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Glass  作者: 苺桜やまち
1/1

Glass Half

「この距離感が無くなればいいのに」

それをあの時から何度思ったことか…

部活動での先輩と後輩という関係からか、先輩に一定の距離を置いてしまうのは、後輩にとって当たり前なんだと思う。

 でも、学校の上下関係なんて、たった一年だけこの学校に入学するのが早いか遅いかだけで、決まってしまうぐらいあやふやな関係じゃない。

 社会に出たら、五年も十年も離れている大先輩がいて、憧れて、少しでも近づきたいと思ってしまうのかなと、想像するけど、たかが高校の部活の先輩なんて、ましてや私なんて、同等ぐらいの扱いでもっと親しくもっと親密な関係で居たいのに。

 そんな関係。邪魔だから壊してしまいたい。

 私は18時になっても暗くなりそうにない夏の空を、コンピューター室で眺めていた。

 「真依…」

 つい、後輩の名前呟いてしまう。自然と。

 そして、あの春のことが思い出される。




 私に後輩ができたのは、約三か月前。まだ桜が咲いていて、18時にはきれいな夕焼けを背景に、空き教室でキスを交わすのも一興だろうという時期だった。




 独りで居るのには広すぎるコンピューター室兼文芸部室。

 私はそこで、たった一人の文芸部員として、いつ完成できるかわからない部誌に投稿する小説を執筆していた。

 何故部誌が完成する見込みが立たないのか、それは今の三年生の先輩がこの文芸部を引退し、今所属している部員は私だけになったからだ。

 故に、文芸部は正式に活動できず、新一年生を勧誘することすら表立ってできない、いわゆる廃部の危機というやつだ。

 今年度の新入部員ができない限り、この部活が存続するのは今年で最後だろう。

 「いいわよねぇ。あなたたち運動部は一定の需要があって…」

 私は中庭を見て呟いた。

 中庭には、どこかの運動部がランニングをしている最中だった。赤のラインが入った体操服を着ている二年生を、まだおろしたての緑のラインが入った一年生が走って追いかけている。

 正直言って私たちの学校の運動部はそこまで強くない。文武両道とか言っといて、実際は文7割、武3割といった感じだろうか。

 でも、強い弱い関係なしに、運動部はどの部も余るほどの新入部員が入ってくる。本当に余っているならこっちにも分けてほしいぐらい。

 

しばらくするとノックする音が聞こえた。まさか、あの人たちではないかと疑ったが、もしかして…

私は今かけている眼鏡を拭いてから訪問者を向い入れに行った。

「はい。文芸部長の鹿島美衣ですが?」

目の前に居たのは、初対面の人だった。

 髪型は栗色のショートヘアで、前髪を七三に分けピンを留めている。制服は新しく買ったのか、少しぶかぶかで、まだ成長の余地がありそうだ。そして、スリッパの色は一年生を表す緑色。

 「こっ、こんにちは!私、一年四組の朧真依です!その…文芸部に入りたくて来ました!」

遂に来たとでも言える新入部員。その逸材ともいうべき人物が居た。

「朧真依さんですか。いい名前ですね」

朧はともかく、真依は完全に当て字だとは思うのだが、それはそれでセンスが良いと感じたからだ。

「そうですか?他の人からは結構読みにくいとか言われるのですが」

「名前に読みやすさなんて関係ないわ。私だって小説の登場人物の名前を考えるとき、読みやすさは気にしたことないから。大事なのは、名前に込められた意味よ。あっ…そうだった。こんなところでお話していてもなんか変だから、中に入りましょうか」


真依を部室に招き入れた後、文芸部の大体の説明をし、文芸部が大体何をしているのかとかはわかってもらえたようだ。

その途中、他の入部希望者は、残念ながら現れなかった。でも、良かったのかもしれない。なぜなら、去年居た先輩も一人で、去年は私と先輩の二人きりで活動していたからだ。私は大人数なんかよりも、二人のほうがなぜか落ち着く。

 

