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第27話 寝起きの女神さま


「……ん」


 泥の底にあった意識が、ゆっくりと表面に出てくるような感覚があった。

 妙に硬い感触を全身に感じ、今自分が寝ていた場所がベッドではないことを思い出す。


「ふぁあ……」


 気だるい身体を起こすと、自然と大きなあくびが漏れた。

 昨日色々あったせいか、夢を見ることもなくぐっすりと眠ることができたようだ。


「う、腕が上がらない……」


 両腕の上腕二頭筋が悲鳴を上げている。

 妙に重い腕を無理やり動かして、痛いなりに動くことを確認。

 腕だけでなく身体の節々が痛いのは、レタスと繰り広げた激闘と、ディアナから必死に逃げたのと、こんな硬い床で横になって寝たせいだろう。


 そう、俺はいま床で寝ていた。

 というのも、二つあるベッドは既に占領されているからだ。

 昨日取った宿は二人用で、まさかもう一人増えるなんて夢にも思っていなかったからな。


 右のベッドではフィンが眠っている。

 こうして眺めると、やはり十六歳には見えない。

 せいぜい中学生ぐらいがいいところだろう。

 スヤァ……という擬音でも聞こえてきそうなほど心地よさそうなその姿に、思わず口元が緩む。


 昨日の夜、ルナが先にベッドを占領して寝てしまい、俺とフィンが一つのベッドでどうにかしなければならなくなってしまったのだ。

 「そ、それじゃあ一緒に寝ますか……?」とものすごく顔を赤くしながらのフィンの提案は、さすがに遠慮しておいた。


 いや、ダメでしょさすがに。

 というか俺がダメです。

 息がかかるぐらいのところにフィンの顔なんてあったら、緊張で一睡もできなかったに違いない。


 フィンの可愛らしい寝顔を堪能したところで、俺は視線を左のほうに移した。

 左のベッドではルナが眠っている。

 瞳を閉じて小さく寝息を立てているその寝顔は、まるで天使と見紛うほど美しい。

 いや、実際女神なのだったか。


 眠りながらも、もう離さないと言わんばかりに毛布をぎゅっと握りしめている。

 スヤァ……という擬音でも聞こえてきそうなほど心地よさそうなその姿に、思わず口元が緩む――とでも言うと思ったか。


 こいつに関しては、俺とフィンを差し置いて「ふぁあ……今日は久しぶりに動いて疲れたからもう寝るわ。おやすみ」などと言い残してさっさとベッドで寝始めたので、止める隙もなかった。

 正直に言えば、ルナとフィンがベッドに寝たことについては、特に文句はない。

 というか二人を差し置いて俺がベッドで寝て、二人のどちらかを床で寝させるなんてありえないだろう。


 問題は、ルナが特に悪びれる様子もなくさっさとベッドに潜り込んでそのまま寝てしまったことにある。

 女神に人間の価値観を理解してもらうのは難しいのかもしれないが、さすがに一言ぐらい欲しかったと思ってしまうのが人間というものだ。


「おーいルナ起きろー。朝だぞー」

「きゃっ!?」


 ということで、ささやかな復讐として大事そうに抱えている毛布を引っぺがしてやることにした。

 可愛らしい悲鳴が上がったので、どうやら女神さまは無事に目を覚ましてくれたようだ。


「ちょっと! なにするのよ!」

「おはよう、ルナ」

「……おはよう」


 ルナは少しだけ抗議の声を上げたが、挨拶には返事をしてくれた。

 その瞳は茫洋として、どこかぼんやりとしているように見える。

 寝起きで頭があまり回っていないのかもしれない。


「昨日から薄々察してはいたけど、どうやら地上に降りてきたことで、身体が人間に近くなっているみたいね……」

「そうなのか?」

「天界にいる間、ルナは寝たことなんてなかったもの」


 それなら眠いという感覚もわからないのではとも思うが、そのあたりは本能がそのとき取るべき適切な行動を教えてくれたのだろうか。

 地上に降りてきた女神の生態などわかるはずもないから、ルナで色々と試してもらうしかないか。


「……なんだか、とても失礼なことを考えられてる気がするわ」

「気のせいだ」


 そんなやりとりをしながらも、ルナは俺から毛布を取り戻そうと手を伸ばしていた。

 とりあえず起きてはいるので、そのまま毛布を返してやる。

 しかし女神さまが二度寝に突入したら、再びその毛布を取り上げるという苦渋の決断をしなければならなくなるかもしれない。


「それにしても、寝起きってこういう感覚なのね。たしかにこれは恐ろしいわね」


 俺から取り戻した毛布を抱きしめたルナが、憂いを帯びた表情でそんなことを言い始めた。


「恐ろしい? 何がだ?」

「昨日の夜は「こんな粗末なベッドで眠るなんて、ルナの神としての威光も本当に地に落ちたわね」なんて思っていたのに、今はこの毛布が長年連れ添った伴侶のようだわ……。今から、ここから出て動き出さないといけないと考えるだけで恐ろしい……」

