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《第七章【カルタゴの奇跡】》 -2-


「つまり、何が言いたいのですかな?」


 首都キルバレスのパレスハレス内にある一室にて、ディステランテ・スワートは1人の評議員の男の言葉に対し、不愉快気な表情を向けていた。


「いや、ですから! 前回の科学者会への措置で辞めていく科学者が最近は多いので、そこを何とかしたが良いのではないかと思いまして……そのぅ……」

「別に、本人が辞めたいというのなら勝手に辞めさせて置けば良いでしょう。学者など、毎年アカデミーから補充されているのです。何の問題があると言うのですか?」


「いや、しかし……ですね……」

「前回の措置で、同時に、実績のある科学者会の者には相応の報酬を払っているのです。報酬は面談の上、十分に支払った。それで辞めるというのなら、その程度の功績しか収めていなかった科学者だ、という事です。

違いますかな? オルビスク・エバーソン評議員殿」


「あ、いや! 中身については、よく分からないのですが……色々と不満も出ている様ですので……」


 ディステランテは、オルビスク評議員のその歯切れの悪い返答に対し、眉間に(しわ)を寄せる。



「大した功績も上げていない科学者が辞めるのは、国費の削減にもなります。科学者会の元老へ支払う国費は、毎年無駄に膨らみ続けていた。

そもそも有権者であるキルバレス国民からの要請もあっての措置だったのですよ、これは。

それに対しては、何と返答をされますかな? オルビスク・エバーソン評議員」


「あ、はぁ……」


 これに対して何も言い返して来ないオルビスク・エバーソンに対し、ディステランテは満足気に頷き言う。


「御理解頂けたのであれば、早々に鉱山都市カルタゴへと向かわれる事です。

如何(いか)に私といえども、有権者の心までは動かせません。全ては、貴方自らの力次第なのですよ。

この意味、お分かりでしょうな? オルビスク・エバーソン評議員殿」



 鉱山都市カルタゴは、今回の評議会議員選挙より属州国から属国へと降格していた。その為に、それまでその地の貴族員であったグラート・ヒルズグレンは評議会議員選挙へ出馬している。その対抗馬として、この首都キルバレスの評議員であり現職であったオルビスク・エバーソンがディステランテ・スワートの推薦により送られていたのだ。


 オルビスク・エバーソンは今一つ不納得な顔をして、この部屋を出て行く。



「……ふん。どうもあの男を選んだのは、少々軽率であった様だな」


 ディステランテ評議員はそう零し、睨みつけるようにして見送っていた。



「ならば、どの様な男なら満足だったのですか? 叔父様」


 オルビスク・エバーソンと入れ違いに、一人の騎士姿の女性が入り口の戸にもたれ掛け笑顔を見せそう口を開いていた。


 その女性が誰なのか確認をして、ディステランテは再び手元の資料に目を通し、筆を走らせ口を開く。


「誰かと思えば、ルシリエールか……今日は何の用事があって来たのだ」

「随分な言い様ですね? 叔父様」


 ルシリエールは戸を閉め、中へと入って来る。


「戸に立っていたのが、わたしだったから良かったものの。他の者なら、今のは大変な失言でしたよ。

少々油断がお有りだったのではありませんか?」

「そんな心配には及ばない。

手前の部屋には、『関係者しか通さない様に』と事前に伝えてある。だから、お前がそこに居たのも驚くほどのことではない。尤も頷けることだ。

それよりも、見た通り私は忙しいのだ。用事があるのなら、手短に言いなさい。

但し、今は公務中だからな。公務に関することのみだぞ!」


 口を開きながらも、ディステランテは仕事の手を休めることがなかった。

 そんなディステランテを見て、ルシリエールは吐息をつく。


「これだから叔父様は、色々な者たちから誤解を受けるのです。もう少し人の気持ちというモノにも、目を向けては如何なのですか?」


 その時ばかりはディステランテはその手を止め、ルシリエールを厳しい表情で見る。



「……何が言いたい?」


「例えば、そうした態度……そうしたモノは、相手に余計な敵対心を抱かせるだけですわ。

叔父様に欠けているのは寛容さ、と。相手に自分の気持ちを透かして見せる素直さ、じゃないのかしら?」


「寛容さなら、この私にだって有る。しかし、気持ちの方は無理というものだな。

政治家が無闇に自分の気持ちを透かして見せていては、話にならない。足元をすくわれるのが落ちだからだ。

この世界にそうした厳しさがあるのは、お前たち兄弟が何よりも身に染みて分かっていることだろう?」


「そう……でしたわね」



 ディステランテの言葉に、ルシリエールは何かハッとした表情をし。元気なく静かにそう答えていた。それからそこで吐息をつき、ディステランテの背後にある窓辺へと向かい。そこから見えるキルバレスの街並みを目を細め眺め見つめている。


