第10話 お出かけしよう、姫巫女さん その2
日本のどこにでもいそうな高校生である秋人と、日本のどこにもいなさそうな白髪紫眼の姫巫女レムリア。
人目を引く二人(厳密に言うと目立っているのは一人だけ)は、ごった返す休日のハンバーガーショップでの昼食を終えて、当初の予定通り服屋に足を運ぶ。
訪れたのは、とりたてて高級なブティックと言うわけでもなく、さりとて安さが売りの衣料品チェーンでもない、どこにでもありそうで最近はあまりなさそうな普通の店。
案内した秋人自身、女性向けの服に詳しいわけではない。スマホ片手に近場の店を探しただけである。
なぜなら秋人にしてみれば、こんなところにそもそも足を運ぶ機会がない。妹は自分の服は自分で選んでいる。母に服を買う機会などない。
秋人には女性の服を選んであげるような甲斐性はなかったので、こういうときは大人しく店員さんに頼ることにする。『餅は餅屋』というではないか。
それなりに年を召しているように見える女性の店員は、明らかに身体に合わない服を着ている白髪の少女を見ても余計なことを口にしない。プロだ。
あからさまに日本人離れした――というか地球人離れした容姿にも触れない。客のプライバシーには立ち入らない模様。
当のレムリアはと言えば、どのような服が欲しいか尋ねられて、困ったような表情を浮かべて秋人の方を見やる。
「高すぎる服は無理だけど、お金については気にしなくていいから」
自分で金を稼いでいるわけではないが、秋人は散財とは無縁の生活を送っている。
両親からの仕送りはそれなりの金額になるため、自然と貯金が増えている。
女子の服を身繕うぐらいの余裕はある……はずと胸を張る。
――大丈夫だよな?
だが……冷静に考えてみれば、秋人には女子の衣服の相場なんてわからない。
でも、『金がないから安いものを選べ』というのは気が引けた。
あまり意味のない男のプライドのようなものが自分にもあるらしいと、秋人は初めて気づかされた。
なおも躊躇うレムリアに自由に服を選ぶよう重ねて告げると、少女は腑に落ちない様子ではあったが店員と一緒に物色を始めた。
そして――
――長いな……
秋人は声に出さず嘆息した。
これまでの秋人は『女性の買い物には時間がかかる』という俗説を信じていなかった。
しかし、それはどうやら間違いであったと認めざるを得ない。
単に女性と買い物に行く機会がなかったから本当のところがわからなかっただけだ、と。
戸惑いがちに服を選んでいたはずのレムリアは、いつの間にかノリノリで。
店員も類稀なる美貌を誇る客人に気を良くしたのか終始テンション高め。
余人が口を差し挟む余裕もないほどに盛り上がった二人はとっかえひっかえ試着を繰り返し、そのたびに異世界の姫巫女は『似合いますか?』と秋人に尋ねてくる。
もちろんどれもよく似合っていた。
素直にそう口にすると最初は嬉しそうに笑みを浮かべていたレムリアだったが、そのうち『ずっと同じこと言ってません?』などと眉を顰め始めた。
秋人としては素直に感想を口にしているだけなのに、理不尽極まりない。メンドクサイ。
こういう時に一体どう答えればよいのだろう? 秋人はかなり真剣に頭を抱えることとなった。
なぜ自分はこれまで女子と買い物に行く機会に恵まれなかったのだろう?
己の巡り会わせの悪さを呪わずにはいられなかった。
基本的に身から出た錆であるという現実からは目を逸らしている秋人である。
『ああでもない、こうでもない』と悩んだ結果レムリアが選んだ服は、いずれも機能性を重視したものばかりだった。
金銭の価値をどれほど理解しているかは定かではないが、値段もお手頃なものばかり。
店員が空気を読んでくれたのかもしれない。
とは言うものの、せっかくだからもう少し見た目重視のものを買えばいいのにと思う。
まあ、本人がこれでよいというものを否定するわけにもいかない。
――ひょっとしたら気を遣わせてしまったのだろうか?
