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《第一章【カンタロスの女神】》 -4-

 ※『アヴァイン人称』置き換え済み。



 出入り口付近から感じる視線に不審を感じながら、グレイン技師は研究室の扉を閉じる。


「まあいいから座りなされ、いつものことだよ」

「……いつもの、こと?」


「ああ、つまりはアレだ。それだけワシが、人気者ということじゃろうて? ふぁっはっは!」


 カルロスの余りにも楽天的なその様子と言葉を受け、グレインはやれやれとばかりに呆れ顔を見せている。

 それからソファーへと腰を下ろした。


「カルロス……お前のことだ。もう聞いているかも知れんがね。最高評議会が、次の侵攻先を決定したよ。

つまりは、また『戦争』って訳だ」

「……そうかね」


 それを耳にしたカルロスは大した感情を見せることもなく、ため息混じりにそう答えた。が、どうやらグレインとしては予想外だったのだろうな? 驚きと呆れが両方入り混じったような表情で両手を広げ、諭すように言ってくる。


「おぃおい! 君はこの決定を不満に思わないのかぁ? 私たち《科学者会》の意向を、まるで無視した決定なんだぞ! これでは何の為の最高評議会なのか、まるで存在意義がない。

そうだろう? 違うか??」

「まあな。確かに怒ってはいるがのぅ。腹立ちもするわい。だがのぅ……その前に、呆れた気持ちの方が先に来るのさ」


 カルロスは怒りも不満も見せず、無感情にそう返したあと挽いた珈琲豆の上からゆっくりとお湯を注ぎドリップする。すると珈琲の良い香りが部屋中に立ち籠め、高ぶる気持ちを和らげてくれる。


 だが、グレインの方は相変わらず頑固にも呆れ顔を見せブツクサと言い、いつものやれやれ顔で吐息をもらしたかと思えば、次に困り顔を向けてきた。

 まあ落ち着け、とばかりに苛つく彼の目の前にカルロスは珈琲をそっと置き。向かい合うソファーへゆるりと座った。


「そんなにも落ち着いて呆れている場合かぁ? それともなんだ。お前はそんなものはもうどうでも良いとでも考えているのかね? 最近では、我々《科学者会》の中からも金で身を売り始めている輩まで居る有り様だ。

まさか、お前までそうなんじゃないだろうなぁ? だとすれば、お前とは今日限りで絶好モンだぞ!」

「ハハ! それは流石になかろう……まぁこの前、一人だけそんな理由でこのワシの元へ尋ねて来た者ならばおったがの」



 『そんな理由』とは要するに、『買収を仕掛けて来た者が居た』ということだ。

 そんなとぼけた緊張感もない口調でカルロスが言うと、グレインの方は一瞬だけ動揺顔を見せていたが、次になにかしら悟った様子を見せ、こちらの方へ呆れ顔を向けてきた。


 流石に勘の良い男だけのことはあるわい。



「……もちろん、追い返したんだろうなぁ? カルロス」


 カルロスは肩をすくませ、作り笑いをし、口を開き言う。


「ああ、それを受け入れていたら、グレイン。君にこんな話を最初からする訳がなかろう? 流石のこのワシも、そこまで間抜けではないよ」


 カルロスはそう言ったあと、困り顔を浮かべ更に繋げる。


「まあもっとも、多少なりと間抜けであるからこそ、今ではこの有り様なんじゃがのぅ~。ふぁっはっは!」

「いや……あれは単に相手が悪かっただけのことさ。もう気にするな」


 グレインはふぅと安堵の息をもらし、ソファーへ深く座り直している。そして直ぐに怪しんだ表情を見せ、こう繋いできた。


「しかし、君の悪戯好きにはつくづく参るよ。そのイタズラ、この私にしかやらないだろう? 一体、この私になんの恨みがあって――」

「それだけお前さんを、《信頼している》ということさ。他意はないから、安心するがよい。これは、本心じゃよ……」


「……」


 カルロスはそう言い切り、当然の様に珈琲を一口だけ飲む。

 今言ったのは事実そうなのだから仕方がなかった。本当にこのパレスハレス内で信頼出来るのは、カルロスからすれば、このグレインしか居ないのだ。

 信頼もできぬ相手に下手な冗談すら言えんからの。たちまち今回の様な、『三年間の謹慎処分』などといった目に遭ってしまう……。だから悪戯をするのも冗談を言うのも、このグレインに対してのみだ。