 「今日はありがとうございました!また本入部の時にはよろしくお願いします」

 真依は、最初出会った時よりも少しだけ緊張が解けたみたいだ。

 それにしても可愛い後輩ができた。私に後輩ができたのは実は初めてで、こんなにも後輩は可愛い存在なのかと、この身で思い知らされた。

 「真依は、可愛がってあげないとね。それに、これなら部誌も発行できそうだし…よし!私が書いている小説を頑張って仕上げちゃいますか」

 私は、早速自分のパソコンに向かって小説を書き始めた。






時が流れて4月下旬。真依は文芸部に正式入部をした。これにより、文芸部は何とか存続し、独りで意地張って活動しなくてもよさそうだ。

私が先に部室を開けて中庭を眺めながら待っていると、真依が入って来て、

「すいません!遅れてしまいました!」

「いや、私も今来たばっかりですし」

「いやいや、部室は後輩が先に来て開けるものじゃないですか。なのに、先輩にやらせちゃって…あ、でも、鍵は…」

どうやら真依は自分が後輩だから部室開けると強がっているくせして、鍵の位置がわからないようだ。まったく、こういうのが頑張りすぎる後輩の空回りというものか。

「鍵なら職員室の西側から入ってすぐのところにありますよ。後、部室は先に来た人が開けることになっているから、焦らなくてもいいよ」

「分かりました!」

私が思うに、真依は文芸部員にしては意外に活発な人、そんな印象がある。なんだろう、こういう人はよく運動部とかに居そうだな。

私はまた中庭に目をやる。

中庭はラケットの素振りをしているどこかの部活の新一年生。ひたすら、中庭をシャトルランしているどこかの部活の新一年生。だがそこに先輩はいない。

「どうしたんですか先輩?」

「ちょっとトイレに」

コンピューター室を出た私はグラウンドを眺めた。

ひたすらボール拾いをしている新一年生と、そのボールで練習をしているその先輩。

私はただそれを眺めているだけで、“何も思うことはない”その時は。



 私がコンピューター室に帰ると、真依は真剣な眼差しを己のパソコンに向けて、何か考えていた。おそらく、小説のネタ、もしくは小説で何か詰まるところがあったのだろう。

 本当は真依と少しだけ雑談がしたくて話のネタだってさっき考えておいたのだけど、真依がこんなにも真剣に執筆作業をしていると思うと、なんか話しかけづらくて…

「やだな。私が先輩なんだからそれぐらい止めさせて話せばいいのに」

つい心の声が、小さな呟きに出てしまう。

何故そう思ってしまうのかは、真依の邪魔をしたら悪いという気持ちからか、それとも、ただ会って間もない人に話しかけるのが恥ずかしいという気持ちからか、どちらでもないと思う。でも他の理由が思い当たらない。



その日から私は、必要以上に真依に話しかけようとするのをやめた。



部活中は無言で小説を書く。そんな日々が続いて二ヶ月が経ち、そろそろ部誌の締め切りが迫ってきて私も焦ってきている。

私は締め切り間近になってくると、つい誰かと他愛もない世間話をして安心感を得ようとするのが去年の癖だった。その相手には先輩が居たわけで、先輩は私から話に誘うと、自然に乗ってくれていた。

でも、今年はどうもそうはいかない。

今この瞬間も、真依は真剣な眼差しでパソコンに向かっている。私が思うに、この子の眼差しの中には小説を書くことへの情熱以外にも、他のものが含まれている気がする。

「できた!」

急に真依は歓喜した。そして、喜びの余韻に浸るのかなと思ったら、急に私の席の方にやって来て一言。

「先輩!是非私の小説を添削してください!」

「添削か。いいよ」

真依の小説はもちろん初めて読むので、彼女がどんな小説を書いているのかは、部誌を作る前に読んでおきたいと思っていた。でも、まだ執筆途中の時に読んでもおかしいとは思っていたから、なかなか読む機会が無かった。


一通り添削が終わり、最初に私が発した言葉、

「何か私の小説と似ているものを感じるわね」

その通りなのである。

私はこう見えて恋愛小説を書くのが得意なのだが、どうやら真依も同じみたいだ。特に登場人物の心情変化の書き方が上手い。

「そうですか?私なんかまだまだですよ…」

「いや。真依のほうが人物の書き方が上手いわよ」

「本当ですか先輩?」

真依は少し疑いを持たせた顔をして聞いてきた。

「本当よ。私のも読んでみる?」

「はい。ぜひ読ませてください!」

真依がスタスタと私のパソコンに向かってどこに私が今書いている小説があるかを聞いてきた。私がその書きかけの小説のデータを開くと、真依は真剣にその小説を読み始めた。

私はそんな真依の姿を見つつこんなことを思った。


真依とはこういう風に関わりたいのに。先輩も後輩も関係なく…ん?

