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第2話 女神さまはご機嫌斜め


「……ん?」


 気が付くと、空っぽい空間にいた。


 眼前には、どこまでも澄み渡るような青空があり、足元には雲海が広がっている。

 何かを踏みしめている感覚はあるのに、それらしきものは見当たらない。


 遠近感もはっきりしない。

 この空間がどこまで広がっているのか、それもよくわからなかった。


 身に着けているのは、いつもの部屋着だ。

 お世辞にもあまりいい服とは言えない。




「あら。これはまた、随分とみすぼらしい恰好の男が来たものね」




 そして、目の前に女神がいた。


 透き通るような銀色の髪に、血のような真っ赤な色をした眼が特徴的な少女だ。

 腰のあたりまで伸びた髪をツインテールにしている。

 身長は小さく、触れただけで折れてしまうのではと錯覚させるような華奢きゃしゃ体躯たいく

 その全身を、絢爛けんらんな装飾が施された真っ白なドレスが包みこんでいた。


 心底こちらを蔑むような視線が、俺の前身を捕らえている。

 Mっ気など欠片もないはずなのに、俺は胸の高鳴りを隠せなかった。

 彼女こそ美という概念そのものなのだと言われても、俺は何の疑問も持たないだろう。


「なにジロジロ見てんのよヘンタイ」


 胸の高鳴りは一瞬にして霧散した。

 きっと気のせいだったのだろう。

 もしくは気の迷いというやつだ。


「悪いが、俺はMじゃない。そんな目で見られても困る」

「知らないわよ。あんたがジロジロ見てきたのが悪いんじゃない」


 少女がため息を吐くと、俺はようやく今の状況の不自然さに気づいた。


「で、ここはどこだ? 俺は部屋でくつろいでたはずなんだが」


 たしか、俺はあのMMORPGのサービスが始まるのを待っていたはずだ。

 寝てしまったということは考えられるが、少なくとも外出した記憶はない。

 あるいは、これが夢ということも考えられるか。


 そう俺が尋ねると、少女はにっこりと微笑んだ。




「おめでとうございます。あなたは強大な力を得て、ルナたちの世界に転移されることになりました」




「……は?」


 この女神の名前はルナというらしい。

 いや、そんなことより今とんでもない言葉が聞こえた気がした。


「どういうことだ?」

「……はぁ。理解力に乏しい頭ですね。これだから人間族は……」

「いやいや、俺の理解力じゃなくてあんたの説明力のせいだと思うぞ」

「はっ!」


 ルナは心底小馬鹿にしたように笑った。

 「ないない」とでも思っているのだろう。間違いない。

 折角かわいいのに性格がひどすぎる。


 ともあれ、ルナを正しく煽り返しながらも、俺は状況を飲み込み始めていた。

 つまりこれはあれだ。

 異世界召喚というやつだ。


「なるほど、だいたい事情はわかった。で、俺は何をすればいいんだ?」

「ルナたちの世界では今、魔王が率いる魔族たちとそれ以外の種族との間で戦いが繰り広げられています。あなたには魔王を倒し、世界の平穏を取り戻していただきたいのです」

「ほう。つまり勇者として俺を召喚したと?」

「正確に言えば、勇者になることを願って、でしょうか。勇者というのは、魔王を倒して初めてそのジョブが与えられるものなので」


 俺が状況を飲み込み始めたからか、ルナの口調が丁寧なものになっている。

 これくらいの対応ができるのであれば、どこに出しても恥ずかしくない女神様だろう。


「……ですが、あなたには難しいかもしれませんね。たしかに召喚士は悪くないジョブですが、戦闘には期待できないので」

「ん? 俺は召喚士なのか? せっかく召喚されるのに職業すら自分で決められないとかひどい話もあったもんだな」

「何言ってるのよ。あなたが決めたんじゃない」

「えっ?」


 ルナの言っている意味がわからない。


 いや、ちょっと待て。

 俺は数時間前に、あるゲームの設定を行っていた。

 まさか……。


「……あのゲームの設定は、召喚先でのステータスを決めるものだったのか?」

「当たり前じゃないですか。というかゲームじゃありませんし」

「えっ」

「あそこに、これはゲームです、なんて書いてありましたか?」


 言われてみれば、そんなことは書いてなかったような。

 ただ『新しい世界で生きてみませんか?』と書いてあっただけで。


「とんでもない詐欺だな……」

「まあ、ほかの人たちも同じような反応でしたけどね。辞退する方もいらっしゃいましたし」

「ん? 辞退なんてできるのか?」

「もちろんできますよ。その場合、この夢も綺麗さっぱり忘れてお目覚めいただくことになりますが」


 辞退できるのか。

 かなり良心的な異世界召喚だな。


「まあ、辞退なんてしないけどな」


 あの世界に未練は特にない。

 思い残すことも特に……ないわけでもないが。

 死ぬまでに童貞は捨てておきたい。

 まあそれは異世界でもなんとかなるだろう。うん。


「ふーん。そう」


 ルナは何も言わなかった。

 ただ黙って、じっと俺のことを見つめていた。

 思い詰めているような顔に見えたかもしれないが、童貞を気にしていただけである。


「ま、せいぜい頑張りなさい。魔王を倒した暁には、この月の女神であるルナが褒めてあげてもいいわよ?」

「へいへい」

「なによ、その気のない返事は……」


 ルナが呆れたような視線を向けるが、俺はもう新しい世界への期待に胸を膨らませている。

 君のそんな視線など効かないのだよ。




「――あなたの未来に、神のご加護がありますように」




 ルナのそんな言葉が耳に入ったと同時に、俺の意識はブラックアウトした。





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