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退魔騙り(五)。

 昼食後は何もせず帰宅することになった。

 というか、ゴールデンウィークの人混みに耐えきれず体調を崩した。


「うぇ……」


 大丈夫ですか? と、青白いどころか真っ青になった私を気遣う黒葉ちゃん。ごめんね、ストレス耐性ゼロな駄目駄目お姉さんで。う、やばい、口から蕎麦出そう。


「あの、お姉さんごめんなさい……。わたしがはしゃいでお姉さんの都合も考えずに無理矢理連れ出したから、こんな」


 ああ、なんでこの子こんなに優しいんだろ。私が腕のいい退魔師だと思ってるからか。そりゃそうだよね、二十四になって親のすね齧ってるクズなニートだって知ってたらこんなに優しくなんてしないよね。ぐ、自嘲でさらなるダメージが。


「い、いいよ、黒葉ちゃんのせいじゃないから……」


 私だって、黒葉ちゃんに尊敬の眼差しで見られるのは嬉しかった。いや、心地よかった。気持ちよかった。それはただの欺瞞だけど。


「でも、昨日から顔色悪かったのに、わたしが勝手なこと言ったせいで……!」

「私の顔色が悪いのはいつものことだから、気にしなくていいんだよ」

「そんなゾンビみたいな顔で言われても、説得力ありませんっ!」


 うん、それもいつものことなんだよね、残念ながら。この子に悪気は無いんだろうけど泣きそう。


 黒葉ちゃんは見かねたように「よいしょっ」と掛け声をあげて、私に肩を貸す。私の方が頭一つ分ぐらい背が高いからあんまり貸せてないけど。なんか腕置きみたいな感じにしかなってないけど。気持ちはとても嬉しいので良し。


 家にたどり着くと、私の体調は一気に回復した。我が身ながらなんとも現金だ。

 『紡ぎ(gazgiz)』を無意識で発動しているのか、頭頂部のアホ毛をぴょこぴょこと動かして私を心配そうに見つめる黒葉ちゃん。何気にすごい器用なことするね君。

 「もう大丈夫だよ」と言って、軽く頭を撫でた。割とくせっ毛。猫みたいで可愛い。にゃあ。


「今日はゆっくりテレビでも見てよっか」


 ソファに腰掛け、リモコンを手にとった。


『臨時ニュースです。先ほど、■■市豊島町の郊外で焼死した男性の遺体が発見されました。男性の遺体

には左腕が無く、警察は先日の殺人事件との関連を考慮し、捜査に当たっているとのことです。発見された連藤路れんどうじ國吉くによしさん(48)はボランティア団体の会長を努めており、地域の住民からは死を悼む声が――』


 私はチャンネルを変えた。

 ああもう、まーた"一本腕"か。いや、右腕じゃなく左腕が無いってことは、"一本腕"に見立てて殺人を行った模倣犯(?)の可能性もあるのかもしれない。別に右腕じゃなきゃダメってことは無いかもしれないけど。