きれいに着飾ったレムリアの姿が見てみたかった。残念。
そんな甘いことをを考えていると、レジで店員が述べた金額に頬を引きつらせる羽目になった。
すぐ傍で秋人を見つめているレムリアに気付かれないよう平静を装い、財布から札を抜き出して手渡し、袋を両手に抱えて店を出た。
一着一着はお手頃価格でも、数が増えれば金銭的にも物理的にも結構かさむものだ。ひとつ勉強になった。
「私、自分で服を買ったのは初めてです」
「……そうなのか?」
足取り軽いレムリアの言葉は、しかし秋人にとって少し不思議な感じがした。
あくまで見た感じの印象に過ぎないとはいえ、彼女はどちらかというと富裕層の出身のように思えたから。
「はい。普段は神殿で用意されている衣装しか身につけませんので」
「へえ」
秋人は、なるほどと相づちを打つ。
自分の着る服すら自由に選べない生活を寂しいと感じるのは、秋人が別世界の人間だからだろうか。
なお、貴族の姫君たちは職人を屋敷に呼び立ててドレスを仕立てさせたりするらしい。
聞きかじりですが、と前置きしてレムリアは異世界の被服事情を説明してくれた。
あいにくレムリア自身は、そういう機会はなかったようだが。
「この世界では、こんなに良い服が普通に買えるのですね」
とても喜ばしいことだと、レムリアは顔をほころばせる。
『衣・食・住』人間が生きていくために必要なものが容易に手に入る。
それは、この国が豊かさの証であると感慨深げにつぶやいた。
――こういう所は、さすがに異世界のお姫様って感じだ。
同年代ながら、視点が違う。
口には出さねども、感心する秋人だった。
★
買い物帰りに、二人は近くの公園に寄った。
公園と言っても小さな広場に遊具があるものではなく、広い敷地に芝生や噴水、ベンチが備え付けられているタイプ。
昼食をとってから何も口に入れないまま時間が過ぎて行っている。よって小休止。
自販機で缶コーヒーを購入し、ベンチに腰を下ろし、荷物を置いてひと息ついた。
良く晴れた空は青く、三月にしては程よい陽気。ここ最近は肌寒い日が続いていたので、外出予定の今日が好天で本当によかった。
あたりを見回せば、親子連れやカップル、あるいは友人同士と思われる若者たちが思い思いの時間を過ごしている。
周りからは秋人達も同じように見られていることは想像に難くない。穏やかな休日の風景である。
「平和ですね……」
その様を目を細めて眺めているレムリアの横顔は、とても大人びて見えた。
「レムリアの世界は平和じゃないのか?」
ふと、思いついた疑問を口にすると、異世界の姫巫女は眉を寄せて考え込む素振りを見せた。
目蓋を閉じ、光が透ける白髪を指で弄りつつ――
「……昔は戦争があった、と聞いています」
断定できないのは、彼女が神殿から外の世界を知らないから。
顔を合わせるのも、話ができるのも、ごくわずかの人間に限られていたとのこと。
箱入り娘というレベルじゃないな、と秋人は言葉に出さずに唸った。
「そうか……」
期せずして、二人ともしんみりしてしまった。
空気を払拭すべくわざとらしく咳払いした秋人は、ぶっきらぼうに缶コーヒーを押し付けた。
『ありがとうございます』そう言って缶を受け取ったレムリアは、しかしコーヒーを口にしようとはしない。
開け方がわからないのかというと、それも違うようだ。手にした缶を白くて細い指で所在なさげに弄んでいる。
「だったら……今は大丈夫なのか?」
秋人は自分のコーヒーをひと啜りして喉を潤してから、改めて問いかけた。
『平和か?』との問いに『昔は戦争があった』という返しは、なんとなく話をはぐらかされたように聞こえた。
レムリアが口にしていた『勇者召喚』の儀式。実に穏やかではない。
どれだけ言葉を飾ろうとも、結局のところただの異世界人拉致なのだから。
権威付けのためにそんな手段に訴えようとするなんて、現代日本に生きる秋人としては首を捻らざるを得ない。
下手すると政権が転覆しかねない大事のように聞こえる。少なくとも日本がそんなことをやったらただでは済まない。
その辺りのことはレムリアも理解しているはず。だから儀式に積極的ではなかったのだ。
秋人の問いに、レムリアは少し考えるように人差し指を顎に当て、そして――
「よくわかりません」
その答えは秋人にとって意外だった。
当事者意識が薄いのだろうか?
「と言うと?」
「恥ずかしながら、私は神殿から外に出たことがありませんので……」
「なるほど……」
生粋の引きこもり、もとい俗世から離れた生活を送っていたせいで世情に疎いということのようだ。
まぁ、秋人自身も自分の周りはともかく世界規模で平和か否かと問われれば、やはり言葉を濁さざるを得ない。
現代日本人の秋人は世界平和がどうなどと、あまり真面目に考えることはない。
「あの……」
レムリアは昼食のハンバーガーと同様に、秋人が口を付けたものと交換してほしいと申し出てきた。
彼女の願いは秋人の予想どおりだったので、特に文句をつけることなく飲みさしの缶コーヒーを渡す。
交換でレムリアから同じ缶コーヒーを受け取ってタブを開く。
自分から言い出しておきながら目を丸くしたレムリアは、即座に秋人から視線を逸らして、
「……何もおっしゃらないんですね」
ポツリと呟いた。
アメジストの瞳を伏せるレムリア。
紫紺に陰が落ちる。
「何か言ったか?」
「いえ……」
レムリアの小さな口から零れた言葉は確かに秋人の耳に届いていた。
しかし秋人は聞こえないふりをして、コーヒーを口に含む。
微糖のはずのコーヒーは、とても甘かった。