 カルロスはそう思い、この最高評議会議事堂パレスハレス内で連日のように起こっている政治謀略的な出来事を思い起こし、うんざり顔に沈む。他に楽しみといえば、この珈琲を頂く時くらいだろうな、と。カルロスはそう思いながら吐息をつき、カップの縁を意味も無く擦った。


 それからカルロスは、思い出した様にグレインの方へと目を向ける。と、グレインは何故か時が止まったかの様な表情をこちらへ向けていた。が、間もなくまんざらでもないような表情を見せ照れ臭そうに微笑み、口を開いてきた。


「それはそうと……カルロス。君は、パーラースワートロームって国の噂を聞いているか?」

「パーラ……それは聞いたことがないな。どんな噂だね?」


「なんでもその地の者達は、不思議な魔法を操り、中には不老不死になった者まで居るって噂だよ。妖精や女神まで居るらしくてなぁ~。南部の方では有名な話らしく、言い伝えとして広く《伝説の地》とされているそうだ。

まあ、なんとも胡散臭い話しではあるんだがねぇ~」


 魔法を……? しかも、妖精に女神かね?

 カルロスは微かに笑み、口を開く。


「……とても信じる気にはなれぬのぅ。まさか、先ほどのワシの冗談に対する仕返しのつもりかね? だとすれば、なんとも呆れた下手な冗談もあったものだ」

「違う、違う。悪いが私の冗談は君のとはまるで違い、ハイセンスだから安心をしろ!」


「ハイ……? ハハ! それこそ聞き捨てならぬ話だ」

「まあまあ良いから、ここは黙って聞いてくれ。

最近、南東にある《沿海都市国家アナハイト》が急速にその勢力を伸ばしているのは、君も知っていることだろう? しかも、我々キルバレスの領土・領海に向かってな。前回の最高評議会でこの対応を巡り、白熱した案件だ」


 カルロスはその瞬間、時が止まったかの様に表情が強張る。


「ああ、嫌になるほどにのぅ……それについてはもちろん、よく覚えているさ」


 《沿海都市国家アナハイト》に対し、共和制キルバレスとしてはこれにどの様な対応を取るべきか。あの日、最高評議会内でかなり熱く議論された。


 あくまでも《外交的対応で解決》するか、それとも《武力による対応》を行うべきか。

 結局のところ、あの日は意見が分かれ、結論に至らないまま散会されたのだが……散会されたあと、カルロスは例の女性記者と言い争い、結果として謹慎処分となり今現在に至っている。


 忘れられる筈もない、嫌な一連の記憶だよ。



「その領土拡大するアナハイトの軍勢の中に、何とも不思議で奇妙な《魔法を使う者が居た》との報告があり。それがどうやら噂の《パーラースワートローム人》である事が判明した」

「──!!」


「それで今回、最高評議会は南東への《侵攻》を正式に決めた、って訳だ」

「……ふむ。なるほどのぅ」


 状況は解った。

 しかし、アナハイトとはそれでも国境を接する程にまでに至っていない。距離的にも、この首都キルバレスから六千キロ。国境からでも三千キロはある。つまり……。



「その……本当の目的は、『急速に拡大するアナハイトに対する抑え』というよりも、その噂の《パーラースワートローム》の方にある……という訳かね?」


 カルロスが鷹のような鋭い目線でそう訊くと、グレインは満足げな表情を見せる。


「ああ、流石だな。ご明察の通りだよ。今回の遠征には、私は反対だがね。しかし、その噂のパーラースワートローム自体には、そんな訳で大変な興味がある。

そこでだ……君も一緒にどうか、と思って今日は尋ねて来た訳だ」

「私にも、『今回の遠征軍に加担せよ』と申すのか?」


「いやいやいや! 違うよ、《パーラースワートローム》の方だ! 

実は内々に、その地の調査をする様にと科学者会からも数名を派遣することが決まってな。それで私も、それに参加することに決めたんだ」


 参加することに決めた……?


