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 エラル城へ続く石畳の橋の両脇に飾られた真紅の旗が風を受けて翻っている。旗は金色の糸で縁取られ、中心には盾を背景に剣が交差し、魔術で囲んだ模様が織りこまれている。


 毎年、地上界の4王国と魔界で開催されている武闘大会は、伝統と歴史がある大会で国家交流の一環であり、開催国は国の威信をかけて行う。大会が開かれている一週間は、街中に露店や武具が立ち並び、祭りのような様相である。普段は豊かで静かな森の王国であるエラルも、武闘大会の期間中は大変な賑いだ。


大会の優勝者には100万デリナスの賞金と開催国の国王から栄誉あるエンブレムが贈られる。試合はトーナメント形式で、敗北したら挑戦は終了となる。敗北には3つあり、リングアウト、戦闘不能、棄権。参加者は世界から集まる腕自慢の強者ばかりで、一筋縄で勝ち進むことはできない。


「…ってこと、分かってる?」


アランに詰め寄られたジークは一瞬、顔をゆがませた。


「…分かってるって!大丈夫、絶対優勝できるから!」


「だからぁ、あんたの実力じゃ1回戦も突破できないわよ」


そんなことない!と反撃するジークに横目で冷たい視線を送るアラン。


「頼む!これに勝たないと、旅が続けられないんだ!」


頭の前で両手を合わせて首を垂れるジーク。しばし無言のアラン。


「はぁ。生きてるかどうかも分からない弟のために、よくそこまでできるわね」


「じゃぁ!」


はっと頭を上げるジークを見てやれやれとばかりに首を振る。


「いいわよ。自分の実力を見るいい機会じゃない。申し込みましょ」


拳をぐっと握りしめて目を輝かせる少年に、思わず笑みがこぼれるアラン。そのまま2人はエラル城の大会受付へ。申請用紙を記入し、受付嬢に手渡した。


「エントリー料お1人様200デリナスを頂戴しております」


「え、お金かかるの?」


「あんたねぇ…どこまで世間に疎いのよ」


「だってこれまで見るだけだったもん」


深いため息をつくアランに追い打ちをかけるような声が飛んでくる。


「アラン、お金貸して」


満面の爽やかスマイルも今のアランに通用するはずがない。


「ふざけんじゃないわよ―――!!!」


受付の前で突如起こった取っ組み合いが、周囲の注目の的になったのは言うまでもない。結局、アランがエントリー料を『立替える』ということで決着がついた。


経緯がどうあれ大会に出場が決まり、気分が高揚しているジークと、黒いオーラを漂わせながら歩くアランを、城の入り口で待っている者たちがいた。


「その様子やとほんまに出るんや?」


獅子の体に鷲の頭と翼を生やし、尾の先が真っ赤な炎で燃えている魔物―――グリフォンのフェザーがスキップしているジークに話しかけた。


「あぁ!優勝賞金をゲットして旅を続けるんだ!」


フェザーはガッツポーズをしてノリノリになっているジークの肩を掴むと、耳元で囁いた。


「ほな、何でアランはあんな不機嫌なんや?」


「えーっと、色々あってね。…アランのお陰で出れることになったんだ」


なるほど、とフェザーは掴んでいた肩を放した。立ち込める暗黒オーラと剣幕に臆することなく、フェザーは軽い足取りでアランに近づいて何かを話しかけている。


「ジーク、本当に大丈夫?」


心配そうな表情でジークに話しかけたのは、ジークの従兄妹であるローラ。


「ローラ、心配いらない。こいつはゾンビ並の生命力だ」


ローラの傍らで真っ白な雄を振っている狼のシロが冷ややかな声を発した。


「ひでーな。ちょっとは心配してくれてもいいのに」


ジークのふてくされる様子を余所に、シロはフンっと鼻を鳴らしてお座りしている。


「ジーク、何故戦うのだ?」


背の高い金髪の青年――ダルジスがジークに話しかけてきた。


「この大会で優勝して、賞金をもらうんだ!それで旅を続ける!」


