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第20話 朝の一幕


「何してるんですか私……。ドワーフなのにソーマさんの前でべろんべろんに酔っ払って寝ちゃうなんて……。もうダメですおしまいです……」


 朝起きると、フィンが世界の終わりのような顔で落ち込んでいた。

 少し面白いが、さすがにそのまま放って置くわけにもいかない。


「おはよう、フィン」

「あ、おはようございますソーマさん……」


 挨拶の声にも、いつものような覇気がない。

 調子が狂うな。


「あー、なんだ。俺は別に、昨日のことは気にしてないからな?」

「……ほ、ほんとですか?」

「ああ」


 たしかにエール四杯で潰れるのはドワーフとしては相当酒に弱い部類に入るのだろうが、俺はそんなことは気にしない。

 むしろこの先毎日ガバガバ酒を飲まれる方が問題だ。

 懐にそれほど余裕があるわけでもないし。


「それならよかったです……。うん、そうですよね。ソーマさんが気にしないって言ってくださってるんだから、私も気にしないようにします」

「それがいいと思うぞ」

「はい!」


 フィンに笑顔が戻る。

 やはり女の子は笑顔の方がかわいいからな。うん。


「そういえば、同じ部屋でも大丈夫だったか?」


 昨日はフィンが寝てしまっていたので、彼女の許可を取らずに同じ部屋で寝てしまっていた。

 配慮に欠ける行動だったな……。


「は、はい、それは大丈夫です! お金も節約しなきゃですし、ソーマさんと一緒に寝るのは嫌じゃないですし……」


 サラッとすごいことを言ったような気がするが、フィンは気付いていないようだ。

 それだけ信頼されているということなのだろう。

 というか童貞なので間違いを起こそうにも色々と難しい。安心してほしい。


 軽く身支度をして一階の酒屋に降りると、マスターが朝食の準備をしていた。

 俺たちの他にも、ちらほらと食事を摂っている人たちがいる。

 起きる時間は問題無かったようだ。


「おはようございます。昨夜はお楽しみでしたな?」

「お、お楽しみ……っ!?」

「昨夜はあの後すぐに寝た。変なことを言わないでくれ……」

「これは失敬」


 俺がそう言うと、マスターは露骨に口元に笑いを浮かべて仕事に戻る。

 狸ジジイめ……。

 しかしこれで料理は美味しいのだからタチが悪い。


 それにしても先ほどからフィンの顔が赤い。

 何もなかったからね。ほんとに。


 朝食はサンドイッチとスープだ。

 サンドイッチと言っても、具材を挟んでいるパンは食パンのような平べったいものではなく、一昨日や昨日フィンの家で食べたパンに近い。

 具材はレタスのような野菜と、ハムのような肉だったが、日本で食べたことのあるそれとは微妙に味が違う気もする。


 飲み物は牛乳だった。

 こちらは日本で飲んでいたものよりもコクが強くて美味しい。

 いいものを仕入れているようだ。


「お二人は、今日はどちらへ行かれるのですかな?」

「軽く必要なものを揃えてから、依頼を受けてみようと思っている」

「なるほどなるほど。それがよろしいでしょうな」


 ソーマの言葉に、マスターが頷く。

 今日はまず生活必需品を揃えて、依頼を受けるつもりだ。


 そのあとは今日の宿についても考えなければならない。

 こちらは冒険者ギルドで聞いてみたほうがいいかもしれない。

 さすがにここのマスターに他の宿屋を紹介してもらうわけにもいかないだろう。


 朝食を終えると、俺とフィンはすぐに荷物をまとめた。

 とは言っても、ほとんどかばんから出していないのでそのままだったが。


「ありがとう。世話になった」

「ありがとうございました!」

「いえいえ。またのご利用をお待ちしておりますよ」


 マスターに別れの挨拶をして、俺たちは店を出る。

 そんなに畏まった挨拶をする必要もないだろう。

 おそらくこれが最後の機会ではない。


「それじゃあ、生活必需品を揃えに行くか」

「はい。……あ、ソーマさん!」


 軽い方針確認をしていた俺は、前から近づいてくる人に気付かなかった。

 そのまま軽くぶつかってしまう。


「きゃっ!?」

「っと、すまない」


 フードを被った女性がよろけたので、反射的に身体を支えてしまった。

 俺の腕を、彼女の前に回した形だ。


「……っ!?」


 俺の腕に、暴力的なまでに柔らかな感触が押し付けられる。

 デカい。

 ゆったりとした服の上からなので正確な大きさはわからないが、そう直感する。


 思わず息を呑んでしまったが、すぐにその手を離した。

 息子が元気になってしまいかねない。


 幸いにも、あまりにも自然な動作で彼女の胸から腕を離すことができた。

 フィンが若干ジト目なのは気のせいだと思いたい。


 金色の瞳に紫色の髪をした大人の女性だ。

 全身ゆったりした服で覆われているが、その服の下にはさぞ素晴らしい理想卿が広がっているに違いない。


「こちらこそごめんなさい。怪我はありませんか?」

「大丈夫だ。そちらこそ怪我は?」

「大丈夫です。ありがとうござい……」


 そこまで言うと、なぜか女性は言葉を切って、眉を上げた。

 どうしたのだろう。

 俺の顔に何かついているのだろうか。


「あなた……」

「え?」

「……いえ、なんでもありません。それでは私はこれで」

「……? ああ」


 俺の顔をまじまじと見つめると、女性はそれ以上何も言わず去っていった。

 一体なんなんだ。


「ほらソーマさん、早く行きますよ。午後には依頼をこなさなくちゃいけないんですから」

「わ、わかった。わかったから引っ張るんじゃない」


 ご機嫌ナナメなフィンに引っ張られ、俺は彼女の後を追った。




――――――――――――――――――――――




 女は、ぶっきらぼうな少年とドワーフの少女が去っていくのを、後ろからジッと見つめていた。


 少年の名前はわからなかったが、少女の方の名前は記憶した。

 顔は二人とも覚えている。

 再び見つけ出すことは容易だ。


「……まずは一人目。意外と早かったわね」


 プロメリウスに入ってから既に一週間が経過している。

 彼女はこれまでの経験から、勇者候補が現れる場所にあたりをつけていた。

 プロメリウスもその一つである。


 親愛なる魔の王は、勇者候補の殲滅を望んでいる。

 芽は出る前に摘んでおくべきだ。

 力をつける前に殺す。

 そんな考えを示したのは、他でもない魔王自身である。


 彼女は何人もの勇者候補たちを屠ってきた。

 彼もまた、彼女によって殺されてしまう哀れな子羊の一匹となるのだ。


「今度の勇者候補さんは、いったいどんな最期を見せてくれるのかしらね?」


 そう呟き、女の口元が陰惨に歪んだ。

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