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《第一章【カンタロスの女神】》 -3-



 ※『アヴァイン人称』変更済み。



 不思議な取り合わせで、自分はこの戦争が始まる三年ほど前に軍人となり。カルロス技師長の研究も、そこまでで打ち切りとなっていたが。結果としてそれが、次に繋がる機会を生み出していた。


「父親が死に、金もなく、生活が困窮しているんだ。仕方がないさ」


 当時はそうした思いが強く、肩を竦め、よく飽きもせず溜息ばかりをつき残念がっていたものだが……。


 そうして第一次南部戦争を経て、これが二度目の参戦となる。人手不足が功を奏して、なんと幸運にもフォスター将軍配下として小隊の指揮を任されて挑むことに決まったのだから、人生ってやつは最後まで油断が出来ないものだね。



 つまり、出世のチャンスは向こうの方から勝手にやってきた。



 そのチャンスにいち早く気づき、それを掴むも逃すも、その者の力量次第となる訳だが……どうやら幸いにも自分は運が良かったらしい。

 僅か一年と経たぬ内に、意外なほど脆くも北部連合カルメシアは瓦解、滅亡の道を辿る。こうして共和制キルバレスは、大陸北部全域を新たな支配下に治め平定したのだ。


 《共和制キルバレス全盛時代》は、こうして頂点を極めるに至る。


 そして一旦は辞めていたカルロス技師長の研究を、自分は再びこうやって密かに始めている。時間が少しだけ取れるようになったし、少数ながら人を動かせる立場にもなれたからね。それで今ではカルロス技師長周辺の情報を部下に集めさせている。


 もちろん、部下たちには適当な別の理由をつけてね。ハハ♪ 


 そうした中、つい先月、早速とばかりに部下から急報が入って来た。

 しかもその内容には驚かされる。

 国民の多くが、そうした時代の到来に酔い浮かれる中……カルロス技師長の心中など理解もせず。失意の面持ちで最高評議会議事堂パレスハレス内を歩く技師長に対し、部下からの報告によれば一人の美しき女性記者がこの日、この様に問い詰めていたそうだ。



「カルロス技師長! また戦争が始まる、というのは本当でしょうか!? 自然を壊し、人を殺し、それで更に何を得ようというのか――コメント願います!」


 実は丁度この日、最高評議会内で再び。南東部への侵攻に関する軍事的な議題が持ち上がっていた。まだ表には出ていない情報である筈なのに、この女性記者は驚くほどに耳が早い。


 更に、以前発見し研究開発した《コークス》の採掘は、多くの山を切り拓き、燃やし、自然を破壊する行為であるとして。近年になって急速に、社会問題化していた案件だった。


 その時カルロス技師長の目の前に居る女性記者は、この問題に於ける急先鋒としてジャーナリストの間では注目と脚光を浴びる人物の一人であった。


 その名前を聞いて、直ぐにピンときたからね。


 部下からの報告によると、その表情も実に、カルロス技師長の失言もしくは記事になるコメントを得ようと実に意気揚々としたものであった、とのことだ。

 叶うものなら、自分も直にその様子を観てみたかったものだよ。

 技師長はそんな彼女を見つめ、ため息と共に肩を竦め見せ口を開いたのだという。



「いや。ワシは……。ワシはただのぅ、君たちが住みよく生活する為に……。そして、誰しもが同じ条件で出来得る限り幸せになってほしいが為に。これまで多くのモノを犠牲にして、生きて来たつもりじゃよ。他意はない」

「なにを自分に都合のいいことを……後悔くらい、カルロス技師長。アナタにだってあるでしょう? 違いますか」



 その女性の態度はまるで『これこそが唯一の正論である』とでも言いたげな、それで。技師長のこれまでの人生をまるで何一つ認めることもなく、全否定するかのような印象を与えるものであったそうだ。


 『力ある者に敢えて挑む』この頃のキルバレス国内では、こうした傾向がまるで流行ごとのようによく見受けられていた。今カルロス技師長の目の前に立つ、若く美しき見目の女性もまた、そうした流行の渦の中にただ身を寄せる者の一人に過ぎないのだろう……。


 そんな凄然として眼冷ややかな彼女の態度が、この時のカルロス技師長の心情をたちまち激高させてゆく。そしてそれこそが彼女の望む展開であった模様だ。


 研究者としてのカルロス技師長は優秀かも知れないが、ジャーナリズムに疎い技師長など、この時の彼女からすれば、実に扱いの良い道化でしかなかったのだろうさ。

 余り認めたくはないが、一流の言論者としては、自分の感情をコントロール出来なければ途端に負けで敗者となるのが常だからね。

 しかしそれでもこの時の技師長は、ただただその時に感じた直情的な思いもそのままに、これまで自分が信じ歩み生きて来た道を実に簡素なほど簡潔に、まるで迷いもなくその相手である女性に対し強くぶつけていたのだと聞く。



「後悔? それに対しては、後悔など、何もないな」

「後悔が、無い? この国は再び、自然を破壊そうとし。侵略により、更に国土を無用に広げている。その為に犠牲となる人々……なのにアナタは、その当事者でありながら『後悔が無い』というのですか?

腐っていますね。アナタたちは」


「──!!」



 その後、カルロス技師長は感情に任せ。上から目線さながらにそう言い切った女性に対し、吠え・叫び・懸命に自分の思いを訴えながら。気が付けば首根っこから相手を掴み上げ、押し倒し殴り掛かろうとさえしていたのだという。

 そんな技師長を、周りに居た《科学者会》の者や評議会議員・警備関係者など十数名が驚き一斉に取り押さえ、事件は終わる──。



 技師長はその後、最高評議会での議決により。三年間の謹慎処分となった。



 カルロス技師長は当事者として責務を果たそうと心に決め、この現状の改善に努力しようと努めていたらしい。だが、《科学者会》や《最高評議会》はそんな彼を謹慎処分とすることで、世間からの風を少しでも和らげようと考えたようだ。


 何の彼の言っても、技師長はこの国にとっては功労者であることに変わりは無い。そうした配慮からなのかもしれないが……。


 そんな技師長の元へ、一人の男が数日前、技師長が居る研究室へと訪ねていた。

 謹慎処分とはなったが、ここで研究を続けていく分には構わない、という特例があったからだ。評議会としては、それでも彼の能力だけは必要と考えての判断だったのだろうね。カルロス技師長もまた、その様な国の都合をひょうひょうと上手いこと利用していた。


 実に大した御方だよ。


 部下からの報告によると、訪ねて来たのは同じ《科学者会》元老員の一人であるグレイン・バルチス技師だということだ。カルロス技師長と同じく五十七歳にもなる御方だ。

 科学者会でカルロス技師長に代わり多く代弁し、実務的にも最高評議会議場内にてその存在感は絶大で、彼は技師長と並び、この国で影響力のある大人物の一人であった。



「やあ、カルロス。少しいいかな?」


 満面の笑みでそう言った彼は、カルロス技師長とは古くからの知り合いだとも聞いている。そして技師長と気持ちを同じくし、実に信頼のおける科学者会でも数少ない友の一人なのだそうだ。


「グレインか。ああ、もちろんだよ。今、コーヒーでも淹れよう」


 カルロス技師長はその友人を快く迎え入れた。

 そしてその後……研究室内でどの様な会話がなされたのかまでは、自分にも解らない。実に残念なことだけどね。


 まあそういう訳で、またの機会があればこの自分に付き合って頂けたらと思う。それまでの間、しばし筆を置くことにしよう。



  ◇ ◇ ◇



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