「旅を続けるために金が必要なのか。勇敢のだな」


そうそう、と頷くジークにダルジスはポケットから複雑な模様の円形ペンダントを取り出して手渡した。


「ダル、これは?」


「よく分からないが、戦いのお守りになると思う。不思議な力を感じる」


「そっか、ありがとな!」と言いながら、ジークはペンダントを首からかける。


「まぁ、頑張れよ、ジーク。ほんで、試合はいつかいな?」


フェザーの質問にぽかんとした表情のジーク。


「誰の?」


「誰のて…お前以外おらんがな!」


「え、何言ってんの?ローラとアラン以外は大会に出るんだよ?」


「・・・・・・・」


一同、沈黙。


「何でわいが出なあかんねん!」


「ふ、ふざけるな!何故俺様が人の戯言に付き合わねばならんのだ!」


「私も出るのか?それは初耳だな。中々面白そうだ」


沈黙を破って3人が一斉に口を開いたため、正確に聞き取れた者はいない。一人を除いて。


「だってさ、1人で出るより4人の方が優勝確率上がるじゃん?もう申し込んじゃったから!」


白い歯を出してにっこり笑うジークの表情を見て、魔物2匹が項垂れたのは言うまでもない。


「ん?そこの緑頭の坊主はさっき受付で見たな?」


一同が視線を向けた先には、真っ赤な長髪を風に靡かせた背の高いエルフと、付き人と思われるエルフが2人。背中にはアクス、腰には弓矢が見える。アランは彼をみてすぐに気付いたようだ。


「見たぞ。受付で揉めていた奴だ。まだ子供ではないか。試合どころか足が震えてリングに立つことすらできんだろう」


「惨めな姿を曝す前に去るがよい。ましてエリュシオン様の相手ではない」


付き人が面白がってからかう。ムッとなるジークを見てエリュシオンは付き人を制すと口角を上げた。


「少年、名はなんと申す?」


「ジーク・マクラウドだ。あんたは?」


「私はエリュシオン。部下の非礼を許してくれ。…互いにいい試合をしよう」


その一言だけで一行の前を通り過ぎて行ったエルフの後ろ姿を追い、眉間に皺を寄せたフェザー。


「何やねん、あの感じ悪い付き人は」


「あのエリュシオンって人、エラルではかなり有名な戦士で凄腕のアクス使いよ。本名はエリュシオン・サリオス。父親は子爵だわ。今回の優勝候補にも名前があがってる」


アランが表情を変えないジークに耳打ちする。


「…何か燃えてきた。ぜってー優勝してやる」


そう固く決意するジークの目の色が変わる。負けず嫌いで相手が強ければ強いほどやる気が出てくるのは父親譲りの性格だ。いつになく真剣な表情に少々驚いた様子のアラン。


「取りあえず、明日は開会式だけだから宿に行きましょ。選手が優先的に泊まれる宿があるみたい」


アランの先導で宿に到着した一行は一晩を過ごし、翌朝開会式に向かった。昨日より街はさらに活気を帯び、各国から観光船や来賓を乗せていると思しき馬車が続々と入国してくる。


試合が行われるスタジアムは10万人を収容できる規模がある。チケットはすでに完売状態で、開会式の1時間前からほぼ満席状態。スタジアムの周囲では優勝者を予想し賭け事を行う者、エラル特産の森のフルーツをふんだんに使用したジュースを売り歩く者、大会の関連グッズを販売する露店があり、人でごった返している。


スタジアム内は国王・王妃と来賓が座る席はスタジアムの正面にあり、試合が最もよく見える。その他、選手席はリングのすぐ脇にあり、試合を最も近い場所で見ることが出来、サポートや応援のための同席も認められている。


リングは50メートル四方であり、各国で統一されている。選手の特技によってリングが破壊されることのないよう、セレウス王国とミルトン王国が共同で開発した特注品だ。岩石には魔力が練りこまれ、すべての攻撃を跳ね返すため、並大抵の攻撃では傷すら付かない。約100年間、リングは無傷のまま現在に至っていることが何よりの証拠である。


