アイツとわたしとお姫様抱っこ
「太陽さん、太陽さん。あなたはもう十分頑張ったと思うの。もうお休みしてもいいのよ?」
「……何ぶつぶつ独り言いってるんだ、深雪。暑さで頭やられたか?」
「うっさいわねー、毎日毎日私の平熱超える気温に包まれて苦しんでるのが分からないの?バカ夏生」
「バカは余計だっつーの。しゃあねぇなぁ、購買行くぞ購買。アイス奢ってやるからそれで耐えろ」
夏生と私は家が隣同士の幼なじみで幼稚園から高校まで同じの腐れ縁みたいな関係なせいか、お互いに憎まれ口を叩いても自然とお互いをフォローしたりするような関係が続いていた。
「おい、深雪。早く行くぞ……ってまたかよ!おい、こんなところで寝たら死ぬぞ!?ちょっと待ってろ」
夏生が駆け込んだのは保健室でも職員室でもなく、ましてや自分たちのクラスでもなく。
「ほらよっ、深雪、目を覚ませ!!」
《ザバァッッッ》
「うにゃああああ!?」
……すぐそばの水道に備え付けられていたバケツの前だった。
「よし、戻ってきたな。ホントに深冬といい深雪といい、身体弱いな。ちゃんと食べてんのかよ」
「失礼ね。病弱な深冬はともかく私はちゃんと食べているわよ。青魚の血合いも残さないし」
深冬というのは私の双子の妹で生まれつき身体が弱く、今日も既に貧血で夏生にお姫様抱っこされて保健室に運び込まれている。
「だいたい深冬はお姫様抱っこしてまで大事に保健室へ運び込んでいるのにどうして私はバケツに水なのよ!私だって女の子なのに酷くない!?また下着までずぶ濡れじゃない」
「深冬に水なんかぶっかけたら確実に病気になるだろうが。それにこんなことするのは深雪、お前だけだっつーの」
「私の深冬を大事にしてくれているのは分かったけど私だって大事にしてくれてもいいじゃない……いくら太陽さんが頑張ってすぐ乾くからって酷い」
私だってお姫様抱っこされてみたい。いつも深冬がされているのを見て羨ましく思っている自分を自覚してからは、表で倒れるたびに水を掛けられ助けてくれるのは嬉しいにしても扱いの差に悲しくなってしまう。…………どうして私は夏生を好きになってしまったんだろう。
「大事にしてるぞ?深雪が深冬ほどではないにしても身体が強くないのは理解してるし、今年の夏の暑さは異常だ。深冬も心配っちゃ心配だが、深雪の方が一番心配だよ」
「嘘よ!」
「嘘じゃない」
「じゃあどうして私にはお姫様抱っことかして運んでくれたりしてくれないの!?深冬や他の子たちにはするのに!そんなに私のことが嫌いなの!?」
「だから違うって言ってるだろ!あーっ、もう。わかったよ、言うよ。大好きな深雪が苦しんでる顔を一秒たりとも長く見ていたく無いから手っ取り早い手段を取っていただけだ!」
…………え?今こいつ何を言ったの?私は夏生の微妙な告白に衝撃を受けて呆然と固まってしまっていた。
「深雪が女の子だなんて百も承知だよ。深冬のことを羨ましく見ていたのだって知ってたさ。ロマンチックなシチュエーションに憧れていたのだってな」
「…………だったらどうして……」
「……覚えているか?深冬が炎天下の遊園地で倒れて救急隊がなかなか来なくて本当に死にかけたあの日のこと」
「うん……」
「深雪とそっくりな顔の深冬が蒼白な顔をして弱って行く様が今でも脳裏にちらつくんだ。だから……だから深雪が、お前が倒れて苦しんでる表情はもう本当に見たくないんだよ。きついんだ。……本当にお前が大事で、大好きなんだよ」
「…………」
まさかトラウマから来る行動だったなんて想像もできていなかった。そして両想いだったことも。確かにあの時の深冬が遊園地の救護室に運び込まれてスタッフさんたちが必死に手当てをしてくれているのにもかかわらず本当に死にそうになっていったのは私にとってもトラウマだ。
私は深いため息をつくと信じてくれとばかりに私の両手を両手で包み込むように握りしめている夏生の顔を改めてみつめなおす。
「……分かったわ。許してあげる。私も夏生のこと、好きだしさ。だけどなるべく運んで欲しいかな。大丈夫、深冬と違って私はそう簡単にはくたばらないわよ」
「分かった。なるべく善処する…………っておい、言ったそばからまたかよ!」
話がついて何よりだった。だけどすっかりびしょ濡れだった制服や下着が完全に乾いてしまうような相も変わらず頑張っている太陽さんの真下でしていた長話は容赦なく私の体力を削り続けていたようで、ホッとした次の瞬間私の意識は再び途切れ視界は暗転してしまった。次に意識を戻した時には保健室のベッドの上で隣で休んでいる妹の深冬から「よかったね、夢が叶って」と微笑まれたので、きっと夏生が約束通り運んでくれたのだろう。お姫様抱っこで。
熱中症にはご注意くださいませ。