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第14話 有里家緊急家族会議 その2


 有里家のリビングでレムリアが使って見せた魔法。

 その力はささやかではあったが、彼女が地球とは異なる世界の住人であることの証拠としては十分なもの。


『レムリアは異世界人』


 有里家の一同はその認識を改めて共有した。


「それで、これからどうするんだ、秋人(あきと)?」


 父から息子へ投げかけられた問い。

 秋人はしばらく無言で考える様子を見せ、


「俺は……今のままがいいと思うんだが……」


 昨晩のうちにレムリアと相談した結論を口にする。それは現状維持。

 異世界の少女とはいえ、レムリアは根本的に善性の少女である。

 ほんの数日とは言え、共に暮らした感じでは特に不都合はなかった。

 ならば余計な手を入れて場をかき乱す必要はないだろう。

 二人で導き出した結論だったが、冬樹は息子の言葉に眉をひそめた。


「秋人……年頃の男女がひとつ屋根の下で生活を共にする、その意味をちゃんと理解しているのか?」


「それは……」


 父の言葉に秋人は逡巡(しゅんじゅん)する。

 理解はできているが、話題にあげたくなかった。

 親からすれば、そんな意図が容易に見て取れる。

 言葉を詰まらせた息子を見て、冬樹はため息をつく。


「お前は別に気にしないかもしれない。問題はレムリアさんの方だ」


「私、ですか?」


 名前を呼ばれて、背筋を正すレムリア。

 その顔に浮かぶ表情は硬い。どちらかというとふわふわしたイメージの少女に似合わない。

 秋人がチラリと視線を走らせれば、その白い手はかすかに震えていた。

 冬樹は白い少女に向き直り、


「君の世界の風習については知りようがないが、この国では家族でもない男女が二人で暮らすということは……いささか外聞(がいぶん)が悪い」


「……そういう話は聞き知っておりますが……」


 秋人とレムリアが話し合った際にも、そっち方面の話題は出た。

 話を総合すると、地球だろうと異世界だろうと基本的な貞操観念にあまり違いはないらしい。

 ただ、生まれてからずっと神殿暮らしのレムリアは、自分の住む世界の常識でさえ知識として知っているだけ。

 具体的に何がどうとかいうあたりには非常に疎かった。

 姫巫女(ひめみこ)という立場にいる少女の前で話題が挙がらないように、周囲が配慮していたというのもあるのだろうが。

 確信が持てなかったがゆえに、できれば家族会議の議題に乗せたくなかったのである。

 しかし、人生経験の豊富な父には、こすっからい手は通用しなかった。


「この手の……そう、醜聞と言ってもいい。そういう噂が流出した場合、より深刻なダメージを負うのは女性の方だ」

 

「それは……そうかもしれない」


 秋人がぽつりと零す。

 男女平等などとうたってみても、世の中は往々にしてそういう風にはできていない。

 秋人も、父親の懸念(けねん)するところは理解できる。

 自分よりもまずはレムリアのことを考えるべきだった。

 

「でも、私はこの世界の人間ではありません。ですから……」


「そういう問題ではないよ」


 たとえレムリアが異世界人であるとしても関係ない。

 例えば外に出たら……周りの人間が噂をしている。

 いやらしい目で自分の方を見てくる。陰で嗤われる。

 いくら気にしないと強がってみても、心が少しずつ擦り切れていく。

 目に見えない傷が次第に大きくなり、そして――


「秋人、これはお前が注意しておかなければならなかった話だぞ」


 神殿暮らしで世情(せじょう)に疎いレムリアはともかく、現代日本に暮らす秋人が気を回すべきだったと父は言う。

 父の言葉は――あまりに正論過ぎて、後ろめたいところのある息子には反論のしようがない。


「だったら、どうしろって言うんだ?」


 秋人の問いに、しばし中空に視線を彷徨(さまよ)わせた冬樹は、


「ふむ……そうだな、レムリアさんを我が家で引き取るというのはどうだ?」


 顎を擦りつつ、こともなげに言った。


「それは……」


 秋人は言葉が継げなかった。なぜなら――父の提案は悪くないもののように思えたからだ。

 同年代の男子がひとりで住んでいる家に女子が増えるのはマズいが、壮年男女の夫婦の住む家に女子が増える方が違和感はない。

 もちろんあからさまに日本人離れした容姿の少女は好奇の目を誘うだろうが、外国人がホームステイしているとでも言っておけば、さしたるトラブルはないだろう。

 日本語で意思疎通ができるレムリアならなおさら問題など起きようがない。

 歯噛みする秋人だが、これは大人と子供の単純な信頼度の差とも言える。年月の積み重ねがものを言うのだ。

 でも――秋人としては、そのアイディアを採用しようという気になれない。


「……」


 押し黙ってしまった秋人は、沈黙の中で頭をフル回転させる。

 レムリアが元の世界に帰るまで安全に過ごすためには、秋人と共に暮らすより秋人の両親と共に暮らした方が合理的。

 反論しがたい事実だ。認めざるを得ない。何より、秋人自身が納得してしまっている。

 それでも……


「なんだ、何か言いたいことでもあるのか?」


「親父……俺は……」


 したり顔で正論を振りかざす父にたじろぐ秋人。

 昔から、秋人はこういった状況で父と口論して勝ったためしがない。

 どちらかというと感情で口を開く兄や妹の方が父との相性がいいくらいなのだ。

 秋人と冬樹、誰もが認める似た者親子であるがゆえに、正面からぶつかると子供の秋人の方が不利になる。


「……よろしいでしょうか?」


 睨み合う親子に待ったをかけたのは、当のレムリアだった。

 