 同じ頃、選手控室に到着した一行は装備品の確認を行っていた。試合に持ち込みが許可されているのは武具と装飾品のみ。薬などは持ち込みが禁止されている。また、念入りなドーピング検査が行われ、不正が発覚すると即失格となる。


控室の壁には巨大なトーナメント表が貼られ、対戦相手をすぐ知ることが出来る。試合は1対1の個人戦のみだ。今回の大会では91名のエントリーがあり、この日は開会式と1回戦だけ行われる。1回戦はジークが第3試合、ダルジスは第20試合、フェザーは第37試合、シロは第45試合となっている。


「今回は魔界のトーナメント表がないな」


「内戦で大変なんやろ。噂によるとかなり荒れとるらしいで」


武闘大会は国際交流の場でもあるため、地上界の4王国と魔界の計5か国からエントリーがある。通常は地上界のトーナメント表の隣に、魔界のトーナメント表も張り出され、試合の結果が書き込まれていく。武具大会のラストは地上界の優勝者と魔界の優勝者が決勝戦で鎬を削り合い、最終的な優勝者が決められる。


しかし、現在の魔界は国王の死去により左派と右派が対立、それぞれ北総と南総の2国に分かれて内戦状態のため、大会の参加を取りやめたのだ。


「毎年決勝戦はすげー盛り上がるのになー」


頭の後ろで両手を合わせているジークとフェザーから少し離れた辺りで、ローラがダルジスの準備を手伝っている。


「ダルジス、こんなことに付き合わせてごめんなさい」


「何故謝るのだ?」


「だって、身内の勝手な都合で振り回しちゃって・・・」

「気に病むことはない。私は自分の意志でここに来たのだ。嫌なら、宿で寝ている」


クスリと笑うローラを見て、ダルジスの口元も緩む。


「私の方こそ、何から何まで手伝わせてすまない。助かったぞ、ローラ」


「そんな。遠慮せずに言って。できることはするわ」


頬を赤らめるローラ。ダルジスは少し考えるような仕草をとった。


「それでは、試合が終わったらウサギ肉のスープを作ってくれないか?」


意外な返答に目をぱちくりさせるローラ。


「前に食したあのスープは実に美味であった」


「えぇ、もちろん。腕を振るうわ!」


会話が終わるのを見計らっていたように、真っ白な毛並が一際目立つシロが駆け寄ってくる。何だかんだと文句を言いながら、人前に出るのだからと昨日の夜、念入りに体を洗っていたらしい。


「もう開会式が始まるそうだ。あの馬鹿どもを連れて行くぞ」


「誰が馬鹿だって(馬鹿やと)?!」


気付けばシロの後ろにジークとフェザーが立っている。


「何だ、いたのか。ならさっさと行くぞ」


日常茶飯事のやり取りにやれやれという表情のローラ。その隣で我関せずといった様子のダルジスが少し辺りを見回している。


「そういえば、アランはどうした?」


「え、そうね、どこに行ったのかしら?ついさっきまで一緒だったのに」


ローラも辺りを見回すが、鮮やかなオレンジ色の髪とピンク色の猫耳は見当たらない。会場入り口では、エラル兵が選手達をリングに誘導し始めている。


「私が探しておくわ。ダルジスはジーク達と行ってて?」


分かった、と短く答えるダルジスを見送り、ローラも客席に向かいながらアランを探して回る。その頃、アランも別の人物を探して会場内を歩き回っていた。国賓席の警備にあたっているエラル兵にその人物について尋ねたが、誰も見ていないという。


ファンファーレが響き、楽団の演奏に合わせて選手たちがリングに入場を始めると、客席から割れんばかりの歓声と拍手が起こり、さすがのアランもローラと合流しなければと思ったのだろう。小走りで観客席の方まで戻ると、入り口付近で運よくローラと合流して自席に座ることが出来た。アランは国賓席の方を見たが、誰も座っていない様だった。


