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4.

 床に崩れ落ちた私は、体の奥から細かい震えが湧き上がるのを、感じていた。

 アルベルト王子が焦って私を助け起こそうとするけど、その必要はない。


ーーこれは、武者震いだ。


 ここまで周到に計画していたというのに、オデリア嬢もまたそれについてくる。

 あれだけの馬鹿を私は三年間演じていたのに、少しの油断もなく手はずを彼女は整えてきていたのだ。

 もはや、観衆の同情に訴えかけて勝利を収めるなんていう生易しい手は、必要ない。いや、そんなぬるい戦いを、オデリア嬢と繰り広げたくはないのだ。


 ならば、やることは一つ。

 ここでどちらが未来の王妃にふさわしい知性を備えているか、それを競うのだ。論でオデリア嬢を圧倒し、勝利を収める。


 そのためならば、非道な手を使うことも、いとわない。

 なぜならここからは、互いに対する情を持つことこそが、無礼となる。


 私は、首飾りにそっと手を伸ばした。


............



「姉とヴァイオレット嬢は、魔法学園に入学する以前から、とても懇意にしていました。ヴァイオレット嬢の父君のお仕事も、姉の後ろ盾が功を奏してか、ここ最近さらなる追い風に乗っていると聞きます。そのヴァイオレット嬢のお言葉を鵜呑みにするのは、少々危険というものでしょう」


 弟のデゥークが、私を裏切った。

 衝撃ではある。姉弟仲は原作ゲームと違い極めて良好で、家族としての温かみさえお互いにはあったと思っていたからだ。それに、デゥークは生徒政会の一員ではあったものの、一度たりともマーガレットとともに行動することを見たことはなかった。むしろ、大貴族に近づくマーガレットのことをよく非難し、学園の中でも何度もマーガレットを窮地に立たせていた。


 しかし、それすらも芝居だったというのか。

 ヴァイオレットが裏切るということを、マーガレットは予見していたのか?


ーーいや、違う。


 マーガレットは初めから、仲間を信用などしていなかった。

 誰かに全幅の信頼を置くということは、聞こえはいいものの、裏切られた時に致命傷となる。


 だから彼女はおそらく、ヴァイオレットが裏切ったときには、デゥークに潰させる。

 デゥークが裏切ったときには、生徒政会の他のものに潰させる。

 そのように、いつ誰がこちら側についても対応できるようにしていたのだ。


 そして、ひとりひとりに特別な合図を教えておいた。

 首飾りに触ったらデゥークが、髪飾りにさわればルイが、そしてドレスの裾をつかめば誰かが、というように。

 最初から、マーガレットは完全武装してここに立っていたのだ。あの白い花の髪飾りも、真珠の首飾りも、すべて彼女にとっては鎧と同じ。


 マーガレット・グレッグワード、相手にとって不足なし。


 彼女は博打打ちかもしれないが、そのなかでも、極めて優れたギャンブラーだ。

 この大舞台を前に、どこまでも冷静に、だがどこまでも臆病に、準備を進めてきた。


 もう泣く演技をやめたマーガレットは、問いかけるように私を見据えていた。私もまた、静かに頷き返す。


 根を回しておいた貴族達、私側に属する生徒たち、総戦力をもって彼女を迎え撃とう。

 だって、ここから先は、手加減すること自体が無粋となるのだから。


...........




 これほどのエンターテイメントも、もう一生ないでしょう。

 王族の聖なる結婚式であるにも拘らず、行われているのは血で血を洗う二人のご令嬢の戦いです。


 ひとりは、オデリア・グレッグワード公爵令嬢。

 社交界の華と呼ばれる彼女は、その名に違わず、大輪の紅薔薇のような美貌を持つお方です。本物すら霞ませる黄金の艶やかな髪に、深い紫紺の目、絵画のように整った顔形、それから女性ならば誰でも憧れる完璧なスタイル。オデリア嬢のお顔を拝見したひとは、そのあまりの美しさに耐えかねて、誰でも頭を垂れる、などと殿方はまことしやかに囁いていましたが、よくいったものだと思います。


 対するは、マーガレット・ハートモンド男爵令嬢。

 美女という言葉は似合わないマーガレット嬢は、しかし、例えオデリア嬢の隣に並んでいても霞む事のない愛らしさを持っています。子猫のような大きい目に、小さく整った顔、思わず手を伸ばしたくなるふくふくとした頰。彼女にそのぷっくりとしたくちびるで微笑みかけられたら、女性でもその魅力に抗えず、胸がしめつめられる思いがするでしょう。


