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《第一章【カンタロスの女神】》 -2-


 ※『アヴァイン人称』置き換え済み。



 この頃のキルバレスは、まだ小さな都市国家の一つに過ぎなかったらしいが。その急速な発展振りは、実に目覚ましいものがあったのだという。


 もちろん自分はまだこの時、生まれてもいない。


 そんな中、彼カルロス技師長が次々と生み出した軽くて丈夫な農機具は、この都市国家の国力を上げ。光無き所に光を生み出した新たな《コークス》という名のエネルギー源の発見とその力は、この国をより豊かにし、生産力をも上げてゆく。


 やがて軽くて丈夫だった農機具は、軽くて丈夫な《剣》と《盾》にその姿を変え。一つの小さな都市国家に過ぎなかったキルバレスは、そうして周辺諸国をもたちまちの内にその武力によって呑み込んでゆき。その名も《共和制キルバレス》と改め、大国の一員となり肩を並べるに至る。



 この時――カルロス三十六歳。



 彼カルロス技師長が《建国の祖》と呼ばれる所以(ゆえん)は、ここまでの功績にあったのだという。

 でも技師長は、最高評議会内での発言でこんなことも言っている。

『国の力が増せば、自分たちの生活は守られる。しかし過度な力は時として、使い方を誤り、結果として危険を呼び覚ます場合もある……』

 周辺国との商圏的摩擦、軍事力を背景とした強硬なる外交政策の末に巻き起こる小競り合い。そうして間もなく、《第一次・北部戦争》が勃発した。


 カナンサリファ、コーデリア国との八年もの長きに渡る戦争の幕開けで、これが共和制キルバレスとしては初めて体験する大戦であった。

 もしかするとカルロス技師長は独り、この可能性にいち早く気づき、そのことを懸念しての発言だったのかもしれない。


 そうした国の大事となるこの時期に何を考えたのか、うちの両親は結婚をし。自分はこの三年後に生まれた。そしてその二年後に、流行病で母は倒れ、そのまま他界する。父はそれでしばらく荒れていたと聞くが。息子である自分を立派な子に育てるが為、「懸命になって働いたんだぞ!」と本人は自慢げにいう……いつも笑いながらだったから、実に疑わしい限りなんだけどね?


 そうした中、激闘の末。この二大国に対し、キルバレスは勝利し勢力下に置いた。


 多くの血を流し、戦争に対し否定的な意見も出る中。しかし当時の人々はその勝利後の甘美な美酒・経済的豊かさの前に心は揺れ動き、遂にはその利益の前に心は屈し、『他人のことぞ』とばかりに見て知らぬふりをして利だけを得ていた、というのが自分の父親の口癖で、見解だったのをよく覚えている。



「いいかぁ、アヴァイン。そうした生き方をした者は、いつか痛い目に遭うからな。よく覚えておけよ」

「え? ……意味わかんないよ、父さん。それ、どういう意味さ?」


「ハハ。意味なんてモンはな、まだ解らなくていいんだ。大事なのはな、道理だ」

「どう……り?」


「物事の本質を見抜く、力のことだよ!」



 父はたまに思いつきで変わったことを言う人だったが、何故かこの時の会話だけは鮮明に今でもよく覚えている。この時に限って、珍しくまともそうなことを言っていた気がするので、それで不思議と記憶に残っていたのかもしれないけどね?


 もっとも、当時の自分には今ひとつ理解できず、ただただ肩を竦めながら首を傾げるばかりだったのだが。


 それから僅か二年後、意外な形で第二次・北部戦争は勃発する。

 これが冒頭でも語った《北部連合カルメシア》との戦いだ。父の予言は、ある意味で的中したと言える。


 でも、キルバレスとしてはこの戦争に対し国内外に示す大義名文があったのだという。端からこちら側に対して敵意むき出しに組織化されたカルメシア連合へ対する宣戦布告には、共和制キルバレスの最高評議会内で賛成多数により即日・可決されていたからだ。

