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第11話 姫巫女さんの告白


 太陽が西に傾く頃に家に帰ってきた秋人(あきと)は、そのまま夕飯の支度(したく)を始めた。

 幸いなことに、食材は昨日のうちに買ってきたものがまだ残っている。

 

――来週の分は明日改めて買いに行けばいいだろう。


 さすがに両手にレムリアの服を抱えたままスーパーを回る気にはならなかった。

 レムリアは自分の荷物は自分で持つと言い張ったが、秋人は彼女の申し出を受け入れなかった。

 男女二人並んで歩いているところで、女子に荷物を持たせるのはいかがなものかと思ったからだ。

 冷蔵庫が空っぽとか、その手の差し迫った事情もない。

 明日も今日と同じくレムリアと外を見て回るつもりだったから、そのとき買い物の仕方も教えればいい。

 なお、一緒に帰宅したレムリアは自室に戻り、買ってきた服をクローゼットにしまっている。


「さて、残っているひき肉を使って何か……」


 一応悩んではみるものの、秋人シェフのレパートリーはそれほど多くはない。

 本日の晩ご飯はミートボール(中華風甘酢あん)に炒飯(チャーハン)。サラダと中華スープ。

 

――なんか肉ばっかりだな……


 昨晩から『ハンバーグ→ハンバーガー→ミートボール』である。

 レムリアは肉を好んでいるようだが、さすがにこう続けて似たような献立だと秋人の料理センスに疑いの目を向けられるかもしれない。

 それは兄とともに暮らし、一年近く料理を担ってきた秋人にとって(かなえ)軽重(けいちょう)を問われる問題だ。

 空いた時間を使ってインターネットで良さそうなレシピを漁ろうと心に使う秋人。

『主婦かよ』と声に出さずに突っ込んでしまう。


「……野菜増やしとくか」


 サラダにトマトを乗せようとして、レムリアが可愛らしく胸の前で手をクロスさせ『トマトダメ』と舌を出すイメージが脳裏に浮かぶ。

 自分も子供の頃は割と偏食気味だった秋人としては、母の苦心が今更になって思い起こされる。

 仕方がないのでレタスを多い目に千切って乗せておく。結果としてサラダボウルがやたらと緑色になってしまった。かなり残念な盛り付けセンスである。

 ひととおり用意ができたところでレムリアを呼ぶも――返事がない。

 

「夕飯できたぞ」


 コンコンとドアをノックすると、部屋の中でどさっと何かが落ちる音がした。

 兄の部屋の間取りを頭に浮かべてみるが、思い当たるものがない。


「レムリア、何かあったか?」


 どこかおかしなところでも打ってはいないか。

 いささかながら不安がよぎる。


「な、なにもありません。すぐ行きますから!」


 ようやく部屋の中から戻ってきた口調がやけに早い。


「そうか?」


 (いぶか)しく思う気持ちはあるものの、レムリアの言葉を信じることにする。

 まだ彼女と出会ってからほんの数日しかたっていないが、レムリアが誠実な人柄をしていることは秋人も十分に理解しているから。

 麦茶を冷蔵庫から出してコップに注いでいると、部屋から白髪(はくはつ)の少女が現れた。

 気のせいか、明かりを反射する白い髪が若干ほつれている。

 ……いったい部屋で何があったのだろうか?