何か違和感が…

確かに私と真依は今日までほとんど喋らなかったから、先輩後輩以前の問題なのに今、私は先輩も後輩も関係なく関わりたいと思ってしまった。

でも、なんで…

思い出されるのは四月下旬の頃。

私が真依とはあまり喋らない様にしようと決意した日のことだ。

「やだな。私が先輩なんだからそれぐらい止めさせて話せばいいのに」

 なんで、ここで先輩というワードが出たのか。

 答えは明確。


 私は先輩と後輩の距離感をその時にはもう、感じてしまったからだ。



 その日からだ。異常に真依との距離を詰めたいという願望を持つようになった。

 だから、真依との距離も詰めようとした。

 しかし、私が距離を詰めようとしても詰めようとしても、真依はその分だけ離れていくような気がして…

 真依はおそらく、後輩だから私になかなか近づけていないと思うし、そうだと信じたい。

 

 同時に心が何か満たされない気持ちにもなった。

 心が満たされないことについては、はっきりとした分析ができていないが、おそらく真依との関係のことだろうと思っている。

 でも、この心にできた空白は、何で満たせばいいの…

 私はコンピューター室の窓辺から見える夏の空をもう一度眺めた。




その日の部活終わり。

私と真依は二人で部活を終えて、鍵を職員室に返そう階段を下りていた。

そして、職員室がある二階に降りると、

「先輩。鍵返しに行ってきますよ」

「いやいや、私も行くわ」

そう私が反論すると真依はこう言った。

「先輩はいいですよ。もう遅いですし、先に帰っていてください」

 真依は職員室に入っていく。私は職員室の東側の出入り口で待っていた。

 直ぐに真依は職員室から出てきた。西側の出入り口から。

 そして、真依は西側の階段に消えていく。

 私はすぐ、自転車置き場に向かった。

 西側の階段に消える真依が、まるで私から遠ざかる様に感じて、感じて…

それが目に見えてしまうと、それだけダメージは大きくて、深い。

 でも、だからこそ今日、真依にありのままの私の思いをぶつけるんだ。

 

 自転車置き場に着くと、そこには私と真依しか居ない。幸い他の生徒はまだ部活中だ。これなら思いを伝えられる。

 「真依!」

 私は真依をすぐに見つけ、駆け寄り、思わず抱きしめる。

 「先輩?」

 「あなたに離れてほしくない!」

 真依の呼びかけに被せるように第一声を放った。そして、ありったけの思いを真依に伝えた。

 「私はもっと近くに居たいと思っていて真依に近づこうと思っているのに、真依はその分だけ離れていく。自分が後輩だからって離れて行かないで…」

 私は思いを伝え終わったその途端、自分が真依を抱きしめていたのに気が付いた。

「ご、ごめん」

私が真依を離そうとすると、今度は真依が私を抱きしめてきた。

 「いいえ。先輩は何も悪くないです。悪いのは私です。先輩、いや…あなたの気持ちを察せなかった私が…」

 真依の頬には、微かに涙が浮かんでいた。

 「大丈夫よ。私の方こそ今まで黙っていて悪かったわ。こんな私だけど、これからは先輩としてではなく、鹿島美衣として、接してくれる?」

 この質問は蛇足だったようだ。

「もちろんです!」






 私と真依が先輩と後輩という関係を捨てて一ヶ月。

 私は真依との集合場所に浴衣で着て待っていた。

 だって、今日は夏祭り。真依と行くが楽しみでしょうがなく、集合時間の一時間前に来てしまっていた。

 「だーれだ?」

 久しぶりに聞く幼さを残す声とともに、視界が突然暗くなった。

 「そんなのすぐに分かるわよ。真依でしょ」

 「ですよね。あはは」

 「久しぶりね、真依」

 文芸部は夏休みの活動は無く、真依には終業式以来会っていなかった。

 「こちらこそ、お久しぶりです」

 真依はあれからもまだ敬語を使っていて、これまた後輩と意識してしまう要因なのだが、これに関しては普通に年の差があるからどうしようもない。

 そういえば、真依はあれから私のことをなんて呼べばいいのかが分からないのか、あなただったり、鹿島だったりと、呼び名が安定していない。でも、私はやっぱり名前で呼んでほしいから真依におねだりをした。

 「ねぇ真依?これからは私のことを名前で呼んで」

 「いいですよ」

 案外あっさりと快諾してくれた。そして、

 「美衣さん。でいいですよね?」

 私は思わず顔を紅潮させた。名前を呼ばれたと同時に体温が上がっていくのがよくわかる。

 「あれ?美衣さん。名前で呼んでと言ったのに、そこまで恥ずかしがるなんて、可愛いですね」

 美衣はいたずらな笑顔を浮かべた。

 「そんな事よりも、お祭りを楽しむわよ」

 私は真依を連れて、出店の並ぶ祭り会場へと向かった。


美衣の心が満たされるまで続きます…

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