 その様子を見て、ディステランテも何かに気づき顔を沈め言う。



「……すまない。

余計なことを思い出させてしまったな」

「いえ……気になさらないで下さい。叔父様。

わたくしたち兄弟はあれ以来、叔父様の好意を忘れた日などありませんから……」


 ルシリエールとワイゼル・スワートの父親もディステランテと同じ政治家で、ディステランテとはまるで対照的に人と接しディステランテの代わりに人脈を広く作って貢献する男であった。しかし政治謀略によりその命は奪われ、それ以来、ルシリエールとワイゼルは叔父であるこのディステランテ・スワートに引き取られ世話になり育っていた。今から15年も前のことである。


 当時ルシリエールは7歳。ワイゼル・スワートは17歳でセントラル科学アカデミーに在籍していた。



「叔父様の優しさは、わたくしたち兄弟が一番に分かっておりますわ。ただ、そうしたモノを人に見せるのを妙に嫌うところがある。ただそれだけの事ですもの。

不器用……なのですよね?」


「そんなことはない。そんな事では、政治家は務まらんからな。

そもそもそれは、買い被りというモノだ。私はそれ程、人に甘い男ではない。今ある私が、政治家としての本来の私の姿そのままだ」



 それを聞いて、ルシリエールはふっと笑う。

対しディステランテは、不愉快気な表情を見せていた。


「……なにが言いたい?」

「なんでもありませんわ」


 ルシリエールは肩を竦めて言う。


「家に居る時の叔父様。そして、ここで政治家として居る時の叔父様。

一体どちらが、本当の叔父様なのでしょうねぇ?」


 試すかの様にして言うルシリエールを、ディステランテは吐息をつき言う。



「ルシル、言いたいのはそれだけか? だったらもう、そろそろ屋敷に帰りなさい。夜道は危険だからな」


「いいえ。実を言うと、他にも言いたいことがあって今日は来たのですわ」


 ルシリエールのその言葉を聞いて、ディステランテは吐息をつく。


「それならば何故、その事をもっと早くに言わなかった? 余り無駄に時間を取らせるなよ、私だって忙しいのだ」

「叔父様とお話をしたかったからですよ♪」


「話なら、家ですればいいだろう?」

「叔父様が帰って来るのは、いつも深夜遅く。出て行かれるのも、いつもお早いではないですか? お話出来る時間なんて、いつもほんのちょっと」


 それを聞いて、ディステランテはまたしても吐息をつき言った。


「なら、ここで構わないから、言いたいことがあればハッキリと言いなさい」


 それを受けて、「では!」とばかりにルシリエールは畏まり口を開いた。


「先ほどは色々と申し上げましたが、今の叔父様の権勢は疑い様もありませんわ。

政治力・資金力どれを取っても叔父様に並ぶ者など、このキルバレスにはすでに居りませんからね。

ただ一つ、気になることが少々……」

「……気になること、それはなんだね?」


「皇帝任命制度……こんなモノを創める意味は、どこにあるのでしょうか?」


 ルシリエールのその言葉を受けて、ディステランテは「なんだ。実に、下らない話だ」とばかりに再び手元の仕事に集中し筆を進めていた。そんなディステランテの様子に、ルシリエールは眉間に(しわ)を寄せる。


「一代目は叔父様だから、さぞや叔父様ご自身は満足でしょうけど! 二代目からは、誰とも知れない者が我が物顔で権勢を振るうかも知れない、こんな制度。わたくしとしては、真っ平ごめんですわ!

そもそも、これまでの共和制キルバレスの成功とその在り方を否定する様なモノではありませんか?!

それに我が一族にとってこれが最善だと、お思いなのですか? 