「アキト様のお父さまのお言葉、とても嬉しく思います」


 まず最初にそう述べて、頭を下ろす。

 微かに湿り気を帯びた白い髪が、ゆっくりと流れ落ちる。

 堂に入った礼に、冬樹もまた居住まいを正す。

 そして頭を上げたレムリアは、まっすぐに冬樹を見据える。


()()のない私にそこまでご厚情(こうじょう)を頂けること、感謝の念に()えません」


 ですが、とレムリアは続ける。


「初めてアキト様とお会いした時――アキト様は私を放り出すこともできたと思います」


 たまたま最初に出会ったのが秋人だったというだけで、秋人にはレムリアを保護する義務があったわけではない。

 それでも、秋人はレムリアに部屋を与え、食事を与えた。湯を与え服を与え、そして今後の生活拠点を与えようとしている。

 そこにあるのは純粋な善意である。レムリアは滔々と語った。

 異世界とはいえ神職に携わる者だけあり、その小さな口から語られる一言一句から強い力を感じる。


「善意には善意を返すべし。私はそう教えられてきました。ですから――」


 秋人に恩返しをする機会が欲しい。それがレムリアの願いだった。

 レムリアにとって秋人は命の恩人と言っても過言ではない。

 冬樹の言葉どおりに有里家の世話になるのは、確かに様々な意味で安全であり理屈にもかなう。

 しかし、ただ流されるままに秋人のもとを去っては、自分はただの恩知らずになってしまう。 

 勿論、これは自分の我儘にすぎない。秋人に苦しむのであれば撤回する。

 

「それでも、伏してお頼み申し上げます」


 再びレムリアは頭を下ろす。額が床につきそうなほどに。

 その頭を見つめて息を呑む有里家の面々。

 最初に口を開いたのは――意外にもここまで控えていた春奈だった。


「秋人……レムリアさんにここまでさせおいて、自分は何も言わないつもり?」


「……」


 秋人もまた頭を下げる。


「親父、お袋、頼む……」


 何と言えばよいのか、秋人にはわからなかった。

 兄と別れて一人暮らしを始め、一抹の寂しさを感じていた日々。

 そこに現れた異世界少女との暮らしは、その心の穴を埋めるには十分なものであった。

 確かに父の言うとおりレムリアに多大な迷惑をかけるかもしれない。

 それでも……一緒に暮らしたい。秋人は心の底から思った。

 なぜそう考えるに至ったか、その根本の部分から目を逸らしたまま。


「……ふう」


 いまだ世慣れぬ年若い男女ふたりの懇願。

 その頭上で冬樹は大きくため息をついた。

 秋人達からは見えなかったが、その顔には穏やかな笑みが浮かんでいる。


「二人とも、本当にそれでいいのか?」


「「お願いします」」


 秋人とレムリア、二人の声がピタリと重なった。


「……決意は固そうだな」


「そうみたいね」


 呆れた様子でそんなことを口にした春奈もまた、夫に似た表情で。

 二人にとって秋人は滅多に我儘を口にしない息子だった。

 手がかからないといえば聞こえはいいが、その一方でどこか醒めたところがあることを密かに危惧していた。

 それが杞憂であったことが、今日この瞬間にはっきりと示された。そのことが嬉しいとさえ思えた。

 頭を下げている二人の見えないところで有里夫婦は見解の一致を見た。

 よって――


「いいだろう」


 父の口から出たのは許可の言葉。

 秋人は信じられないことを聞いたとでも言わんばかりに、ガバッと身体を挙げて、そのまま父に詰め寄る。

 その隣ではキラキラとアメジストの瞳を輝かせるレムリア。


「いいのか? 本当に?」


「お前たちはいまだ未成年ではあるが、まるっきりの子供と言うわけでもない」


 落ち着くように息子を諭す父。

 秋人達は悪事を働こうと言うわけではない。

 ならば、固い意志で結ばれた二人の背中を押すのが大人の仕事だ。

 問題がないとは言わんが、何かあったら私たちを頼りなさい。

 何しろ――自分たちは秋人の親なのだから。

 そう語る父にもう一度秋人は頭を下げた。


「ありがとう……親父」


「何より、お前が困っている女性を放り出すような冷たい人間に育たなくてよかった」


 独白する冬樹の言葉に春奈も頷く。

 自慢の息子を見つめる親の眼は優しかった。

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