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退魔騙り(四)。

 そうだ、悪霊を狩る前にやることがある。私はふと思い立って、ポケットからスマホを取り出した。


「あれブログに載せよう。結構キモカワ系だし」

「ブログに……? アナログカメラ以外で心霊写真が撮れるんですか?」

「その辺は狐の窓の応用でどうにでもなる」


 ぱしゃりと撮影。写真には何も写っていないけれど、霊的情報はちゃんと保存されているはずだ。


 さて、いくら相手が悪霊としては最低ランクとは言え、いつまでも油断していたら足元を掬われる。

 スマホをポケットに戻し、黒葉ちゃんの前でナイフを構えた。格好つけて逆手持ちだ。


「お姉さんも、小太刀――いえ、小刀、ですか? なんだか、おもちゃみたいなナイフですけど」

「ハンデだよ、ハンデ」


 適当にうそぶいて、鼠の霊に刃を向ける。


「よく見ててね。後で黒葉ちゃんにもやってもらうから」

「はい! わかりまし――」


 黒葉ちゃんがまばたきした瞬間を狙った。振り払うように一閃。

 斬、と悪霊の幽体からだに刀身が突き刺さる。


「――わかった?」

「わかりません! もっとゆっくりやってください!」

「これぐらいの速さで振れるようになったら『破ァ!』ってやつ教えてあげるね」

「そんなの絶対ゴールデンウィーク中に出来ないじゃないですか!」


 そうだね。私だってもう十年近くやってるからね、この趣味。むしろゴールデンウィーク中に出来るようになったらお姉さん泣いちゃう。

 無茶振りをする私を「だめですだめですずるいです」と揺さぶる黒葉ちゃん。うう、可愛いなあ。何でも言うこと聞いてあげたくなる。聞けないけど。


「じゃあ、霊核を砕けるようになったらでもいいよ」

「れいかく、ですか?」

「例えばこの鼠の霊、心臓のある部分を貫いたけどまだ消えてないでしょ?」


 串刺しになった鼠の霊を黒葉ちゃんの前に突き出す。ぴえ、と黒葉ちゃんが小さな悲鳴を上げた。


 私は霊を鷲掴みにし、一旦ナイフを抜く。そして、逆袈裟にして真っ二つに切り裂いた。

 通常の生物であれば二度致命するダメージ。しかし、鼠の霊は幽体からだが二つになってもまだ動いている。


「多分、魂が九匹分ぐらいぐずぐずに混ざってる。つまり、この霊は九度致命させなければ祓うことは出来ない。悪霊として最低ランクの浮遊霊でもこれだから、これより位の高い悪霊になると幽体からだを数十回、あるいは数百回バラバラにしないと消えないだろうね」


 もっともこれは、物理攻撃のみで祓おうとした場合の話だ。術や妖刀などの、超常の力が使えるならその限りじゃない。


「じゃ、じゃあどうするんです?」

「方法は二つ。一つは当然、消えるまで斬り続ける。もう一つは、概念としての急所――つまり、霊核を突く」


 私は二つに分かたれた鼠の片方に再度刃を振るい、核となっている部分を斬り祓った。幽体が消し飛び、私の持つナイフにまた一つ穢れがこびりつく。


「全ての悪霊は人々の恐怖を核にして生まれるから、悪霊の中にある恐怖そのものを穿てばいい」

「はえー……」


 ふふふ、何を言ってるかわからないという顔をしているね、黒葉ちゃん。

 実はお姉さんもわかってないよ!

 ぶっちゃけノリでやってるから!


「霊核を砕かない限り、本質的に悪霊が消えることは無い。退魔師にとっては基礎中の基礎だよ。だから、これを覚えないと術は教えてあげない」

「むむ……」

「ああ、そこまで難しくはないから安心して。コツを掴めばすぐだから」


 私はコツを掴むまでに二ヶ月ぐらいかかったけど、ね!

 この趣味を始めたての頃は悪霊の祓い方なんて誰も教えてくれなかったから、必死になって斬っても斬っても全然消えなくて、何かやり方が違うんじゃないかってずっと悩んでた。ゴリ押ししてたらいつの間にか出来るようになったけど。