 その後、メルキア国陥落後に締結される[休戦協定]まで六年もの長き年月がかかる。同時にその間、多くの血が流れ続けた。


 結果だけでみれば、キルバレスの大勝利となる。


 が、自分の父からすれば『これは最悪の中に唯一残されていた、名も無き小さな《幸い》という名の花を摘んでくれた結果だよ!』という。

 現地で比類無き功績を上げ続けていたフォスター将軍の取り計らいにより、一部では泥沼化すると囁かれていた北部との戦争が、奇跡的停戦交渉の末に、終わりを告げたからだ。だから自分の父親は、知らない人が聞けば呆れるほどにフォスター将軍を必要以上に褒め称える。



「彼は軍人でありながらも、《命の重み》というものが実によく解る名将の器だよ!」と。



 自分にとってかけがえのない妻を失って間もない父からすれば、他人の命も自分の命と同様に分け隔て無く重いものとして切実に感じていたのかもしれない。今となっては、そのことを確認する術はないが。もしかすると……と、そう信じ。今ではそんな父を誇りにすら感じている。



 意外な話であるが、カルロス技師長が最高評議会で発言したとされる議事録を指でなぞり辿りゆくと。不思議なほど、自分の父とカルロス技師長はこの時、呆れるほど似たような見解をしめしている。


 技師長が明らかに血を嫌っていたと思われる貴重な資料だ。


 カルロス技師長は自らの父親が存命中、その父の為にと真摯に研究を重ね務め。父を亡くしてから以後は、国の為、民・皆の為にと思い、寝る間も惜しんで懸命に働き。『人々が少しでも暖かで豊かな生活を送ってくれたら、それだけでよい』と語り、それまでよりも更に多い数々の発明品を世に送り出し続けていたことが記されている。


 恐らくは、『どの国の誰に対して』という限定したことでは決してなかったのだろう。ただただ人々の笑顔を心の中に思い描き浮かべながらの事だったと思われる。


 自分は未だに技師長と直接お会いしたことはないが、資料の中にあるカルロス技師長という人物像はまさに、そういう御方だと感じられる。

 それ故に、そうして生きてきたカルロス技師長にとってみれば『大陸のほぼ全域を制圧する』というこの歴史的大偉業を成し遂げ果たしたこの結末は。しかし皮肉にしか思えない世の流れだったのかもしれない。そう推測できるからだ。


 事実、

『多くの犠牲の上に、この大偉業は成し得たのではないか?』


そう最高評議会内で技師長が語ったこの発言は、物議を醸し出したのだという。

これを期に、共和制キルバレスでの技師長の立場は大きく揺らぎ始めた。そして自分はこれを期に、カルロス技師長という人の存在を知り、興味本位から今のこの研究を始める切欠となっていった。


 そんなカルロス技師長のことをよく知らず、無闇に褒め称える者。

 また逆に、彼のことを同じく知らず、無闇に非難する者も同時に居たが。それらのことに対しても、技師長は不思議なほど何一つコメントを返す様な真似はしなかった。



 実に変わった方だといえる。



 ただ淡々と……それでも自分に与えられた職務を黙々と真摯に全うする、それのみである。

 現・《科学者会》代表・元老院などという肩書きは、まるで欲のないそんな彼カルロス技師長に対し周りの者達が勝手に彼に与えた評価なのではないだろうか……。自分にはそう思えてしまう。これ程までに影響力がありながらも、自分個人に対しては余りにも欲というものが垣間見えない。まるで彼は聖人君主のそれである、と。


 いや、欲がなさそうに見える技師長にも、人としての欲はあったのだろう。


 周辺諸国の中で唯一残されていた大国・北部連合カルメシアとの戦いに勝利したキルバレスにとって、これからの時代は何よりも《安定》こそが最も国益に適う筈である。と、カルロス技師長はそう思い、そう願い信じてきたようだ。


 度々、最高評議会内でそうした発言がされていたからだ。


 しかし……依然として共和制キルバレスが支配する大陸西中央・南部地域からやや離れた北部にて君臨し続けている《北部連合カルメシア》の影響力に対し、最高評議会議事堂パレスハレス議会場内で発するカルロス技師長の反対意見など、嘲笑の内に打ち消し無視され。共和制キルバレスの最高評議会はカルメシアに対し、再び、宣戦布告が正式可決される。



 第三次・北部戦争の勃発であった。




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