「ダ女神化早くないかお前」


 この前八人の勇者候補の相手をして疲れた、みたいなことを言っていたときから密かに思っていたが、やはりこいつには俺と同じ引きこもりの才能があるのではないか。そう思わずにはいられない。

 ならば、そんな才能は早めに潰しておくべきだ。


「いいから起きろ。ただでさえ赤字営業だったのに、一人増えたせいでこのままじゃ一週間と経たないうちに一文無しになって、路頭に迷うことになるんだからな」


 今の俺たちの懐事情は死活問題と言えるだろう。

 ランク1の依頼を一日一個こなしたとしても、それで稼げるのはせいぜい一人分の食費と宿代ぐらいだ。

 依頼によってはそれすら稼げないものもザラにある。

 完全に赤字である。


 魔王軍やディアナの動きも気になるところではあるが、とりあえず安定して生活できるようにならなければお話にならない。

 どうやって金を稼ぐのかは、まだまともな案が出ていないところではあるが。


「お父様も変に気を利かせすぎなのよね。……もしかしたら、前世での財産が膨大すぎて、ディールに換算したらとんでもない額になるから、精霊石に変換したのかもしれないわね」

「なるほど。その可能性はあるな」


 日本にいた頃の俺は、なんだかんだで金はかなり持っていた。

 現金だけではなく株などもこちらの世界での通貨に換算したとすれば、経済に大きな混乱を生じさせると判断されたのかもしれない。

 それでも精霊石に変換してくれているあたり、妙なところで優しいというか律儀というか。

 別に変換しなくてもいいし、少しぐらい誤魔化せばなんとでもなるだろうに。


 というか、今ルナはお父様と言ったような。

 もしかしなくても、この世界の神はルナにとっては父親のような存在になるのか。


「とにかく、無い物ねだりしても仕方ない。しばらくは依頼をこなして、ランクを上げていくのがいいだろう」


 冒険者のランクが上がれば、受けられる依頼の難易度も上がり、報酬として貰える金額もより高くなっていく。

 ランク2に上がるだけでも、今の報酬の倍くらいは期待できるのではないだろうか。


「昨日までの感じだと、ランク1の依頼はなんとかなりそうだったから、ルナもいれば一日二つずつぐらいはこなせるような気がするな」

「……え? この月の女神たるルナに働けというの?」

「当たり前だろ。俺の世界じゃ『働かざるもの食うべからず』という格言があるぐらいだ」


 俺の言葉に、ルナが「信じられない」とでも言うかのような顔をしている。

 俺とフィンを働かせて、自分だけ怠惰を貪るような生活ができるとでも思っていたのだろうか。

 働け。


「はぁ……。甲斐性なしの召喚者を支えるのも使い魔の役目、なのかしら……」

「頭押さえて本気でため息吐くのやめてもらえる!? 俺のガラスのハートに傷がつくだろ!!」


 財力がないのは事実なので余計に心にくるものがある。

 女神さまには、言葉をオブラートに包むという概念をぜひ学んでいただきたい。


「ん……? そーまさん……?」

「ああ、ごめんなフィン。起こしちゃったよな……」


 俺が大声で叫んでしまったせいか、フィンも目を覚ましてしまったようだ。

 ゆるゆるとした緩慢な動きだが、一応起きてはいる……と思う。


「おはよう、フィン」

「おはよう。えっと、フィン……?」

「ふぁあ……。おはようございまふ……」


 フィンは欠伸をしながらも、ちゃんと俺に挨拶を返してくれた。

 ルナも少しぎこちないながら挨拶をしている。

 これから徐々にでも仲良くなっていってくれるといいのだが。


 みんな揃ったことだし、まずは朝食でも摂りに行くことにしよう。


女神さまは俗世に染まりはじめている

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