出立
「じゃあ父ちゃん! 行ってくるぜ!」
「うむ、わがままを言って迷惑をかけぬようにな。
それと、魔脈の管理。忘れぬようにするのである」
「わかってるって!」
ヒノさんとアズマやミリアが再会したのは数十年ぶりであり積る話もあったといえばあったのではあるが。
ミリアは基本引きこもっていたし、アズマは魔王討伐以後は華のない退屈な人生を送っていた。
ヒノさんはヒノさんで精霊であるので、時間の間隔が人間とは異なり、ヒノさんもまた変化のない退屈な日々を過ごしてた。
ほーちゃんは目覚めたばかりで、数十年前の感覚そのまま。
という状況と、少しでも早く魔王の元へと急ぐ必要性とがあい絡まって、思い出話もそこそこに、アズマ、タツロウ、ミリアにヒノジローを加えた――プラスアルファでほーちゃん――面々は、森を後にすることになった。
「帰りは魔物のことは心配しないでいいんだな?」
不安そうにタツロウが尋ねる。
「なんだ? びびってんのか? 勇者が聞いてあきれるんだぜ」
「ビビってるわけじゃない。俺の剣は折れちまったし、じいさんはじいさんで腰痛持ちだしミリアは魔力がすぐに切れるし碌な戦力は残ってないからな」
「その点は大丈夫じゃと言っておったろう?」
「そうなんだぜ! 僕が居るから大丈夫なんだぜ!
万一襲われても返り討ちなんだぜ!」
「あたしも、ヒノさん、あらためヒノジローの力は保障するわ。
たとえその力が全盛時の半分だったとしても、敵う魔物なんてそうそういないから。
さすがは大精霊ってとこね」
3人に言われて、タツロウもさすがに不安を払しょくしたようだった。
きびきび歩きながら、新たに湧いた疑問を口にする。
「でもよ。精霊って魔法を使うために会いに来たんじゃなかったっけ?」
「精霊じゃなくって大精霊なんだぜ!」
「どっちでもいいけどさ。
契約とかして……。
ミツオカさんみたいに普段は姿を隠してるみたいなイメージでいたんだけどな。
なんか、これじゃあ召喚獣というか、ペット?」
「ペット言うな! 大精霊なんだぜ!」
「まあ、ヒノさんを連れてたら他の人が怖がるから普段はヒノさんには姿を隠して貰ってたけどね。
ヒノジローなら可愛いから大丈夫そうよね」
「可愛いとか言わないで欲しいんだぜ……」
ミリアに言われるとヒノジローは多少の照れもあり、うなだれ気味に声を細めた。
「まあ、実際にネコと変わらんしのう。色が少々珍しいだけで」
「ネコじゃないんだぜ……。
契約はするんだぜ。ただ契約してしまえば、この姿で魔物の相手ができなくなるんだぜ。
だから、森を出るまではこのままで行くんだぜ」
「そういう縛りがあるのか?」
「そうなんじゃ。
精霊が誰かと契約するということは、その相手に力を委ねるということになる。
姿を見せることはできても、精霊本体の力は使えなくなるのじゃ」
「おいおい……、それって……」
タツロウは何かに思い当ったように考え込む。
「あの親父のほう……、ヒノさんは大丈夫なのか?
ヒノジローと契約してしまえば、ヒノさんが力を失って魔物に対抗できなくなるとか……?
この森には魔物が沢山いるんだろ? 襲われたらやばいんじゃないか?
まさか、それを承知で自分の身を犠牲にしたとか?」
「それは大丈夫なんだぜ!
あくまで契約して、大精霊本来の力を失うのは僕だけなんだぜ。
父ちゃんは、しばらくは今のままの姿で力を使うことができるんだぜ」
「ならよかったんだが。
いきなりブルーな展開になるかと心配しちまったよ」
「珍しいわね。タツロウがそんな風に人の事考えるなんて」
などと話しながら一行は森を抜けた。
さすがはヒノジロー。魔物はヒノジローの放つオーラに気圧されてか近寄ってくることもなかった。
「じゃあ、アズマ! 契約するんだぜ!」
「おい、待てよ! じいさんと契約結ぶのか?
俺だって魔法を使いたいんだけど?」
「魔法を使いこなすにも時間はかかるしのう。
特に大精霊ともなれば、その力を受け入れるだけでかなりの負担となる。
うまく事が運べば問題ないが、タツロウが魔法を使いこなすのに手こずってしまえば、魔王の力が戻って対処しにくくなってしまうじゃろう」
「僕はアズマの力になるために旅にでたんだぜ。
タツロウと契約するぐらいなら、森で一生暮らすんだぜ」
「生意気な……、ネコのくせに」
「そういうところが嫌われる原因なんじゃないの」
ミリアが的確な指摘をする。
「ち、しゃーねーな。
でもよ、行きは俺が魔物を倒してきたけど、帰りはどうすんだ?
