第3話
「いらっしゃいませ」
また来てしまう。
私以外にはお客がいない
この空間が
なんとなく居心地がいい。
それに、家に帰った後にも
寂しさを感じない。
友達と遊んだ後の高いテンションから
家に帰って落ち着いた時の
気持ちの緩急が
ここと家に関してだけは
ゆるやかな気がする。
「いつも来て頂いてありがとうございます」
茶玖さんがココアを出してくれる。
茶玖さんというのは、この店主である。
この前サインを頼まれた時に
この店主の名前も聞いたのだった。
苗字を聞いたが教えてくれず、ただ
「私のことは・・・茶玖と呼んで下さい。」
と言った。
「あれ、なんだかいつものココアと
一味違いますね?」
なんだかいつもより大人な感じがする。
「亜子さんの執筆活動が順調に進むように、おまじないです」
カウンターに置いてあった
小さなラム酒のビンを少し持ち上げて
いたずらっぽく笑う。
「これは、良いスタートがきれそうです」
小さな心遣いが嬉しくて
やる気が出てきた。
この前、ココア浸しになったレポート用紙は
丸ごと捨てて
新しい話を書くことにしたのだ。
ココアをすすりつつ
レポート用紙とにらめっこをして
数十分。
私のペンは
一向に走ろうとしない。
私が真剣なのを見て
邪魔してはいけないと思ったのか
茶玖さんはカウンターの向こうで本を読んでいる。
ここにいたら
いいアイデアが溢れてきて
一気に書ける気がしていた。
ここにくれば
万事解決。
なぜか、そんな根拠のない自信を
持っていたこともあり
私は焦り始めていた。
「チリンチリン」
私がここを出入りする時以外聞かない音が
耳にとびこんでくる。
「・・・あ、いらっしゃいませ」
私以外のお客がくることに
茶玖さんも驚いていた。
扉の前には
白髪を後ろでお団子にし
肩にストールをかけた
聖母のようなおばあさんが立っていた。