《第二章【アクト=ファリアナの心友】》 -6-
これは驚いたなぁ~。それならば今の内に、リリア様のことについて色々と聞けるかもしれないぞ。
アヴァインはそう思い、ケイリングを窓際へと誘った。その方が、周りを気にせずに落ち着いて話も出来ると思ったからだ。
するとケイリングは何を勘違いしたのか、周りをキョロキョロと伺い見て、ニコニコと嬉しそうにしてついてくる。
よく分からない娘だなぁ……つくづく。
「で、なに? なに!?」
窓際に着くや否や、ケイリングが目を輝かせてそう聞いてきたのだ。
何を一体、期待してんだろうね?
「リリア様って、どんな娘?」
そう聞くと、ケイリングはたちまち、なんだか急につまらなそうな顔をして窓の外を見つめ、
「いい娘よ。美人だし」
と急に素っ気なく、どうでもいいように言う。
「良い娘……それだけ?」
「優しいし、健気だし、大人しい娘」
「へぇー♪」
少なくとも、ケイリングとは全然違うタイプの娘みたいだ。よかった。それにしても……。
「そういえばさ。そのリリア様が、なかなかお出でにならないんだけど。どうしてか、知ってる?」
「……」
そんなことを問うアヴァインを、ケイリングは呆れ顔に見つめてきた。
「……あなた、見た所。ここの指揮官クラスのクセに、そういうことには物凄く疎いのね?」
「ていうと?」
「もし、仮によ。リリアが初めっからこの会場に居て、他の男の人から声を掛けられたら、あなたはどうする気? その相手に、決闘でも申し込むの?」
「あ……」
そういうことか。
「初めからこうして、私みたいに会場に居る若い子たちは、みんな。相手がまだ決まってないからなのよ。この意味、あなたにわかる?
リリアみたいに初めから相手が決まっている娘は、このあとこの会場が盛り上がってからようやく登場するものなのよ」
それでか……長官が何度も『とにかく、リリア様を見掛けたら、直ぐに声を掛け、誘うんだぞ!』と言っていたのは……。そういう舞台裏の事情なんてよく知らなかったから、単純に〝気付いたら声をかければいい〟くらいに思っていたけど。
これは意外にも、責任重大だなぁ~。
取りあえず、会場を見回したが、まだリリア様らしき人は見当たらなかった。
「……まだ全然、大丈夫よ。心配しなくても。リリアが出てくるのは、まだ1時間くらい先なんだから。
そもそもがまだ始まって1時間も経っていないのよ。他の若い娘たちの都合だってあるんだし。あなたももう暫くは、のんびりとこの場の雰囲気を楽しんでいたら良いわよ」
そういうとケイリングは会場の方を向いて、虚ろな瞳でその中の様子を遠目に見つめている。
どうもそう言ってる割には、全くケイリング本人はこの場に興味がなさそうな雰囲気なんだが。
アヴァインは少しだけ気になったので聞いた。
「今の話からするとさ。お前も、相手がまだ居ないんだろう?
相手を探しに行かなくてもいいのかぁ?」
そう言うとケイリングは、急にキッ!とこっちを見上げてきた。
一体なんだよ??
「〝お前〟ってなによ?
私には、ケイリングって名前がちゃんとあるのよ!
大体さ! 初めは〝ケイリング様〟って、〝様〟付けにしてたクセに。どうして今は、〝お前〟扱いな訳ッ?! ねぇー!」
「あ……ごめん。
じゃなかった、申し訳ありませんでした! ケイリング様」
「………」
ケイリングはそこで、深~く長~い吐息をついた。
「ケイで、もういいわよ。『様』も要らない。今更、なんだってのよ……ばっかみたい…」
ば、ばかみたいってなぁー! 言い換えろ、って先に言ったのはそっちじゃないかぁー!
「リリアからいつも、『ケイ』って呼ばれてるの。だからあなたも、そう呼んで
よ。これからは」
「別にいいけど、さ……いいのかぁ? それで」
「けどもヘチマも、あなた。リリアと一緒になるつもりなんでしょう?