 鏡合わせのように正反対のおふたりですが、ひとつだけはっきりしていることがあります。

 例えばここが創作の世界で、この世に主人公がいるのだとしたら、それはあのお二方に違いないということです。


 誰もが仰ぎ見て羨む、美しく聡明な公爵令嬢。

 誰もが愛さずにはいられない、可憐で純真な平民の子。


 どちらも物語のなかで王子様に並び立つにふさわしい女性でしょう。


ーーしかし、お二人がそんな殊勝な方ではないことも、私は存じ上げております。

 

 私は在学していた三年間、魔法学園は大きな二つの派閥に別れていました。

 オデリア嬢派とマーガレット嬢派、どちらかに生徒たちは分断されていたのです。おふたりはいずれお互いがぶつかり合うことを確信されていたのでしょう。水面下で、どんどん生徒たちを自らの傘下に引き入れていきました。自分に有利な証言ができるように、万が一の時に自分の味方をするように。


 かくいう私も、おふたりともから声をかけられました。

 それが私のような下級貴族にとってどれだけの苦痛だったかは、彼女たちには想像もできないでしょう。

 

 王族の血を汲む公爵家の身分であり、社交界に深い根をはるオデリア嬢。

 アルベルト王子を始め、生徒政会のみなさんが心酔するマーガレット嬢。


 一介の貴族にとって、どちらかを選べというのは、とても残酷なことです。


ーーそれになにより、お二人に対して私には許せないことがありました。

 


 いまから少しばかり、自分語りに付き合っていただきます。

 つまらない女の話になりますが、ご辛抱いただけると嬉しいです。


 私には、特別な容姿も身分もなければ、なにか秀でたことがあるわけでもありません。

 少し変わったことがあるとすれば、それは在学中の他の方々より年を取っているということ。


 私は生まれた時からいとこと結婚することが決まっていたため、社交界に顔を出すことも、魔法学園に通うことも求められませんでした。いとこは、華やかさとは無縁の女性を求めていたのです。


 しかし、そのいとこが不慮の事故に身罷り、焦った両親は私を魔法学園にいれました。もちろん、結婚相手を探すためです。そのときすでに、十九歳でした。同じ学年のアルベルト王子やマーガレット嬢はいま十八なのですから、私は行き遅れもいいところです。


 容姿さえ人並みよりも数段劣る私は、明くる年の春に、六十三歳の子爵家の男性と結婚することが決まりました。


 そんな私でも、色恋に無縁というわけではありませんでした。

 身の程をわきまえないにも程がありますが、十九のときから、私はアルベルト王子にずっと思いを寄せていました。


 型遅れのドレスを着て、結婚していてもおかしくない年で、初のパーティで父にエスコートされていた私は、嘲笑の的でした。そんな時、アルベルト王子は私のことを助けてくれたのです。今まで見たどんな方よりも美しい、絵画から抜け出してきたかのような王子様に微笑みかけられ、私は天にも昇る気持ちでした。もちろん、もう殿下は覚えていらっしゃらないでしょうけど。


 ですから、皮肉にも、殿下のことをずっと目で追ううちに、誰よりもさきに気がついてしまいました。


 オデリア嬢もマーガレット嬢も、アルベルト王子のことを愛してなどいらっしゃいません。


 それどころか、学園内では他の方々となにかを画策し、生徒たちの輪を乱すばかり。どれだけの生徒が、あなたがたのせいで苦しんだことか。


 ところで、私は誰だって?

 そんなことは、瑣末なことです。なにせ私は傍観者。偉そうにつらつらと申し上げましたが、あくまで、消えても誰も気づかない端役にすぎないのです。


ーーしかし、そんな私だからこそ、思うことはあります。


 物語の主人公というのは、とても傲慢なものです。

 どれだけ自分たちが恵まれているかにも気づかぬまま、他者の人生を平気で踏み荒す。

 自らが他人に対してどれだけの影響力を持っているのか、きっと永遠に理解することはないのでしょう。


 ですから、奪ってみたいのです。その独断場を。


ーー舞台の主役は自分だと信じきっているひとたちから、ずっと影の中にいた者が最後に鮮やかに脚光をかっさらう。そうして、「ざまあみろ」と一度くらい、脇役が一矢報いたいではございませんか。

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