二、なぞ
牝馬たちはさくさく囲い地へ歩く。
「おまえは馬に好かれるやつだな」
「さあ、私には」
珠安は鞭を使わない。馬の方から珠安にすり寄ってきた。
珠参がふとみると、珠安の持ち馬が服を噛んで引っ張っている。
鼻面をこすりつけて甘えていた。
「後でな、沙柳」
珠安は考え込んでいる。
その様子に珠参が笑った。
愛馬の一頭だった。
当の珠安は沙柳の方を見ようともしないのであるが、馬の方は鼻面を珠安にこすりつける。
先程肩に触れられた馬は変化もなく、もくもくと草を噛んでいる。
しかし二頭とも、ときおり珠参をちらちらと見る。
「さあて、つまり、儂が警戒されておる、ということか」
「ああ、そうです」
沙柳は珠安が軍で使う大事な馬である。彼には、もう一頭、黒の雄がいる。
「鴉郎!」
珠安は笑った。大きな黒馬が近寄ってきた。
この二頭は特に珠安が目をかける馬であった。
普通、名前はつけない。家畜や馬に名付けることは特別な意味があった。
(ああ、そうだ)
馬を馴らす、で珠安は思いだした。
「附け子とは一体何なのでしょうか、何故口に出すことを避けてきたのでしょうか…」
珠安は再度聞いた。
嬌嬌がどうも普通の子どもと違っているように思えてならない。笑いも泣きもしない。
「うむ、前にも申したが、わからぬ」
「そうですか」
気になった。
「傅役か乳母ではないかのう」
「わからないのですね」
「…あまり口にしてはならないと教えられたからのう、さあて何の事やら」
「誰が言ったのですか?」
「巫覡殿だ」
珠安達が話しているのは漢語である。
沙陀は数世代前から、漢語が浸透した。
「まあ、いにしえの…、…漢語には元々なかったものかもしれぬ」
(突厥語はあまり使わぬから、わからぬ。なんであろうか)
古老と話す時にわからない語句や言い回しも多かった。
自然、長々と語られていた伝承、口伝は漢語で語られるうちに徐々に消えていた。
遊牧民たちはとうとうと口頭で伝えてゆく。数、情景、情感、が音で綴られて人の中に記載される。
文字で表すには表現に限界があった。