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退魔騙り(二)。

 前回のあらすじ。少女は霊感少女だった。

 まあ、なんと言っても女子中学生だ。霊感ぐらいあるだろう(経験則に基づく偏見)。これに関しては人目のあるところで堂々と霊を祓った不用心な私が悪い。


 でもね。そうは言ってもね。弟子にしてほしいとか言われてもね。困るよね。

 確かに私も、大別すれば霊能者の一人であることは間違いない。それは間違いないよ。でもねお嬢ちゃん、悪霊なんて多少の霊感があれば普通のナイフで祓えるんだ。


 結局、大仰な術や魔法なんて要らないんだよ、リアルな話。

 要らないというよりは使えなくてもどうにかなるって言った方がいいか。私が使うのってそれこそ子供騙しのおまじないぐらいだし。


 そうだ、せっかくだから例を出そう。はい、ここに私の抜け毛があります。美容院とか全然行ってないんでめちゃくちゃ長いですね。これにちょっとしたおまじないをかけます。基本的に誰にでも使える民間呪術の一種です。東ヨーロッパ由来で、カテゴリとしては屍霊術に近いかな。えいや。


「『紡げ(gazgiz)』」


 ――ぴくぴく。


 わー。触ってないのに髪の毛がぴくぴくって動いたー。すごーい。


 ……楽しい? ねえ楽しいこれ? すごいっちゃすごいけど、だから何? もし学校でこの一発芸やったら普通に気持ち悪がられるだけだよ。はーあ、超常現象ってしょうもな。


「とりあえず、荷物はその辺に置いていいよ。重いでしょ」

「はい!」


 ハキハキとしたいい返事。なんていうか育ちが良さげ。


「えっと、とりあえずそこに座って」


 ダイニングテーブルの一席に少女を座らせる。


「さっきはありがとうございます。普段はああいうの寄ってこないんですけど、今日は遅い時間に一人だったせいか、憑き纏われちゃって」

「そっか、怖かったね」


 私は霊より就職の方が怖いけどね。いつの間にかホラーを見て怖がるようなプリミティブな気持ちも失くしちゃったな。


「ちょっと待ってて、お茶出すから」

「そんな、お気になさらず!」


 子供が遠慮しないの。あれ、でもお茶ってどうやって淹れるんだろう。おっかしいな、中学の頃に家庭科の授業でやったはずなのに……。いや、よくよく考えたらもう十年も前か。時は無常。私の記憶も無常。


 仕方がないので湯呑みに牛乳を注ぎ、大真面目な顔で差し出す。


「粗茶だけど」

「……? あっ、ごめんなさい! 私ツッコミって慣れてなくて……」


 自分の不勉強をボケという形で処理するライフハックだ。社会ではまず通用しない。


「えっと、ぎゅ、牛乳やないかーい!」


 可愛いなこの子……。ごめんね、こんなお姉さんのしょうもないボケに付き合わせて……。


「それで、弟子になりたいって――」

「そうなんです! わたし、昔から霊感があるんですけど、自分で悪霊を祓――」

「待った待った。まず自己紹介から先にしよう」


 でもなんて名乗ろう……。まあ、どうせこの子も素人だし、ちょっとぐらい見栄張ったっていいよね。


「私はカタギリ。片霧セツナ。一応、退魔師みたいなもの、かな」


 退魔師みたいなもの、かな(キメ顔)。うーん、九割詐欺。

 でもどうせバレないでしょ。この子の知り合いに退魔師がいるわけでもないだろうし。


四鍔野(よつばの)黒葉(くろば)です。中学一年生で、えっと、お父さんは裏刀宗の幹部をやってます」

「えっ」


 それってガチ系の退魔組織では? 私、結構前に隣町の路地裏で見たよ。裏刀宗の法衣着たお坊さんが、悪霊相手に「破ァ!」ってやってるところ。寺生まれだったのかこの子。巫女さんっぽいファッションしてるもんね。やっば、冷や汗出てきた。


「いつも、お父さんに私も『破ァ!』ってやつやりたいって頼んでるんですけど、『黒葉はまだ子供だから、悪霊と関わらなくて良い』って言って、何も教えてくれなくて」

「そうね」


 そうね、ではないけども。この後に及んで何をしたり顔で頷いているのかね私は。


「でもやっぱり、今日みたいに自分では何も出来なくて、見えないふりをしてじっとしているのは嫌なんです。友達が霊にまとわり憑かれて辛そうにしている時とかも、わたしは無力で、気づいてるのに無視するしかなくて、そんな自分が情けなくて……」