これまでのやり方の方が何かと融通も利いて、良いのではありませんか?!」


 ディステランテはそこで手を止め、窓際で熱弁を振るうルシリエールを厳しい表情で振り返り見た。



「私が、皇帝任命制度を私利私欲の為だけに始めたとでも思っていたのか?」

「え? ……そ、それは……そうは思いませんが……」


 ルシリエールはそう言いながらも、ディステランテからの思ってもみない返答に戸惑いを見せ、思わず目を背けていた。


「私は今回の皇帝任命制度で、初代皇帝になるつもりだ。それ一つを取ってみれば、確かにルシルお前が言う通り、私の私利私欲に過ぎないだろう。

しかしそれは、これから始める改革をより迅速に進めて行く為の手段に他ならない」

「……手段?」


「ああ、そうだ。こんなモノは、ただの手段に過ぎないのだ。

この共和制キルバレスは強大になり、国土も広げ豊かになりはした。しかし、併合した国々は依然としてこのキルバレス国内で力を付け続け、発言力も年々増して来ていた。

それもこれも、力で属国としてねじ伏せもせず。属州国などという手緩(てぬる)いことをやっているからこの様な事になる。前回のアナハイトもそうだ。

完全勝利だったというのに、何故かフォスター将軍は属州国としてアナハイトを併合し戦争を終わらせてしまった。

あの男を大将軍としたのは、評議会での話し合いによるものだが。それがそもそもの間違いの始まりだった、と私は確信的に思っている。評議会の半数が、貴族員や科学者会の者に耳を貸すからな!

カナンサリファ、コーデリア、アナハイト……こうした国々を属州国として留めて置くことは、共和制キルバレスとしてリスクそのものに他ならない。到底、国益には成り得んのだ。

奴らはそんな事もまるで分かっていない、愚劣な者達に過ぎん!」


「ですが……そのアナハイトは、叔父様に付いたではありませんか?」


「『付いた』のではない。『付く』様に、この私が仕向けたのだ。努力してな!

しかし何時(いつ)までもこうした現状が続くとは限らない。均衡が崩れ、キルバレス本国の力が衰えた途端、裏切りが何時起こるかなど誰にも予想出来ないのだ。だから事前に、手を打つ!

分かるか、ルシリエール? この“違い”というモノが」


 ディステランテの言葉を聞いて、ハッとした様な表情を見せるルシリエールを確認すると。ディステランテは満足気に頷き、再び正面を向いて手元の仕事に集中し始めた。



「納得したのであれば、早々に帰りなさい。私はこの後、人と会うことになっている。それまでにやらなければならない仕事が山ほど残っているのだ」

「はい……そうしますわ。お邪魔しました、叔父様」


 ルシリエールはそう言い、戸の方へと向かう。

が、ディステランテが座る机の横を通った所で顔をそちらに向けた。


「何だか意外でしたが……相変わらず、仕事にご熱心なのですね?

しかしこの世の中、言わなければ伝わらないことってありますよ? 叔父様……。

また、伝えてみなければ『話し合いも始まらない事』だってあるのではありませんか?」

「……ふん。それはそうだが、それもこれも『相手に聞く耳があれば』の話ではないのか?」


 属州国コーデリアのアクア=ファリアナ。この地でオルブライト・メルキメデスに従う旧臣達、例えば彼らなどはこのディステランテの言葉に『耳を貸さない』部類の者達だろう。こうしたこと一つを取ってみれば、確かにディステランテの言う通りであった。


「ええ……そうですわね。

でも、家でも見せる寛容さを。この政治の場でも見せて置く方が、叔父様にとってより有利になるのではないかと、わたくしには思えますわ。

それでは叔父様、これで失礼します♪」


 ルシリエールはそれだけを言うと出て行った。



 ディステランテはそのルシリエールの言葉を受けて仕事の手を止めていた。そして、ルシリエールが立ち去って行ったその戸を口惜しそうに見つめ口を開く。


「……ふん。寛容さなど……相手に都合良く利用されるのが落ちではないか。

弱みを見せた途端、ルシルお前の親の様な目に会う……それがこの貪欲な政治の世界なのだよ。

所詮、私のことなど誰も理解出来はしない、ということだ……」



 それは。ルシリエールに対する言葉ではなかった。ディステランテの周りを取り巻く、政治環境に対して彼が普段感じている感想だったのである。




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