 先ほどとは別の意味で聞くのが躊躇(ためら)われる姿であった。


「じゃ、熱いうちに食べよう」


「……」


 席に着いたレムリアは、しかし秋人の声に答えることはなく。

 テーブルの上に並べられた夕飯に真剣なまなざしを送っている。

 有里家のリビングが奇妙なプレッシャーに押し包まれる。

 ややあって――


「あの……」


「どうかしたか?」


「いえ、その……」


 続きを促しても、レムリアは沈黙を保ったまま。

 秋人がミートボールに箸を伸ばしたその時、


「アキト様!」


「……どうした?」


「あの……少しお待ちいただけませんか?」


「……構わないけど……冷めるぞ?」


 曖昧な言葉とは裏腹にレムリアの表情は真剣そのもの。

 少女の言うとおり箸をひっこめた秋人は、暫し彼女の顔を注視する。

 紫紺の視線は定まらない。後ろめたいことを抱えている……ように見えた。


「……レムリア?」


「すみません、私、アキト様に謝らなければならないことがあります」


 言葉と共にガバッと下げられた頭を追って、白髪が揺れる。

 レムリアの様子は実に神妙で、秋人は黙って先を促す。

 ゆっくりと頭を上げ、大きく喉を鳴らすレムリア。

 そして、身体の中にあるモヤモヤを大きく吐き出すように言葉を紡ぐ。


「私……勝手にアキト様を毒見役として――」


「ああ、そのことか」


「へ?」


 レムリアにとってその告白は一大決心であったはずなのに、何ということもないように流す秋人を見て思わず間抜けな声が口を突いた。

 その白い顔には――どんな形を取り繕えばいいのか迷っているような、どうにも言葉にし難い表情を浮かべている。


「えっと……」


「レムリアは俺が口を付けたものしか食べなかったから、そういうこともあるかな、とは思っていた」


 最初はただ戸惑っているだけだと考えていた。疑惑が確信に変わったのは昼食のハンバーガーあたり。

 秋人の記憶に誤りがなければ、これまで秋人が口にしたものしかレムリアは食べていない。例外はなかった……はず。

 レムリアだけが口にするはずだったもの――例えば昨日の昼食(予定)のあんぱん――には、どれだけ腹が減っていても決して手を付けなかった。

 彼女は自身を『姫巫女(ひめみこ)』と呼称していた。恐らく特別な地位にあるのだと推察される。

 レムリアの世界がどのような文明を築いているのかはわからないが、『姫』と呼ばれる人物であれば、毒見されたものしか食べないということもあるかもしれないと秋人は考えていた。


「その……お怒りにならないのですか?」


「怒る? なぜだ?」


 恐る恐る尋ねたレムリアに、秋人は逆に尋ね返した。

 宙に視線を彷徨(さまよ)わせて言葉を探していたレムリアは、


「私がアキト様を信用していないように思われたのではないかと……」


 レムリアの言葉を受けた秋人は、ちょっとわざとらしいほどに大きく頷く。


「残念に思ったことは否定しないけど、納得はしている」


 右も左もわからない世界に放り出されたレムリアが用心深くなることは想像に難くない。

 秋人が逆の立場に立たされても(異世界に召喚されたとしても)、すぐに異世界人を信用することはできなかっただろう。

 要するにお互い様である。気にしても仕方がないし、信頼はこれから築いていけばいい。そもそもまだ出会ってから二日しかたっていないのだから。

 この話はこれで終わりと言わんばかりに再び箸を伸ばす秋人。

 だが――


「ダメです!」


 悲鳴じみたレムリアの声。その剣幕に秋人はたじろいだ。

 

「私が……私は、これからここで暮らしていくのです!」


 だから、毒見役がいなくても食べられるようにならなければならない。

 何より、秋人のことを信じなければならない。

 決然と口にするレムリアだが、顔面は蒼白で白い手も声も震えている。


「レムリア、無理しなくても……」


「お願いします!!」


 レムリアの声は湿り気を帯びている。

 そして同僚の狂熱をも内に孕んでいる。


――熱い。


 レムリアは真剣だ。そして本気だ。

 曖昧なままで済ませてよい話ではなさそうだった。


「……わかった」


 ここはレムリアの決意を尊重すべき場面だろう。

 そう判断した秋人は頷いて、目の前の少女の動向を見守ることにする。

 レムリアは恐る恐るフォークを伸ばし――ミートボールに刺した。

 そしてそのままゆっくりと口に近づけていき――


 ごくん。


 リビングに漂う緊張感に押されて、秋人は息を呑んだ。

 レムリアも何度となく唾を飲み込んでいる。よくよく見れば小刻みに全身を震わせている。

 両目をギュッと閉じた少女が、口を僅かに開けて――


 ごくん。


 ミートボールを――食べた!


 もぐ……もぐもぐ……ごくん。


 閉じられた口中で咀嚼(そしゃく)され、喉を通っていく肉塊を想う。

 不謹慎だとは重々承知していた秋人だったが、やけに背徳的なエロスを感じさせられ、いたたまれなくなる。

 沈黙が――重い。しかし、次の瞬間――


「お……」


「お?」


「美味しいです!」


 (まなじり)に涙を浮かべて喜ぶレムリア。

 その頭を撫でようとして――秋人は我に返った。


――いやいや、子供じゃないんだから……


「頑張ったな」


「はい!」


 柔らかい微笑みを浮かべるレムリアの顔が眩しく感じられた。



 ★



 失敗したな、と口に出さないまま秋人は嘆息した。

 目の前ではレムリアがもしゃもしゃとレタスを頬張っている。

 秋人は普段サラダにドレッシングをかけない。

 家を出た兄は味がついていない野菜を食べられない人間だったから、ついこの間まではドレッシングを常備していたのだが。

 兄が不在の今、ひとり暮らしのままの有里家はドレッシングを切らしたまま放置してしまっていた。

 その結果が目の前のレムリアである。トマト嫌いのレムリアのためにレタスを多めに盛ったのが裏目に出た。


――ウサギか。


 文句を言ってくるわけではないが、何とも言葉にし難い味のある表情を浮かべている。

 秋人の方を軽くにらんでいるようにも見えた。悪気はなかった。すまない。謝るべきだろうか?

 心のメモに『ドレッシング』と赤字で記載したところで、ポケットに突っ込んでいたスマホが振動した。


 興味深げに見つめてくるレムリアを意識しないように液晶に目を走らせる。

 発信者は――秋人の母だった。

 

――これは無視できないな。


 目の前のレムリアに黙っているようジェスチャーで指示しつつ、液晶をタップ。

 スマホを耳に寄せると、聞き慣れた――それでいて久しぶりに耳にする声が聞こえた。


「もしもし、秋人?」

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