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第16話 独り立ち


「…………す、すごいな」


 馬車から降り、プロメリウスの入り口に立った俺は、口をあんぐりと開けていた。


 プロメリウスの入り口にあったのは、巨大な門だ。

 それが門だという知識が無ければ、ぱっと見では重厚な赤茶色の壁にしか見えない。


 その大きさが尋常ではないのだ。

 フィンから教えてもらっていたおかげでかろうじて門と認識することはできたが、あまりに巨大すぎてどこから門が始まっているのかすらよくわからない。


「ここが城郭じょうかく都市、プロメリウスです!」


 フィンがえっへんと胸を張っている。

 かわいい。


「いや、これはすごいな……」


 初めて見るとその大きさに圧倒される。

 さっきからすごいしか言っていない。

 現代日本の街並みを知っている俺でさえ驚きを隠せないのだから、この世界の人間が初めてこの門を見ればどれほどの驚きがあるのか、想像するのも難しい。


 そんな巨大な門の下に、小さな扉が付いている。

 小さいといっても、馬車の一台や二台くらいなら簡単に通り抜けられる程度のものだが。


 街の中を出入りする人たちのためのものなのだろう。

 その扉は今は解放されていた。


 近くには、衛兵と思しき人たちが何人もいる。

 彼らによって簡単な通行確認が行われるのだろう。


「おはようございます。市民の方でしょうか?」

「いや、違う。こいつを売りに来た」


 村長らしき人が衛兵に対応している。

 衛兵は存外礼儀正しい。

 しかし、市民と市民ではない人では、何か変わるのだろうか。


「わかりました。通行税は一人あたり百ディールになります」


 街に入るのに金取るのかよ。

 と思ったが、フィンやパパさんも特に何も言わない。

 こちらの世界ではこれが普通なのだろう。


 衛兵が俺たちの人数を確認し、通行税を徴収していく。

 俺の分はパパさんが払ってくれた。

 かたじけない……。


「……たしかに確認しました。それでは皆様のプロフィールを確認させていただきます」


 衛兵がそんなことを言い出した。

 プロフィールを確認って何だ。

 自己紹介でもすればいいのだろうか。

 そんなわけないよな。


「フィン、プロフィールって何だ?」

「……えっと。プロフィールというのは、その人のステータスが記録してあるものです。目には見えませんが、誰でも持っているものですね」


 フィンに小声で聞くと、少し戸惑われながらもそんな答えが返ってきた。

 この世界では常識なのだろう。

 それにしても、なるほど。身分証のようなものか。


「あの石板に手を置けば確認できるそうです。プロフィールを確認すると、その人のジョブなどがわかるので、盗賊や魔族だった場合は衛兵に通行を断られます」

「ほう」


 衛兵は、黒い石板のようなものを持っている。

 あの石の上に文字が浮かび上がるのだろうか。

 よくできているようだ。

 やましいことがある人間なら、これではプロメリウスに入ることすら難しいだろう。


 そんなことを考えていると、俺の番になった。

 もたもたしていても仕方ないので、すぐに石板の上に手を置く。

 石板が一瞬だけ光り、すぐに光が収まる。

 召喚の時に出る光とよく似ている気がするな。


「……ん? いや、大丈夫です。召喚士の方でしたか。私もここに長く勤めていますが、流浪るろうの召喚士の方は初めて見ました」

「ああ。修業中の身でな」

「そうですか。その歳で流浪の召喚士とは、何かと苦労が多いでしょう……。大変だとは思いますが、頑張ってください」

「あ、ああ」


 衛兵は少しだけ訝しげな表情を浮かべたが、問題ないと判断したようだ。

 フリーの召喚士はレアなようだ。

 それにしても、やたらと励まされたのはどういうことなのだろうか。


 衛兵が一瞬だけ戸惑っていた理由は簡単だ。

 さっき、完全に石板の上に『相馬 徹』という文字が浮かび上がっていたからだ。


 それは衛兵も戸惑うだろう。

 この世界の衛兵に日本語が読めるはずがないのだから。


 幸いにもその文字はすぐにこちらの世界の文字に変更されたので、衛兵はそれを何かのバグと判断したようだ。

 俺の次はフィンだったが、なんの問題もなく手続きを終えた。

 あとはプロメリウスに入るだけだ。


「……フィン」

「……! はい!」


 パパさんがフィンの名前を呼んだ。

 それだけで、フィンも俺も全てを察した。


 パパさんは、フィンをそっと抱きしめる。

 慈しむような、ただひたすらに優しい手つきだ。


「フィン。どうか元気でな。たまには帰ってくるんだぞ?」

「……うん。ありがとう、パパ。絶対また帰ってくるよ」


 抱擁は十秒にも満たなかっただろう。

 それでも、父親と娘はしっかりと別れを果たした。


「ソーマさん。フィンをよろしくお願いします」

「ああ。フィンは必ず俺が守る」

「ソ、ソーマさん!?」

「それを聞いて私も安心しました。ソーマさんになら安心して娘を預けられます」


 パパさんはそう言って、荷台から袋を取り出した。

 何かもよくわからないまま、それを受け取る。


「最後になりますが、これを。大した額ではありませんが、受け取ってください」

「えっ。いいのか?」

「はい。気持ちだけですが」


 袋の中には、銀貨らしきものが大量に入っている。

 こちらの世界での相場はわからないが、少ない金額ではないはずだ。


「……ありがとう。落ち着いたらまたお礼に行くとしよう」

「そうですか。ぜひまたいらしてください。歓迎しますので」

「次行くときは、ちゃんと剣のお代を払わせてもらう」

「はっは。わかりました。楽しみにしていますよ」


 俺がそう言うと、パパさんは笑みをこぼした。

 もちろん、これを今生の別れにするつもりはない。

 フィンと一緒に、またあの村を訪れるつもりだ。


 フィンの荷物を馬車から降ろし、パパさんは先に行ってしまった。

 あまり引き延ばしても仕方ないと判断したのだろう。

 村の人たちは次々と門をくぐっていき、最後に俺たち二人だけが残された。

 

「それじゃあ、行くか」

「――はい!」


 フィンは目元を拭うと、太陽のような笑みを浮かべる。

 俺はそれ以上何も言わず、フィンと共にプロメリウスの門をくぐった。



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