたことない。


 俺の能力を知っていたのは、俺が能力を持っていたと語るのは、両親だけ。

 

 俺の頭の中で、ある一つのロジックが組まれた。



「両親が嘘をついていた? 俺が超能力者だったって」





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