《第一章【カンタロスの女神】》 -6-
※『アヴァイン人称』置き換え済み。
その一ヵ月後、グレインはこの首都キルバレスから約二万もの先遣隊と共に出立した。そしてこちらへ軽く手を振り、実にいつものあの男らしい笑顔で向かい行く彼グレインの姿をカルロスはやはりどこか寂しく心に思い。しかし出来うる限り明るく手を振り、見送ってやった。
そんなグレインの姿もやがて大軍勢の中に隠れ消え見えなくなると、その悲しさも一層に増す。
「無事に……戻って来てくれよ」
カルロスは独り思わずそう呟き、遠目にその空の上を見つめた。
この共和制キルバレスの評議会議事堂であるパレスハレスの三階から、そんなグレインを見送ったカルロスは、静かにその手を下ろし、自分の為に設けられた研究室へと戻るため踵を返す。
「おや? これは、これは……カルロス技師長ではありませんか」
誰かと思い声のする方を見ると、フォスター将軍であった。その傍には、カスタトール将軍やその副官などこの国の英雄と呼ばれる面々が並んで居る。
「先遣隊の出発を、カルロス技師長自らがお出でになり、わざわざ見送ってくださるとは……彼らもきっと、光栄に思っておられることでしょう」
フォスター将軍は近くの窓辺からも見える大軍勢へと目線を向け、それからこちらへ笑顔を見せている。
意外なことだが、彼とはこれまで直接的な面識はほぼなかった。しかし、この時期にこのタイミングで向こうからこの様に話しかけてきたということは、何かしらこの前の発言について不満に感じているものが恐らくはあるのだろう……。
(まあ、彼だけではないからのぅ。これまでに何人もの者から、同じ件で咎められてきた。今更、驚きはしないさ)
カルロスは軽く肩を竦め、同じく大軍勢の方へ目を向け、口を開く。
「さてのぅ……今のこのワシなどに見送られて、果たして何人の兵士が喜んでおるのやら? 実に怪しい話だわい。もしかすると……もしや、アレではないか? かえって、迷惑がられておるのではないかのぅ?」
「いや! まさか……それは流石にないでしょう」
フォスター将軍は苦笑し、ただ困り顔を浮かべている。
カルロスはそんなフォスター将軍の様子を見て、少々残念な気持ちとなり、作り笑いを浮かべ再び軽く肩を竦めた。
(やれやれ、ここでもう少し気の利いた言葉の一つも返せたら、大した男だと認められもしたがのぅ……。こんな老人のこの程度の言葉ひとつ如きに調子でも崩したか? この機会に、この男の力量を測ってやろうかと思うたが……少々、残念な結果じゃったわい。
まあまた近い内に、再び機会が訪れることもあろう)
「ふむ……まあそういうことにしておくわい。ではまたのぅ……フォスター将軍」
カルロスはそれで、そのままフォスター将軍の脇を歩き通り過ぎようとしていた。
「お待ちください、カルロス技師長!」
「――!?」
只ならぬ勢いを感じ、カルロスはその場で立ち止まり、フォスター将軍を真剣な眼差しの表情で横目に見る。
「先月の……あの発言。カルロス技師長は、どちら側に本意がお有りなのですか?」
(……どちら側?)
今までに無い、実に変わった質問だった。
「戦争回避……それとも、戦争容認……。あれは、どちらとも取れる発言でしたので」
「……」
(ほぅ……この男、伊達にこの若さで英雄将軍となった訳ではないな。なかなかに興味深い男よ。しかし今は、それに対し答えるには時期が少々悪過ぎる。
何せ今のこのワシは〝あの男〟の手の者から監視されておる。この若き英雄の前途を思えば、今は下手に関わらぬがこの者にとって最善であろうからのぅ)
カルロスはそう判断し、それまでの真剣な眼差しを崩し、軽く笑顔を浮かべ口を開いた。
「ハハ! あれは、ワシも大人気なく感情に任せ、ついつい口走ってしまったに過ぎないものでのぅ。フォスター将軍が今言うたような、込み入った事情などは端からない。期待に添えず何とも申し訳ないが、単なる年寄りの戯言とでも思っていてくだされよ」
「……そう、でしたか」
フォスター将軍は、思った通りいささか残念そうにしている。
(まあ今はその方が良い。うっかりあの男から目を付けられでもしたら、幾ら英雄将軍でもこのワシの様に職を追われ、そのまま人生を棒に振り終わる可能性がある。
やれやれ……自分勝手な野心家が力を持ち過ぎると、国は滅ぶのかもしれんなぁ?
それにしても、この男からは不思議と未来が垣間見えるわい……興味も沸いたしの。この際じゃ、多少の危険はあるだろうが。少しばかり、親密になって置くのも良いのかもしれん)
カルロスはそう思い、これがあのグレインが相手ならば『白々しいものだな』と直ぐに見透かされるほどの作り笑いを浮かべ、口を開いた。
「ああ……そういえば。今度の遠征軍の大将軍として、フォスター殿が選ばれたそうですな。おめでとう」
「これは、流石にお耳が早い。実はここに居る……カスタトールも共に参ることになっております」
紹介されたカスタトールという男の方を見ると、実に油断ならない目をこちらへ向けていた。
どうやらこの男からは、ワシは余り好まれておらぬようじゃわい。やれやれ……。
「うんうん。もちろん聞いておりますとも!
カスタトール殿も、この国の実に頼もしき英雄の一人。この人選ならば、まず負けることなどないでしょう」
「ハハ。そう願いたいものです……」
「……」
若干ながら顔色が少しばかり曇ったが、何かあるのか? それにしてもこのフォスターという男、今回の戦争に対し前向きではないのかも知れぬ……。それにしても根が正直なのか、表情によく出る男だ。実に分かり易い。
戦略・戦術家としては、一流かも知れぬが。策士家としては、落第点といった所かの。
しかしこの隣のカスタトールという男の方は、フォスター将軍とは随分とタイプが異なるのか、先ほどからこのワシの方を細かく覗っている様に見える。
こちらはまさしく、油断のならない相手である様だ。
「では、これにて失礼致します」
フォスター将軍は軽く会釈をし、歩き去り。その後をついて歩くカスタトール将軍は、カルロスの方を少しだけ訝しげに見つめ、歩き去っていった。