「うん……」


 霊感少女にありがちな中二的憧れかと思ったら思ったよりガチな悩みを抱いていらっしゃるし。どうしよう。ただのグータラ女がくだらない虚栄心を発揮した結果がこれだよ。


「だからお願いします、片霧さん! 私をお姉さんの弟子にしてください!」


 少女――黒葉ちゃんはぺこっと頭を下げる。


「…………」


 私は目をつむって考え込む。あーあ、死にたいな。なんでこんな嘘つきが働きもせずのうのうと生きて、こんなに可愛くて良い子が悩みを抱いているんだろう。世界って間違ってる。世界に責任転嫁するんじゃないよ間違ってるのは私だよ馬鹿。


「…………」


 でも、どうやってこの状況を切り抜けよう。だってお姉さん「破ァ!」ってやつ出来ないもん。除霊は物理攻撃だよ、基本。

 私が教えられることなんて、民間に広く伝わる誰にでも使えるたぐいのおまじないと、我流のナイフ術ぐらいだ。いや、ナイフ術なんて大層なものですらない。「あまり力まずに素早く勢いよくしっかり狙ってナイフを振りましょう」。これだけだ、教えられるのは。いや舐めてんの? もし中学生の頃の私が今の私に弟子入りしたら秒で出ていく自信がある。弟子inからの弟子outまで一分もかからないね、間違いない。


「……そうだね、でも今日は遅いから、明日からにしようか」


 また適当なこと言ってるぞ、今日の私。丸投げされた明日の私が可哀想だとは思わないのか。


「! ありがとうございます!」


 満面の笑みを浮かべる黒葉ちゃん。もう断れないね。私ってホント馬鹿。


「でも、ゴールデンウィークの間だけだよ。私だって色々と忙しいから」


 午後に起きて一日の大半をユーチューブとSNSで潰してる暇人が言いよるわ。言ってて罪悪感とか無いの? あるよ。すごくある。ごめんなさい許してください今すごく死にたいです。


 だけど、私には罪悪感と同時に勝算もある。

 実は、私の住む街では四年ぐらい前からめっきり悪霊が出なくなってしまっているのだ。詳しい原因は分からないけれど。昔は結構有名な都市伝説のみなさんが街の裏側でドンパチしてらっしゃったのに、最近全然見かけなくなっちゃったからね。都市伝説に出てくる怪異って、実はそれぞれ一個体しかいないのかも。良い事なのかもしれないけどちょっと寂しい。


 ともかく、今じゃ虫みたいな浮遊霊がふよふよ飛んでいるだけ。さっき黒葉ちゃんに憑いていた低級霊でさえ、最近はなかなか見かけない。

 名付けて「あー黒葉ちゃんに『破ァ!』ってやつ教えてあげたいんだけどなー! 霊がいないからなー! 練習台がいないんじゃしょうがないなー! お姉さん参っちゃうなー! たはー!」作戦。これだ。


「わかりました! この街には"一本腕"っていうものすごく有名な都市伝説の悪霊が出るらしいですけど、お姉さんならきっと大丈夫ですよね!」

「…………」


 なんて?


「お父さんに『ゴールデンウィークの間は、家を離れて修行してこい』って言われたのは、仕事の邪魔をさせないための体の良い厄介払いだとばかり思ってたんですけど……本当に退魔師の人を紹介してくれるなんて、思ってませんでした!」

「ちょっと」

「明日から頑張って街を散策しましょう! 楽しみです!」

「あの」

「よろしくおねがいしますね!」

「……………………………………うん」


 さーて、明日までに「破ァ!」ってやつできるようにならないとなー。



 ワクワク顔の黒葉ちゃんをベッドに寝かせる。上京して家を出ていったお姉ちゃんの部屋のベッドだ。


 私は自分の部屋に戻り、無駄にスペックの高いパソコンを起動させる。ブログの更新が途中だったけど、今はそれより先にすることがある。


「『一本腕』、と」


 検索エンジンにキーワードを入力して、エンター。いや、出ないねこれじゃ。『一本腕』って普通名詞だもん。


「『一本腕 都市伝説』」


 ……出ない。


「『一本腕 都市伝説 ■■市』」


 自分の住む街の地名を加える。出ない。


「んー?」


 おっかしいなあ。

 というかそもそも、人よりオカルトに造詣の深い私が、自分の住む街の都市伝説を知らないなんてこと、有り得るのだろうか?

 一つの地域や学校の内部で伝わるマイナーな噂話ならともかく、黒葉ちゃんが『ものすごく有名』とまで称した都市伝説を耳にしたことが無いというのは少々不自然だ。


 そうだ、冷静になって考えてみよう。


 黒葉ちゃんは、

 父親に、

 ゴールデンウィークの間、

 仕事の邪魔をされないように、

 体の良い厄介払いとして、

 修行という名目で、

 "一本腕"という都市伝説の街にある、

 私の家に預けられた、


 と言っていた。


 そこで本当に退魔師の美人なお姉さん(を自称する私)が出てきたからびっくりしたと。


 つまり、つまりだ。

 ――"一本腕"というのは、黒葉ちゃんのお父さんが考えた作り話ではないのか?


