ポケット
こういう経験はないだろうか。
上着でも、ズボンでもいい。
ポケットに手を突っ込むと何かが触れる。
鋭く尖ったものだったり。何かザラザラした欠片だったり。
あるいは何も触れなかったり……。そういう時は注意しなければならない。
穴が開いているだけじゃない。ポケットの中は未知数だ。
先日、散歩をしていたら妙な男に会った。
この暑いのにコートを着て、両手をポケットに突っ込んでいる。
不躾な僕の視線に気づくと、男は顔をニヤッとさせた。
「離してくれなくてね」
その時はよく分からないまま会釈をして通り過ぎた。
翌日、再び男に会った。やはりポケットに手を入れている。
僕が遠まわしに尋ねると、男はこっそりポケットの中を見せてくれた。
空洞のような闇があった。
そこから突き出した枯れ枝のような指が、男の手をしっかり抑えている。
もう長いことこのままなのだと男は言った。
「最近は引っ張って痛いんだ」
それきり男とは会わなかったが、古着屋で男の着ていたコートを見つけた。
なぜ男のものだと分かったか?
ポケットを覗いてみると、あの疲れたような目がニヤッと笑い返したのだ。次の獲物を求めて、ギラギラと輝いているように見えた。