「アラン、何してたの?」


「え、ちょっとね。お手洗い探してたら会場が広くて迷っちゃったみたい」


鼻に手を当て咄嗟についた嘘でその場を凌いだアラン。


「そう。無事に会えてよかったわ。ダルジスも心配してたのよ」


「心配かけてごめん。あ、ジーク達が出てきたよ!」


アランの示す先に4人の姿が見える。


「ねぇ、ジークの歩き方おかしくない?」


「えぇ。手と足が一緒になってるわ」


思わず笑い出すアランに釣られて、ローラも笑い出す。一方、当の本人は極度の緊張によりそれどころではない。見かねたフェザーが諭すが、体が言うことを聞かず結局選手団が止まるまでロボット状態で歩き続けた。エラル国王が観客席に両手を上げて合図すると、歓声や拍手が止んだ。


「今日、この日を迎えられたことに感謝しよう。偉大な精霊たちの加護は常に我々の中にある。選手諸君、この場で行われる戦いは精霊と世界樹に捧げる讃歌であり、流れる汗と涙と血は命の尊さ、平和の象徴である。

 日々の精進・鍛錬の成果を存分に発揮したまえ。優勝者は必ずや精霊から褒美を受けるであろう。君たちに大いなる加護があらんことを。これより、武闘大会を開会する!」


国王が開会宣言を述べ終わると、会場は再び大歓声に包まれた。吹奏楽団の華やかな演奏が流れる中、選手団は再び控室へと戻っていく。


「さぁ、始まるわよ!ジークの試合はすぐでしょ?応援にいかなきゃ!」


「えぇ。控室に行きましょ」


2人が席を立った少し後、先ほどアランが見上げていた国賓席のに透き通るようなストレートの金髪と真紅の瞳が印象的な少女がいた。手すりに体を乗り出し、場内を一通り見渡す。観衆の熱気のせいで気分が高揚しているようだ。


「ねぇ、アレヴェス。早く来て!」


少女が部屋の中に向かって叫ぶと、少女と同じ色の金髪に濃紫の瞳をした剣士が現れた。アレヴェスは少女の隣に立つと、エラル国王のいる席に目を向ける。国王も視線に気付いたようで、片手を軽く上げる。丁寧なお辞儀で返したアレヴェスは、少女に席へ着くよう促す。


「シャル、陛下の前だ。あまりはしゃぎ過ぎないでくれよ」


「あ…ごめんなさい。つい」


「楽しんでくれるのは構わないさ。ただ、今回の訪問は父上とエラル王の好意で実現したものだから」


アレヴェスは腰かけている椅子に手を当てる。上質な木材と職人の技巧が凝らされた装飾が見事だ。


「こんなに素晴らしい席を用意してくれた国王陛下に感謝しなければ」


「そうね」


アレヴェスはエラル王国の隣国、セレウス王国の皇太子。同国は高度な機械文明とドラゴンスレイヤーの王国である。その隣、シャルと呼ばれた少女は公爵家令嬢であり、優秀な魔術師であることからアレヴェスにその才を買われて各地を巡っている。


エラルとセレウスは親交が深く、アレヴェスは父である国王と共に小さいころからエラルをよく訪問していた。その為か、エラル国王もアレヴェスを大変気に入っている。


そんな親密さからか、今回エラル王がアレヴェスを招きたいと特別な招待状が届いていた。セレウス国王もアレヴェスも断る理由がない。そこで3か月前、アレヴェスが自国の自室にシャルティアを呼び出した。


「夜にすまないね」


「構いませんわ…ここでは堅苦しいのに良ろしいのですか?」


シャルティアとアレヴェスはドラゴンスレイヤーとして数々のミッションを共にしてきた仲間でもあり、恋人でもある。親密な仲とはいえ、城の中では一国の皇太子と国家に忠誠を誓う一貴族の令嬢という関係。