「……いい人そうだったのに、"一本腕"のせいで死んじゃったんですね」

「知り合いだったの?」

「いえ、そういうわけではないんですけど、さっき映った生前の写真を見てたら、そんな感じがして」


 確かに、画面越しに一目見ただけでもわかるぐらい、人の良さそうな顔をしたおじさんだった。

 そもそも黒葉ちゃんは、友達が霊に苦しめられているのを見過ごせなくて力を求めたと言っていた。根っこの部分からしてとても優しい子なのだろう。


 ……私に祓えたら、いいのに。

 今日そんな悪霊に襲われなかったことを幸運に思っているようなアマチュア退魔師には、無理な話だろうけど。


 少ししんみりとしていると、黒葉ちゃんの携帯がぴこんと鳴った。

 電話では無いだろう。メールかメッセージか。手帳型のスマホケースを開いて、黒葉ちゃんが通知を確認する。


「え……」

「どうしたの?」

「あ、あの、明日、お父さんの知り合いの方が迎えに来るらしいです」


 えっ、と。思わず、自分の口がそう言ったことに後から気づくくらいに思わず、声が出た。


「――そ、そうなんだ。でも、まだゴールデンウィーク三日目だけど」

「裏刀宗の方で、"一本腕"の討伐隊が組まれたそうです。その関係で、早めにこの街を離れることになったみたいで……」


 言いよどむように黒葉ちゃんがそう口にする。


 ……そっ、か。

 いや、ボロが出ない内に帰ってくれるならそれも良いのかもしれない――身勝手にもそんなことを思った自分に嫌気が差した。


「ええっと、でも、良かったよ。私みたいな個人じゃなくて、大きな退魔組織が対応してくれるなら安心だし。黒葉ちゃんも早く家に帰ってゆっくり出来るし……」

「……私はちょっと寂しいです」

「え、あ、そう? あはは、そう言われるとちょっと嬉しいな」


 まさか黒葉ちゃんにそんなことを言われるとは思わなかった。いつの間にそれほど好感度を稼いでいたんだろう。


「お姉さんが、私のお父さんに少し似ているからかもしれません」

「お、お父さんか」


 お母さんじゃないんだ……。いや、プロの退魔師のお父さんなら立派な人なのかもしれないけど……。


「昔、私がちっちゃかった頃、すごく怖い悪霊に襲われた覚えがあるんです」


 黒葉ちゃんはそう言って、今よりもっと子供だった頃の話を始めた。


「本当に物心ついてすぐのことなので、全部覚えてるわけじゃないんですけど……。遠足でこの街の近くまで来て迷子になった時に、襲われました。私は生まれつき霊感があったせいで、その頃まで一度も霊を怖がったことがなかったそうなんです」


 でも、と黒葉ちゃんは続ける。


「――あの時、悪霊というのが本当に怖いものだって、私は知りました。

 殺される寸前まで追い詰められて、

 本当に怖くて、泣きわめいて、

 けれど、気がついたら悪霊はいなくなって。

 私はいつの間にかお父さんの腕の中にいて……その時に感じた強くて優しい雰囲気が、お姉さんからも感じられるんです」

「…………」


 ……謎の高評価……。


 黒葉ちゃんは回想を交えてすごく丁寧に説明してくれたけど、そのせいで余計にわからなくなった感がある……。

 強くて優しい雰囲気て。どの辺がよ。私割とゲスだし性格悪いよ。


 あ、もしかしてこの回想って何かの伏線だったりする? 実はその悪霊が"一本腕"で、この後黒葉ちゃんが"一本腕"と出会った時にこの記憶が攻略のための重要なヒントになるとか……。

 無いか。漫画じゃあるまいし。



 夜は出前にした。

 食べ終わり、お風呂にも入って、雑事も済ませた。


「ああ、寝る前にブログ更新しておかないと」


 私は今日撮ったスマホの画像をパソコンへと移動させて、画像を心霊写真化するための処理をする。

 後ろでパソコンの画面を覗き込んでいた黒葉ちゃんが、ほわー、と気の抜けた声を出した。


「すごいですね、ちゃんと画像に悪霊が写るようになってます」

「うん。魔生化生を見出すおまじない――狐の窓の応用。霊感があると要らないって思っちゃうけど、使い方によっては色々できて便利だよ。今やってるこれはいわゆる念写みたいなものかな。呪術的に意味のあるパターンを重ねて合成して……まあ、黒葉ちゃんなら見てればなんとなく何やってるかわかると思うけど」


 これで写せるものは悪霊に限らない。合成パターンの種類を変えれば、人間の霊力や【裏側】のある場所なども表示できる。

 ネットで拾った色んな有名人の顔写真から霊力を表示したり、航空写真に処理を施して世界中の【裏側】を表示したりすると、結構面白くて暇が潰せる。


 なお、普通の狐の窓だとこんなことは出来ない。しかし、コンピュータを介した複雑な処理を行うことで、画像や映像に隠された霊的情報を見ることが出来るようになるのだ。


「パソコンを使っても、人間がやるのと同じように、画像や映像に隠された霊的情報を表示出来るというわけですね」

「んー?」


 私の理論が二秒で覆された。何? 黒葉ちゃんパソコン使わなくても自前で同じことできちゃうの? すごいね、頭にインテル入ってる? でも本物の退魔師だとこれが当たり前なんだろうな……。


 自分の素人っぷりに落ち込みつつも、完成した画像をブログページに貼り付ける。処理を施すと少々画質が荒くなるけど、それが逆に本物っぽいと閲覧者には好評だ。


「じゃ、そろそろ寝ようか。明日のいつ頃に知り合いの人は迎えに来るの?」

「夕方頃だそうです。討伐隊の人たちと鉢合わせると色々面倒なことになるから、駅近くのデパートで早めに待機して欲しいって」


 駅前か。人多そうでヤだな……。でも我慢しないと。


「わかった、じゃあ明日はそこまで送るね」

「はい、よろしくおねがいします」

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