街まで戻らないと新しい剣は手に入らないぜ」
「そこは儂が魔法を使えるようになるから大丈夫じゃ。
魔法は剣と違って体の衰えや老いで退化するもんじゃないからのう。
これでも元勇者、四属性の大精霊を使役して、剣と魔法で力を振るっておったんじゃ。
昔取った杵柄などとは言いたくないがここらの魔物であればヒノジローの力を借りれば瞬殺じゃわい。
森では大事を取っておったが、街へ戻るくらいならまったく問題ないのじゃよ」
「ああぁ、聖剣に続いて魔法もお預けかよ」
「でも、ヒノジローが居たら火の精霊なら簡単に仲間にできるわよ」
「そうなのか?」
「そりゃあ、僕はこの世界の火の精霊の頂点に君臨する大精霊なんだぜ。
精霊たちは僕をみたら恐れ多くてひれ伏すぐらいなんだぜ!」
「とはいえ、自然界の精霊にはなかなかめぐりあう可能性は低いがのう。
あまり期待はせずに、そういうことがあるかもしれんぐらいに思って置くのがよかろう。
さて、あまりゆっくりもしておられん。
ヒノジロー、儂と契約を結ぶとしようか」
「わかったんだぜ!」
ヒノジローはアズマの前にひざまずく。といっても見た目は猫なので普通に伏せ?のような恰好になっただけである。
そしてそのヒノジローの頭にアズマが手を置き、ぶつぶつと唱えるだけで、儀式は完了した。
「わりとあっさりしてるんだな?」
「まあ二回目じゃからのう。ヒノジローも儂の力になるのに協力的じゃったし」
「ほんとうなら、精霊界とこの世界を結ぶ亜空間で勝負して勝ったやつじゃないと僕は契約しなんだぜ!」
「そういえば、あの時はアズマも大変だったわよね。
先代のヒノさんと大勝負で大やけどして」
「ああ、じゃがそれがあったからこそ、魔王と戦えたのも事実じゃ。
儂だってそんなに簡単に大精霊を仲間にできるとは思っておらなんだからな」
「ふーん、そういうもんなのか」
と、話にもひと段落したところで、
「よし、これで準備は万全じゃ……とはいえん。が、。
不安は多々あるが、それは魔王軍じゃって同様じゃろう。
街に戻って装備を整えたら、魔王討伐に繰り出すことにしよう」
と早くも最終決戦に向けての一歩を踏み出していくのであった。
◆◇ ◆◇ ◆◇
「大変、大変、タナキアちゃん! 大変なのよ~!!」
出入り口から入るのももどかしく、エンキーネは魔王城の窓をぶちやぶって玉座の間に飛び込んだ。
ちょうど魔王タナキアと四悪柱の残りの三人。
風のボーネルド。
水のダイタルニア。
土のグアッドルフ。
所謂魔王軍の幹部連中が集まって定例会議を行っていたところであった。
「エンキーネ、行儀悪い。無事、よかった」
緑がかった巨体を上下させながら、一つ目の巨人、クアッドルフが真っ先に声をかけた。
「なんや、血相変えて? どないしはったんや?」
蜥蜴人間のダイタルニアが、それに続けた。
吸血鬼を思わせる姿のボーネルドはマントを羽織りなおしただけで様子をうかがっていた。
「どうしたのじゃ? エンキーネ。
聖剣はどうじゃった? 勇者はおったのか?
それとも、おらんかったのか?
倒せたのか、倒せんかったのか?」
「そんないっぺんに言われても答えられないわよ!」
「整理、必要」
「だな」
クアッドルフにボーネルドが同意する。
「えーっと、じゃあ順を追って説明するわね。
まず、なんだけど、スライム集めて王都に襲撃かけたのよ」
「スライムだけで、ようそんなはちゃめちゃなこと考えましたな」
「エンキーネ、無鉄砲。馬鹿」
「馬鹿ってなによ!」
「で、その収穫はどうなったのじゃ?」
「それが……、途中で邪魔が入っちゃって。
そう、その邪魔っていうのが聖剣を持ったアズマだったのよ!」
「アズマ? あのアズマか?」
「アズマでっか?」
「勇者、憎い、なつかし、憎い」
「それは本当なのか?」
「そうなのよ、タナキアちゃん。
まあ、年を取っておじいちゃんになってたけどね。
それはそれで魅力があって渋い感じになってたんだけど。
もうロマンスグレーって感じでね、顔に刻まれた皺にかつての栄光が染みついているというか含蓄のある顔立ちで……」
「あんさんの好みは聞いてへんがな」
「そうそう、続きよね。
で、惜しいところまではいったのよ。
あと一歩ってところで。
スライムたちとあたしの魔法で追い詰めたのよ」
「魔法といっても今のエンキーネには邪悪なる火ぐらいしか使えないんじゃなかったのではないのか?