彼の部屋には監視の目が光っているのも知っている。それゆえ、この部屋で話すことはほぼ外に漏れていると思ってもよい。普段は身分を忘れているシャルティアだが、ここでは少しでも怪しげな言動をしたらあっという間に家の名も落ちてしまう。だからどうも落ち着かない。


そんな事情も知っているアレヴェスは頷いてテラスに彼女を呼び寄せ、空に煌々と輝く二つの月を見上げていた。ここなら声が聞こえにくくなるからだ。シャルティアも吹き抜ける夜風を感じながら、彼の言葉を待っている。風に揺れるカーテンが二人の姿を隠してくれる。


「実はね」徐に口を開いたアレヴェス。


「エラルで武闘大会が開かれてるのは知っているだろう?その招待状が届いたんだ」


「殿下にですか?」


「あぁ。陛下のご厚意なんだ。…一緒に来てくれるよね?」


最後の一言は口パクだった。シャルティアは口元を上て頷く。微笑み返したアレヴェスはポケットに手を入れた。シャルティアは招待状を見せてくれるのかと思ったが、出てきたのは小さな箱だ。


「明日は何の日だか知ってる?」


「明日ですか?…申し訳ありません、心当たりがないのですが」


「君が騎士団に入団した日だよ。これまで数多くのミッションに尽力してくれた君に、細やかな贈り物を用意したんだ。気に入るといいんだけど」


アレヴェスはにこりと笑いながら箱を開ける。桜色の丸いピアスが月明かりに照らされてほのかに輝いている。縁取っている金の細工には魔術の発動時間を早める文様が描かれていた。シャルティアはその緻密で繊細な技術に息を飲み、口元に手を当てて驚かざるを得なかった。


「殿下、これは…!」


「そうだよ。ラフォリィに行った時、君があまりに物欲しげな顔をするものだから」


あるミッションでラフォリィを訪れた二人が魔道具店で偶然見つけたピアス。シャルティアは最初自分で購入する予定だったが、その高度な技術により、とても手を出せるような金額ではなかった。


アレヴェスは肩を落としている彼女の背中を見、こっそり購入していたのだ。


「ありがとうございます。本当に、なんと御礼を申し上げたらよいか…」


「いいんだよ。これからも君の力で多くのミッションを成功させ、人々の力になってくれ」


感激した彼女の表情に満足した様子の王子様は、にっこりと笑うとしなやかな金色の髪をかき上げてピアスを通す。色白の肌に燃えるような赤い瞳、その横で揺れる桜色のピアスはいっそう彼女を美しく引き立てていた。


「いけません、殿下…!ここでは…」


「今なら大丈夫。カーテンで監視の視界はゼロさ」


アレヴェスの言うとおり風に揺れるカーテンのお蔭で2人の姿はほとんどに写っていない。小さな顎に手を置かれたシャルティアは頬を赤らめながら目をそっと閉じる。息を吐き終える間の短い接吻だった。


アレヴェスとシャルティアは互いを見つめ合うと、額を合わせて笑いあった。



「ジークの様子はどう?」


控室は出場選手でごった返していた。人ごみをかき分けて見つけ出したジーク、ダルジィス、シロ、フェザーの2人と2頭を見つけたアランが努めて明るく尋ねる。眉毛をピクリと動かしたダルジィスに、無言でさっと道を開けた2頭の先に座っていたジークの顔は青ざめ、膝は人ごみの中でも周りに聞こえるくらい震えていた。


「ま、まぁ、予想はしてたけどね…」


額に手を当ててやれやれという表情のアラン。そのすぐ後ろで、ローラがアランに何か耳打ちした。


「な、何であたしが?!」


しーっと口元に指を立てたローラ。アランは一瞬苦々しい表情をしたものの、何やら考えを巡らせているようだ。アランがピンク色の猫耳をしきりに動かしているのは、考え事をしているときと決まっている。


(そうよ、ここでジークが棄権したり負けたりでもしたら、あたしが貸したお金パーじゃない。そんな悪夢をここで見るわけにはいかないわ。何としてもジークに勝ってもらわなきゃ!)