「行くのか……? しかしここから数千キロも離れているのだろう? 妻子はどうする」

「私の子供は既に二十歳を過ぎた。もう大人だよ。何一つ、心配はないさ」


 グレインは微笑み、肩を竦めて見せている。

 カルロスも同じく肩を竦め見せた。


「ふむ……しかし、妻の方はどうする? 一緒に連れて行くのかね?」

「ああ。実は最近、妻とは不仲でなぁ……。この話をしても『はい、そうですか』ってくらいなモンで。大した興味も示さなかったよ」


 グレインはそこでもまた、肩を竦めて見せ、今度は苦笑している。

 だが、不仲という部分については嘘だろう。いつも仲良さそうにしているのをカルロスはよく見知っていた。

 恐らくは、そのパーラースワートロームなどという得体も知れぬ未知の地に、大事な妻を連れて行くことに対し、グレイン自身が嫌い、そう計ったのだと思われる。


 グレインはそういう男だ。



 カルロスはそう理解し微笑むと、再び珈琲を一口だけ飲みその香りを愉しんだ。


「それで、カルロス。君はどうする? 出来たら、この私と共に来て欲しいが……」


 なんとも嬉しいことを言ってくれるものだ。


「もちろん興味はあるさ……しかしこのワシは、三年間の謹慎処分の身だからのぅ…」

「そんなモンはどうとでも出来るさ! 私がそれくらい、なんとでもしてやる! くだらん心配はするな」


「ハハ。それはとてもありがたい申し出だがのぅ……じゃが、まだまだこのパレスハレスでやらねばならぬ課題が沢山残っているからな。そう何年もここを離れている訳にもいかないのさ。

少々……残念なことではあるがね」


 事実、興味があるのは確かだし。叶うことなら、この男の行く所にならどこまでも着いて行きたい気持ちがあるのは確かだ。

 しかし、この国を離れ長期不在することに対し、不安感が堪らなくあるのだ。


 特に、最高評議会内で急速にその権力・影響力を拡大し続けている評議会議員ディステランテ・スワート。彼に対しては、これまで以上に警戒する必要があるだろう。

 好戦的で野心家のあの男が、これ以上暴走しない為にも。この共和制キルバレスで生きる、国民の為にも……。



「そう……か。まあ、それなら仕方がないな」


 グレインはそれで納得顔を示し、ソファーから立ち上がる。


「ああ、そうそう。お前のこと、未だ色々と噂になっているぞ。

つい『ああ言ってしまった』気持ちは、それなりに分かりはするが……立場もあるんだ。今後はもう少し、言葉には気をつけたほうが良い」

「ああ……そうだな」


 例の、あの件での言動か。

 ついつい感情的になり、暴言のようなことを吐いてしまった。それで科学者会の品位も下がったと揶揄(やゆ)されていると聞く。今回の評議会の南東への遠征決定に対し、科学者会の意見が軽視されたのには、そうした背景もあったのかもしれない……。



「反省しているよ……グレイン。お前にも、この件で迷惑を掛けたのではないか?」

「ああ、少しだけな。ハハ♪」


 グレインは笑い、扉へと向かおうとする。

 カルロスは途端に心寂しさを感じ、思わず口を開いていた。


「――グレイン。それで、いつから行くんだ?」

「ああ、来月だ」


「来月……それはまた、急な話じゃのぅ……」

「ハハ、遠征の先遣隊と途中まで同行して行くことになったからな。お陰さんで、今はやり残したことを片付けなきゃならないし。とにかく今は、凄く忙しいよ」


「そうか、それは大変そうじゃな。それで先遣隊は、誰の指揮なんだ?」

「確か、ベーリング……とかいうカスタトール将軍の副官だったと思うが……。

あと驚いたことに今回の遠征で向かう将軍は、カリエン・ロイフォート・フォスター殿とカスタトール・ヴァーリガン殿。それから、ワイゼル・スワート殿という事だ」



 ワイゼル?

 確か、ディステランテ・スワートの甥だったと思うが……。



「それはまた……見事な英雄揃いじゃのぅ」

「ハハ。それだけ共和制キルバレスとしては、『今回の遠征は失敗出来ない』と考えてのことなんだろう。

ではな! カルロス」


「ああ、忙しいところを引き止めてすまなかった」

「いや、ハハ。気にするな、このくらいのことで。じゃあ、またな!」


 グレインはそれで軽く手を振り、実に彼らしく明るい調子で出て行った。



 そんなグレインを、精一杯の笑顔でカルロスは見送ると。ふと俯き急に気鬱になり、思わず呆れ顔にこう零してしまう。


「ふ……また、戦争かね」



 カルロスはつい十日前に自分が引き起こした事件を、そこで再び思い起こしていた──。




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