それに、スライムごときであのアズマを追いつめられるとはとてもじゃないが思えんのじゃが。聖剣もあればなおのことじゃ」
「それがね、アズマも当時と比べれば体力落ちてるし、聖剣ホシクダキも本来の力が戻っていないみたいでね。
それに、新勇者っていう若い子もいたわ。
スライムの大半はそいつにやられたのよ」
「なるほど、アズマよりもその新勇者が手強いということなのじゃな?」
「そうでもなくって……。
その新勇者もたいしたことなくって。
そりゃあスライムぐらい相手には戦えてたんだけど。
それでも時間さえかければ押しきっちゃえる感じだったから。
その後に騎士みたいなのが乱入してきて、スライムが一瞬でね。
やられちゃってね。
その横槍がなかったら、ほんとにアズマもその新勇者も倒せちゃえるところだったんだから。
ほっぺのチューが約束だったけど惜しいところまで行ったってことで投げキッスぐらいはしてもらえないかな? タナキアちゃん?
それか軽いハグぐらい……」
「なるほど……」
タナキアが顎に手をやり考え込む。
見た目は幼女だが、中身は齢数万年の魔王である。
その姿はなかなかにして様になっている。
エンキーネのキッスだのハグだのは完全に無視する方向で、タナキアが考えを口に出す。
「つまりは、わらわが力を取り戻せていないのと同様に。
現時点では勇者も聖剣もあの時ほどの脅威ではないということなのじゃな」
「そうそう、そうなのよ。だからチュー……」
エンキーネを無視して、ボーネルドが意見を挟む。
「ですが、エンキーネがスライムしか従わせられなかったように、我らの手駒となるべき魔物はおりませぬぞ。
この辺りの魔物は強力ではあるものの、我らの命令など聞きませぬからな」
「そやな。聖剣の力が戻っていない今がチャンスやゆうても攻め入るだけの戦力がおまへん」
「じゃが、手をこまねいて見ていれば聖剣も力を取り戻すであろう。
そもそもわらわが復活を早めたのは聖剣の本来の力を封じるため。
状況は分かった。
よく無事で帰ってきてくれた、エンキーネ」
「あ、そうそう、それでね。
もうひとつ」
「エンキーネ、話長い」
「もう、これで最後だから黙って聞いてて。
なんだか、王都から騎士団がこっちに向ってくるらしいのよ」
「なん……じゃと?」
「どういうことだ?」
「なんやて!」
「驚き」
「それがね、どうやらあっちはあっちで魔王の力が戻っていない今がチャンスだって考えているみたいでね。
第七騎士団とかいう部隊が遠征してくるらしいわよ。
それを伝えに急いで戻ってきたんだったわ」
「わらわの力が戻っていないのが……ばれた……? じゃと……?」
「そうなのよ。
あたしが弱い魔法しか使えないのがばれちゃって。
その流れで魔王自体の力も弱ってるっていうのがわかっちゃったみたい」
「エンキーネ、マヌケ」
「一大事やないか!? 今のうちらの戦力で騎士団相手なんかに持ちこたえられるわけあらへんで?」
「どうします?」
ボーネルドに問われて、タナキアは考え込んだ。
「ね、すごい情報でしょ。
あたしが王都に行ったから手に入った情報なんだから。
知らなかったらそれこそ備えもできずに大変なことになってたわ。
だからタナキアちゃん、せめてほっぺにチュー……」
「馬鹿もの! そもそもエンキーネが己の力を悟られなかったらわらわのことは気付かれずにすんでおったのじゃろうが!」
「確かに」
「エンキーネ、余計なトラブル、持って来た」
「どちらにせよ、黙って待ってたらえらいことになるわな。
なんとかせんと……」
タナキアに怒鳴られてがっくり肩を落とすエンキーネ――落胆はしているが反省はしていない――を他所に、タナキアと残りの四悪柱は、今後の対応についてフル回転で思案をしていくのだった。