実に理にかなった意見である。アランは猫耳をピンと立てると、にっこり笑った。


「ジーク、ちょっと外に出ない?まだ第1試合が始まったばかりだし」


「だめ、そんな余裕ない」


いつになく弱気な発言に対してなのか、自分の誘いを断ったことに対してなのか、アランはピクリと猫耳を動かし、ジークの胸元をがっしり掴むと、シャキンという音と共に伸びた爪を喉元に付き立てた。


「あたしの誘いを断るとはいい度胸じゃな・い・の?」


「い、いえ、断っていません。お付き合いさせていただきます。どこまでも!」


後者だったようだ。立ち込めるアランの黒いオーラと貫録に負けたジークは、彼女の後に続いて控室を出て行った。


「大丈夫かしら。何だか悪いことをした気分だわ…」


「わてらがこっそり後付けてみるわ。ローラはダルジィスの試合まで色々面倒見てやってな」


そういうと、フェザーはシロの尾を掴んでズルズルと引きずっていく。


「おい!何故俺様まで行かなければならないんだ!」


「どあほ!空気読めや!」


フェザーが耳元で囁く。シロの後ろに立っている2人を横目で見ると、軽く舌打ちしてフェザーについていく。残されたローラは目をぱちぱちさせていた。


「ローラ、せっかくだから他の選手の試合を見たいのだが」


「え?そ、そうね。じゃぁ、私とアランがいた席に戻りましょう?」


「あぁ。案内してくれ」


2人は人ごみを掻き分けながら観客席まで肩を揃えて歩いて行った。その頃、控室を出たジークとアランは売店で買ったフレッシュジュースを片手に店々を回っていた。楽しそうなアランと不安を拭い去れないジーク。


「もぅ、そんな不安そうな顔ばかりしないで」


「だってさ…」


「まぁ、気持ちは分かるけどね…。ジークは何のために大会に出るんだっけ」


アランはさりげなく話題を振る。


「賞金のため…」


「違うわよ!ウィリアム君のためでしょ?」


ジークははっとする。


「それにね、あなたの旅は、あなただけのものじゃなくなってるのよ」


「どういうこと?」


「ダルジスは失くした記憶を見つけようと一生懸命。ローラは司祭になるためにシロと修行してる。でも、ジークの思いにみんな動かされて一緒に旅をしてる。それにね…」


言葉の途絶えたアランをまじまじと見つめるジーク。何やらもったいぶっているようだ。


(言うのよ、言うのよ、アラン!賞金のために!)


「…それにね、私も、ジークの旅を応援したいんだ。だから、頑張ってほしいな?」


ジークの頭から蒸気が昇る。垂れた猫耳に涙で潤んだ上目使い。恥ずかしそうにもじもじする少女の仕草をその気にとらない男はいない。ジークのような単純な男なら尚更だった。


「アラン!!俺は!!!」


勢い込んでアランの手を握り締めるジーク。


「絶対、優勝する!!アランのためにも頑張るから!!」


アランは若干、自分の発言を後悔した。まさか、こんなに単純な男がいたとは。アランは衛兵や冒険者ギルドの屈強な男たちに対して、何どかこの手を使って無理なお願いしたことはあるが、ここまで効果抜群だったのは久々だった。


先程ローラに耳打ちされた言葉をふと思い出す。「お願い。ジークを元気づけるために、アランから何か気の利いたこと言ってあげて?」この様子だと、ローラも自分の発言に後悔することになるだろう。顔を引きつらせるアランを余所に、ジークのやる気チャージは100%になっているようだ。折しも、第2試合が始まるファンファーレが聞こえてきた。


「よーし!行こうぜ、優勝まで一直線だぜ!!」


深くため息をつく少女など目に入らぬジークは、元来た道を走りだす。


「あぁ、ちょっと!おいてかないでよ、ジーク!」


緑色の髪を風に靡かせる少年を、アランはくすりと笑いながら追いかけるのだった。

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