 本当は"一本腕"なんていない。黒葉ちゃんがどれだけお父さんに術や技を教えて欲しいとせがんだのかは分からないが、仕事の邪魔になるというほどだ、相当しつこいものだったのだろう。

 ゴールデンウィーク中も『破ァ!』しなければならない働き者のお父さんとしては面倒この上ない。それでちょっと理屈こねこねしていたら知らない内に口からでまかせのなんかものすごい都市伝説を思いついちゃったのかもしれない。


 なーんだ、そういうことだったのか。心配して損した。


 そうだよねえ、街に住んでる私が知らない都市伝説なんてないよね、そりゃ。大体先ほども言った通り、この街じゃ四年前から悪霊も化け物も出やしないのだ。そんなものすごい有名な都市伝説なんているわけない。


 でも一応SNSでフォロワーに知ってるか聞いてみよっと。友達はいないけどフォロワーは二百人いるからね。「(マイナス)18」というハンドルネームをつけた私のアカウントにログインして、ポストを投稿する。


『"一本腕"って知ってるー?』

『みんな知ってる』


 待って。


『ていうか-18さん心霊写真ブログやってるのに"一本腕"知らないとかマジ?』

『■■市に出るってやつでしょ』

『日本人で知らん人おる?』

『北海道の友達も知ってた』

『沖縄でも聞いたことあるよ』


 みなさんお待ちになって。おかしいでしょ、じゃあなんで検索結果に出ないの。


『まあ『一本腕』ってだけだと普通名詞だし』

『都市伝説としてはあんまり面白くないし』

『でもなぜか有名』


 やめなよそういうマジっぽいこと言うの。本当に何かヤバいのが私の【街】に居るみたいじゃん。


 フォロワーから聞いた話を要約してみる。


 ――"一本腕"とは、■■市に現れるという、腕が一本しかない悪霊である。

 出典は不明。ある時から突如として誰もが知るようになった都市伝説。


 いわく。【街】の路地裏で、少女の悲鳴と、男の罵声が響いた。

 肉を殴りつける音と、路面に溢れた血。一人の青年が駆けつけるが、いつの間にか悲鳴は止んでいた。

 路地裏から出てきたセーラー服の少女は、「ざまあみろ」と吐き捨てて手に持った包丁を落としていく。

 駆けつけた青年が路地を覗こうとした瞬間、全身に火を纏った男が現れる。

 男は「許さねえ、許さねえ」と繰り返し叫び、包丁を拾って少女を追う。

 身体が炭となって崩れていくが、それでも男は少女を追う。

 ついに包丁を持った右腕以外の全てが焼け落ちる。けれどその右腕だけは、今でも少女を追って【街】を彷徨さまよっているのだという――


「…………」


 ……確かに、都市伝説としてはあまり面白くない。

 オチが弱いし、インパクトも無い。そんなに怖い話とは言えないだろう。


 でも。

 なぜか。

 似た話を。

 知っている気が――


「……!」


 はい、やめ! 気のせい! 終了!

 いやいやそんな、本物の超常現象なんてしょっぱいもんだよ?

 呪術は割りかし地味なもの。悪霊は素人でも祓えちゃうし、都市伝説は廃れてしまった。化け物は人に怯えてるし、怪異が強大な力を持っていたことなんて一度も無い。


 だから。

 だからそんな、ねえ?


 私が気を揉んでいる間にも、SNSのタイムラインが流れていく。どうやら話題に火がついてしまったようだ。


『自分が知っているバージョンだと、男は青く燃えてた』

『いや、男は火を付けられたんじゃなくて、ミンチにされてた』

『ミンチは無理がある』

『最初は全然違う話だった気がする』

『そういえば今になってまた話題になってない?』

『ちょっと前に、■■で腕なし死体が見つかったからね』

『そういえば、セーラー服の少女は何のために包丁を? 火つけるならいらんでしょ』

『ミンチにするためだよ』

『ミンチ説にこだわるな』

『というか持ってたのって包丁だっけ』

『正確なところなんて誰にもわからない』

『そもそもなんでみんな知ってるの』

『わからない』

『オカルトブームのための意図的な工作という説がある』

『誰から聞いたかも覚えてない』

『けれど逆にこの噂が流れてから他の都市伝説を聞かなくなった』

『でも知ってる』

『この話だけは今でもどこかで聞く』

『なぜか知ってる』

『都市伝説って、そういうものでしょ?』

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