 正直な話、『破ァ!』が出来るならこういう技術は要らない気がする。でも、出来なくて困るってことは無いよね、きっと。


「じゃあやってみて、お姉さん周り見張ってるから。あ、妖刀の力は使っちゃダメだよ」


 よし、これで時間を稼げる。この鼠の霊はあと三度も刺せば消えるし、その後また浮遊霊がやって来るまでは私の見栄は安泰だ。


 黒葉ちゃんは、うー、と嫌そうに呟いて鼠の霊に小太刀を振り下ろす。

 刃先が突き刺さるが、霊核は砕けていない。


「出来ないです……」

「練習すれば出来るようになるよ」


 私の言葉を聞いた黒葉ちゃんは、困った顔をしつつも優しく笑って、言った。


「お姉さんって、やっぱりプロなんですね」

「――――」

「お姉さん?」

「……いや、なんでも」


 罪悪感が、心を病んだ。でもそれ以上に、この子に尊敬の眼差しを向けられるのを喜ぶ自分がいる。私が大したこと無いってこと、私が一番良く識ってるはずなのに。


 ああ、この趣味を始めたての頃はもっと上手くいくと思ってたのにな。ナイフ一本で怪異を殲滅する凄腕女性エージェントとか、そんな感じで。


「もう九年前か……」


 高校中退して、人生に絶望して、そんな時に霊感が芽生えて。

 自分に何の価値も感じられなかった私でも、これならやっていけるんじゃないかなって思ったんだ。


 それがなんで女子中学生に見栄張って喜んでるんだろう。


 しんどい。


 現実逃避みたいに――いや、現実逃避で悪霊狩りを続けてきたけど、私のやってきたことに意味ってあったのかな。


「――あ! 出来ました、お姉さん! 祓えましたよ、ほら!」

「……わあ。すごいね、黒葉ちゃん」


 多分、何の意味もないんだろうな。

 私が二ヶ月かけて出来るようになったことを一息で成し遂げる少女を見て、素直にそう思った。



「――わ、これもできましたよ、お姉さん!」


 結局のところ、私なんかが出来ることは誰にでも出来るってだけの話だ。


 霊核を穿つ魂破り。超常を見出す狐の窓。髪などを操る『紡ぎ(gazgiz)』。もともとこれらは要点コツさえ掴めば誰にでも出来る民間呪術だけど、私はこれを十年近く磨いて、自分なりの技法として発展させてきた。


 黒葉ちゃんは三時間ぐらいで、それら全てを習得した。

 私のそれを遥かに超える精度で。


 霊核の位置は一目で見抜き、狐の窓は指を組まずとも発動でき、髪は指のように自在に操れる。


 ……嫌になるな、もう。この子に悪気は無いんだけど。

 なんとなくわかってたとはいえ、やっぱり私って特段才能があるわけじゃなかったんだ。そりゃそうだよね。片霧家うちって別に、退魔師の家系でも陰陽師の一族でも無いもん。ごく普通の一般家庭だし。


 つまりは悪霊や【裏側】と同じ。「有ると知るが故に識り、無いと識るが故に知れぬ」。結局、知らないから出来ないだけで、知ってしまえば誰にでも出来る。誰にでも出来ることでしかない。私がやってることは。


「あの、お姉さん。こういうおまじないじゃなくて、もっとちゃんとした術も教え――」

「――そろそろご飯にしよっか。ちょっと早いけど、ゴールデンウィークだからお店も混んでそうだし」

「え、あ、はい!」


 やだなあ、こんな風にイライラするの。

 最近ろくな食事摂ってないし、久しぶりに美味しいもの食べて気分転換しよう。


「黒葉ちゃんはどこ行きたい?」

「うどん屋さん!」


 え、可愛い。……あれ、もしかして私の可愛いセンサーどっかおかしい……?


「別に、お姉さんの財布の心配とかしなくていいよ?」

「そうですか? じゃあお蕎麦がいいです!」


 うどんと似たようなものでは? と思ったが口には出さない。違いのわかる人にとっては大事なことなのだろうし。そっかそっか、じゃあちょっとお高めのお蕎麦屋さん行こうね。お姉さん月給八百円ぐらいしかないけどね。でも貯金は二十万ほどあるから。


 うん。

 もうとっくに私の見栄なんて潰れかけているけれど、せめて、せめて無職だと知られないようにするぐらいは、出来るはずだ。


 しょうもない虚栄心を抱きながら、黒葉ちゃんと連れ立って【裏側】を出る。


「うん?」


 ちょうど表と【裏】の境となる、曲がり角の辺りに低級霊が四体ほど。斬。


「……? 今何かいました?」

「もういないよ」


 ああいう人目があるともないともつかない微妙なところに居座られると、しっかり撮影も出来ないから困る。あんまりブログの閲覧数とか稼げなさそうな見た目(デザイン)だったから別にいいけど。


 しかし、四体。

 悪霊をほとんど見なくなったこの街で。

 それもあんな、中途半端な位置で、待ち伏せするようにして。


「……考え過ぎだよね」


 "一本腕"の存在は、正直今でも疑わしい。

 悪霊なんていう、中学生の黒葉ちゃんでも上手くやれば祓えてしまうようなものに、そんな恐ろしい力が備わっているとは思えない。


「お姉さん、早くしないとお店混んじゃいますよ」

「あ、うん。ごめんね」


 結局、午前中の間【裏側】にずっと居座っても、"一本腕"なんてものが出ることはなかった。

 仮にそんな、日本の全てにいつの間にか名を知らしめている恐ろしいものがいたとしても、それはきっと――


「私如きが関われるようなものじゃないよね」


 口の中で呟いて、私達は【裏側】を後にした。



 ――先に言ってしまうと。


 私はこの時点で、いやこれより前の時点で、既にどっぷり"一本腕"に関わっていた。


 それに気づけたからってこの後の結末が変わったとは思えないけれど――それでも、もしこの時、あの事に気づけていたなら。


 誰も泣く必要はなかったのになと、それだけ思う。

この小説はおおむねコメディーです。おおむね。

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