第2話
*+第2話
「いらっしゃいませ」
店主が会釈をしてくれる。
あの誕生日から一週間。
気付けば、このカフェに来る事が
日課になっていた。
「ココアお願いします」
「はい」
こんなやり取りも日課。
もはや常連となっている
しんとした店内。
相変わらず、お客は私だけだった。
それでも、私はこのお店の
落ち着いた雰囲気が好きだった。
「そういえば、ここって音楽を流したりしないんですね」
ココアを持って戻ってきた店主に
ふと聞いてみた。
普通のカフェなら
オシャレなクラシックでも流れているものだ。
「流した方がいいですか?」
逆に聞かれてしまった。
「いえ、むしろこっちの方が落ち着きます」
その言葉を聞いて、安心したように微笑む店主。
「僕もそうなんです。」
そういえば、この静けさといい
カウンター席だけという設計といい
店主のこだわりを感じる。
しかし、このお客のいなさを考えると
そのこだわりも心配になってくる。
そして、ここは一見
入りにくいカフェだなぁと
今になって感じた。
この異空間な感じが
なんだか好きなんだけれど・・・
ぼーっとそんなことを考えていたら
ココアをこぼしてしまった。
「わ・・・」
小さく声を出すと、店主が慌てて
布巾をもってくる
「すみません、大丈夫ですか?」
店主の迅速な行動で
なんとか服にはかからないですんだ。
が、こぼれたココアは
カウンター上のレポート用紙に
しっかり染み込んでいた。
「ココア、もったいないですね・・すみません」
何故だか、レポート用紙よりも
もう飲めないココアの方が
惜しい気がする
「いえ、それよりココアで汚れてしまいましたね」
寂しげにレポート用紙に目をおとす。
「大丈夫ですよ、どうせボツにするつもりでしたから」
話しながらわかったが
私が、ココアのほうが大事に思えたのは
このレポート用紙に書いてある内容が
自分で納得のいくもので
なかったからなのかもしれない。
「大学のレポートか何かですか?」
珍しく、店主から話をふってくれた。
「いえ、小説を書いていて。」
そう、私は大学に通いながら
小説家になるべく
コンテストに向けて小説を書いていた。
昔は、話が頭から溢れ出してきて
それをただ書き留めるのが楽しかったのに
いつからこんなに
計算まみれのつまらないものしか
出てこなくなったんだろう。
「小説家さんですか?」
「まだとても・・・目指してる最中なんです。」
"小説家さん"という言い方が
なんだかかわいくて
つい笑ってしまった。
店主はだまって、カウンターの奥にいってしまった。
一瞬、怒ったかと心配したのも束の間。
色紙とペンを手に、店主が戻ってきた。
「未来の小説家さんに、サインをお願いしてもいいですか?」
店主は、ニコっと笑うと
色紙の裏から
新しいココアを差し出した。