第9話 お風呂にハプニングはつきものです
洗い物も終わり、そろそろ寝る時間かと思っていたのだが。
「さて。それじゃあお風呂に入りましょうか!」
「え? 風呂があるのか?」
「貴族様が入るような大きなものじゃなくて、小さいお風呂ですけどね」
驚いた。
まあ水については水魔晶石のおかげでなんとかなっているのだろう。
思いのほか近代的な技術がある世界のようで、とてもありがたい。
「ソーマさん、先に入ります?」
「それじゃあ先に入ることにしよう」
お言葉に甘えて、先に入らせていただくことにする。
パパさんは、明日プロメリウスまで持っていく武具のチェックをするらしいので、風呂は後でいいとのことだった。
「あー、こんな感じか」
やはりというかなんというか、風呂場はそこまで大きくはない。
湯船のようなものはなく、水魔晶石から出た水を使って身体を洗うだけの簡単な風呂場だ。
お湯ではなく水なので、感覚的には水浴びに近い。
今は暖かいからいいが、冬が来たらかなり厳しいのではないだろうか。
とはいえ、風呂に入れたおかげで随分とさっぱりとすることができた。
とても清々しい気分だ。
「ん?」
俺が風呂から上がると、シャツとズボンの代わりに、なにやら下着らしきものと茶色のローブのようなものが置いてあった。
近くにはバスタオルもある。
「すいませんソーマさん。お着替えがそれだけしかなくて……」
「着替えを用意してくれたのか。ありがとう」
「はい!」
フィンが仕切り越しに話しかけてきので、お礼を言っておく。
あの格好のまま寝るものとばかり思っていたので、素直にありがたい。
「パパの服も見てきたんですけど、ソーマさんにはパパのは小さすぎるみたいです」
「まあ、うん。それはそうだろうな」
そうだろうなとしか言えない。
さすがにフィンより小さいくらいの服は着れないだろう……。
フィンが用意してくれた寝間着はほどよい大きさだった。
なぜドワーフであるフィンたちの家にこんな大きいサイズの服があったのかは謎だが。
着心地も悪くない。
今夜はいい夢が見れそうだ。
「それじゃあ、私もお風呂入ってきますね」
「おう」
俺の次にはフィンが入るようだ。
特にやることもないので、リビングでくつろいでいることにした。
「そうだ。どうせ今日はもう寝るだけだろうし、魔力が余ってるときに召喚しとくか」
昼にフィンを助けたときにも感じたことだが、魔力というのは時間経過で回復するようだ。
今は腹も膨れて風呂にも入った後のベストコンディション。
召喚を行うのにこれ以上理想の状態があろうか。いや、ない。
「――召喚」
右手を前に出し、その言葉を唱える。
リビングが眩いばかりの白光に照らされ、すぐに光が消える。
次いで、カランという乾いた音がリビングに響いた。
「……うん」
床に落ちている木の棒を拾い上げ、僅かばかりの憎しみを込めてインベントリにねじ込む。
落ち着け。まだ慌てる時間じゃない。
そのあと三回――合計四回の召喚を行ったが、出てきたのはすべて木の棒だった。
こんなことがあっていいのか……。
しかし、昼に初めて召喚を行った時よりも、心なしか魔力が増えているような気がする。
最初は三回が限界だった召喚を、四回できるようになっていたし。
改めて自分のステータスを確認してみた。
相馬 徹 17歳 男 人間族
召喚士Lv.2
スキル
観察眼Lv.1
語学Lv.1
隠密Lv.1
手当Lv.1
召喚術Lv.2
(シークレットスキル)
精霊石入手数128倍
精霊石消費数30分の1
スキル倍化(精霊石入手数128倍)
「おっ」
召喚士のジョブと、召喚術のスキルのレベルが上がっていた。
やはり召喚を何度もしているからだろうか。
ジョブのレベルとスキルのレベルは、それぞれ上がるのに何が条件なのかよくわからない。
あとでフィンに聞いてみるか。
どうせもう変な人だと思われているなら、聞くだけならタダだ。
「……ソ、ソーマさん」
そんなことを考えていると、風呂場の方からフィンの声が聞こえてきた。
「ん? どうした?」
「ちょっと来てもらえませんか?」
「おう?」
フィンに呼ばれ、風呂場まで行く。
彼女は風呂場からちょこんと顔を出していた。
かわいい。
「あ、あの。タオルを用意するのを忘れちゃって……。テーブルの横のところにあると思うので取ってきてもらえませんか……?」
「わかった。取ってこよう」
「お願いします……」
フィンは顔を赤くして顔を背けている。
誰にでもそういう失敗はあると思うぞ。うん。
そういえば俺もタオルは用意していなかった。
全然フィンのことを馬鹿にできない。
フィンに言われた通り、テーブルの横に置いてあったバスタオルを取ってきた。
俺が使っているものと同じような感じなので、おそらく合っているはずだ。
「これか?」
「あっ、それです! ありがとうございます」
俺がバスタオルを見せると、フィンは安心したような表情を浮かべた。
「ここに置いとくからな」
「はい。ありが――ひゃっ!?」
何かに躓いたのか、フィンの体勢が大きく崩れる。
「おっと」
それを察知した俺は、慌てて彼女を抱きかかえた。
今まで感じたこともないほど柔らかく温かい感触に、俺の思考は停止してしまう。
「あ……」
フィンが妙に色っぽい息を零す。
長い茶色の髪が、濡れた背中に張り付いている。
頬を赤く染めて、俺のことを見つめている。
なんだこれは。
どうすりゃいいんだ。
「あ、あの……ソーマさん」
「なんだ?」
「は……恥ずかしい、です……」
「すまない。俺もどうしたらいいのかわからないんだ」
童貞を舐めてはいけない。
こんな時の対処法など知るはずもない。
「と、とりあえず目を閉じてください」
「わ、わかった」
瞳を閉じる。
腕の中から、フィンの熱が消えていく感触があった。
それを名残惜しいと感じてしまったのは、男の性だろうか。
「そのまま閉じていてくださいね。そのままですよ。絶対開けないでくださいね!」
「わかった」
妙に力強いフィンの声に気圧され、俺は目を閉じたままフィンに背中を押される。
風呂場のドアのところまで来ると、フィンは急いで脱衣所のほうに戻っていった。
着替え終わったフィンは、少し顔を赤くして、
「さ、さっきのことはパパにはひみつですよ。いいですね?」
「わ、わかった」
さっきから『わかった』しか言っていないような気がするのは気のせいだろうか。
秘密にしないなどという選択肢はないから仕方ないな。うん。
「……それじゃあ、私もそろそろ寝ます。ソーマさんはこちらの部屋でお休みくださいね」
「ああ。ありがとうな、フィン」
「いえいえ」
案内されたのは、フィンの隣の部屋だった。
あまり使われていないのか、生活感というものがほとんど感じられない。
まあそんなことは気にならないのだが。
「それじゃあ、おやすみなさい」
「ああ。おやすみ」
フィンと別れ、部屋に一人きりになる。
部屋の中は暗い。
すぐにでも寝た方がいいだろう。
明日はプロメリウスの街に行くことになる。
どんな場所なのか楽しみだ。
などということを思っていた矢先。
夢にルナが出てきた。