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《第八章【ふたりの従者】》 -3-


「おはよう、シャリル! 今日はとても、御覧の通りのいい天気だよ。これからみんなでどこかへ出掛けない?」


 シャリルの部屋へ『バン☆』と勢いよく入るなり、閉め切られていた窓のカーテンを全て開け放ちながらケイリング・メルキメデスは元気よくその様に言ったのだ。


「……」

「ファーがね。この近くで珍しい泉を見つけたんだってさ! なんでも、どんな病でも治す不思議な水らしいのよぉー!!」


「……今日は、今朝から少し気分が…」

「え? あ……もしかして、体調が悪かったとか??

なんだかごめん……何も知らずつい、いつもの勢いでカーテンなんか開けちゃって…」


 ケイリングはベットで寝ていたシャリルの傍へと行き、心配気にそう問うていた。


「いえ、少し横になれば直ると思いますから……大丈夫です」

「そう……余り無理はしないでよ? よかったらお医者様を呼ぶけど。どうする?」


「いえ、大丈夫です……ケイ姉さま。お気遣い、いつもありがとう御座います」


 シャリルはケイリングに笑顔をひとつ向け、その様に言う。でもどこか、弱弱しかった。



 以前に比べれたら随分と慣れ親しんで来た、とは思うけれど。それでもまだどこか余所余所しいところが残っている。


「そっか。

じゃ、また後で来るから♪ その時、調子が戻ってたらそこの庭でさぁー。一緒に、お茶でもしましょう!」

「……はぃ」


 ケイリングは満面の笑みをシャリルへ向けたままその部屋の扉を閉め、そこで小さく吐息をついた。




「ケイ様……大丈夫ですか?」


 シャリルが居る部屋を出ると、そこでファーが待ってくれていたのだ。


「ン……わたしなら、ぜんぜん大丈夫よ」

 ケイリングは澄まし顔でそう言い、テラスの方へと向かいサッと歩き出す。


 アクト=ファリアナへ、ルナの娘シャリルが来てからもう間もなく一年近くにもなるが、未だにこの部屋から余り出ようとはしなかった。それでもケイリングにだけは少しずつ心を開いて来れるようになり、偶にこの城の庭でお茶に付き合ってくれる日も次第に増えて来ている。


 もう少し時間があれば、本当の姉と妹の関係のように仲良くなれたかもしれない。

 だけど……時が…世間の風が、それを許してくれそうになかった……。



「もしもどうしても言い難いのであれば、この私がケイ様の代わりに伝えますよ。

ですから、余り無理はなさらないように……」

「ありがとう、ファー」


 ケイリングはそこで立ち止まり、ファーを振り返り見る。


「だけど、大丈夫よ。というか、私じゃないときっと駄目なの! シャリルを説得するなんて、他の人にはとても無理だわ。今は、まだ……ね?」

「……」


 ケイリングの言葉を受け。ファーは自分が情けなく思いうつむく。


「そんな情けない顔なんかしないでよ。なにもファーが駄目だ、って言ってる訳じゃないんだからさぁ~」

 そう苦笑しながら言い、ケイリングは再びテラスへと踵を返し向かいサッと歩き出す。




 このアクト=ファリアナ周辺の状況は、今回の評議会議員選挙前辺りから変わり始めていた。


 一度はシャリルがここに留まることを半場強引ではあるものの旧臣達に納得させていたケイリングではあったが。今回から属州国から属国へと降格した鉱山都市カルタゴの件を受け、その緊張感が異常なほどこの城を中心に高まり始めていたのだ。

 それは、ケイリングの個人的な感情だけではもうどうすることも出来ないほどの高まりであった。しかしそれでも、素直には納得出来ない思いがある。


「それにしても……うちの旧臣達の保守的思想の強さには、流石の私もつくづく頭が下がっちゃうわねぇ~……」


 ケイリングが呆れ顔に吐息をつき、そう言うと。ファーが苦い顔を向け口を開いてきた。


「しかしそれは、大変申し上げ難いのですが……今回に限っていうと、旧臣達がシャリル嬢がこの城に留まることを嫌うのも仕方のないことだと思われます。

カルタゴの急な属州国からの降格、という件もありますからね……。

『謀反人であるフォスター将軍の娘を囲っている』という事が、もしも公になった場合。旧臣達ばかりではなく、この城内の者全てが最悪、路頭に迷う可能性が出て来たのですから……」

「それは、わかってる! 分かっては、いるの……」


 分かってはいる。理解はしているつもりだ。


 シャリルにしても、ここに居るより。鉱山都市アユタカ近くにある邸宅の方が、過ごし易いかもしれない。向こうはここの様な堅固な城塞とはまるで違う。その気になれば、近くの街や森へ気軽に行くことだって叶うのだ。だから実を言えば、ケイリングも向こうの邸宅の方が好きだった。

 母が生きていた子供の頃は、よく向こうの邸宅へ母と遊びに行っていたものだ。


 だけど恐らくは、あの旧臣達がそれを許してはくれないだろう……。


 シャリルを今になって移動させ様とするのは、単に首都キルバレスや人目に付き易いこのアクト=ファリアナから少しでも遠ざけ、鉱山都市アユタカの邸宅の一室に閉じ込める為に違いなかった。


 母親をあんな形で亡くし……未だにその心の傷が癒えないシャリルを、半ば監禁状態で閉じ込めることに対し。ケイリングは頭ではその理屈はわかっていても、心の中の何かが納得出来ずに居た。



「もし……もしも! 命令とあれば、私も鉱山都市へ行くことにしますから。そこはご安心ください」


 城の中央にある大庭のテラスへと差し掛かったところで、ファーが急に膝を崩しそう言って来たのだ。


 ケイリングはそのファーを振り返り見て、間もなく……静かに俯き、頷いた。


「そう、ね……久しぶりに私も、向こうへ気分転換に行ってみるのもいいのかも知れない…」


 このアクト=ファリアナに居れば、いつかアヴァインに出会えるかも知れない。もしかすると『アイツ』が、この私を訪ねて来るかもしれない。


 そう思いこれまで願い続けて来たケイリングだった。

 だけど、ただここでこうして待つのにはもう飽きた。それに、その『アイツ』との約束だってある。



 『この子を……シャリル様を、守ってあげて!』



 あの時のアヴァインの声が、ケイリングの脳裏を再び鮮明に掠めていた。


 わかってる。そこは大丈夫だから、安心なさいアヴァイン! だから早く……早く、戻って来てよ、バカ!!


 ケイリングは心の中でそう叫び、気を強く持ち中央テラスへと一歩踏み出していった。

 



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