だったら今後、私との交流だって普通になってくるのよ。今の内から慣れといても、損はない筈でしょう? 違う?」
目を瞑って、淡々とケイリングはそう言うと。アヴァインを横目で真剣に見上げてきた。
言われてみると、確かにそうだし。今度の奴は真面目で本当らしい。
「わかったよ、ケイ」
それを受けて、ケイリングは軽く微笑んでくる。
意外にもその表情からは可愛さを感じたのだから、不思議なものだよ。
「それはそうと、アヴァイン。
あなたはこの結婚を、どんな気持ちで受けたの?」
「どんな、って……」
それは、ルナ様を守る為にだ、なんて言える訳がない。
「肖像画を見て、綺麗な人だなぁー……って思って。それでかなぁ?」
「……たったの、それだけぇ?」
「うん」
少なくともこの部分については、本当だからなぁ~。
ケイリングはそれを聞いて、吐息をつくと。
「なら……まだ可能性はあるのかな……」と小さく呟いている。
可能性って、なんのことだ??
bそうこう思っていると、急にケイリングはアヴァインの左腕に頭をそっと乗せて来た。
『ちょっ!?』と思い、アヴァインは左腕を退けた。するとなんだかこちらをムッとした表情で見つめ、そらから次は体の方へとケイリングは頭を軽くコツンと乗せてくる。本人はまるで悪気はないみたいだけど、知らない者が見たら勘違いされちゃいそうだ。
アヴァインは黙って『グイッ!』と、ケイリングの頭を元の位置くらいにまで押し戻した。
そのアヴァインの対応に、ケイリングはたちまち不愉快そうな表情を見せる。
「なにもそんな、毛嫌ったことすることないでしょうーッ!!」
「毛嫌うとか、そういうコトじゃなくって。知らない人が見たら、勘違いしちゃうだろう!」
それを聞いて、ケイリングはハッとし納得顔を見せた。
「あ……それもそっか。つい……思わずのことよ。気にしないで」
「気にするよ、流石に今のは『もしかして自分に、気があるのか?』と、勘違いしそうだったよ」
「――!? そ、そんな訳ないでしょー!!」
「ああ、分かっているよ。だから安心して」
ケイリングは頬を真っ赤に染めそう言ったあと、アヴァインのその言葉を聞くなり、急に元気をなくし俯く。
本当にわからない娘だなぁー……?
そうこう思っていると、ケイリングはこちらを盗み見るように見つめたあと。再び目線を下げ、聞いてくる。
「アヴァインってさ……本気で人を好きになったコトって、無いの? そういうのに疎い方?」
また、唐突なことを聞いてくるものだなぁ。でもそこは、そういう年頃なんだろうから仕方がないのか?
「ん~……あることには、ある、かな?」
それを聞いて、ケイリングは驚いた顔をし、聞いてくる。
「だったらどうして、その人と結婚しなかったの?! しようとしないのよッ??」
「無理だからだよ」
ルナ様には既に、フォスター将軍が居る。シャリル様という娘も居るのだ。なのに、どうしろと言うんだよ。
無茶だ。
「どうしてそう簡単に、無理だなんて言えるの? 一度くらい、告白してみたの?」
「してないし、出来ない相手なの」
所詮、世間知らずで子供なケイリングに話しても理解してもらえない事情だ。そもそも他人に、話せるような内容じゃないしね。
「出来ないって、どういうことよ? どうしてさ??」
「複雑な理由があるの。大人のね」
「複雑、ってどんなよ? 大人の、ってなによ???」
「複雑は、ふくざつなの」
これはキリがなさそうだ。更になにかを言おうとするケイリングの口辺りを軽く手で押さえ、アヴァインは吐息をつき、言った。
「この話は、もうこのくらいにしてくれないか? ケイ」
「ん、ぅん……」
空気を読んだのか。それでケイリングの質問攻めはようやく止まった。
「それで……その人とはさぁ……手ぐらい、握ったの?」
「…………」
いや、ぜんぜん止まってなかった。誰かコイツ、なんとかしてくれッ!!
「もしかして、そのぅ~……〝もっと〟とか?」
お、おいおぃ……。もっと、って何を? そんなことルナ様に出来る訳が無い。
「因みにさ! その人、今この近くに居たりしない?? 直ぐそばに、とか??」
「え……ここに?」
おそらくは来てないだろうと思うが……アヴァインは念のため、会場内を見回し、ルナ様を探し始めた。
すると、そんなアヴァインの様子を見て……ケイリングは間もなく、寂しげに深い吐息をつき。
「……もう、いいよ。いいから」
と言った。
なんだよ、それ? 訳わかんねぇ──っ!!
それから間もなくのことだ。会場が一気に、わあ──っと、どよめき出した。
パレスハレス4階のこの会場内へと、真新しい豪奢なドレスに身を包んだ女性たちが次々と現れ始めたからだ。それに合せ、演奏も晴れやかなものへと変わる。
その中には、リリアの姿もあった。
見るからに可憐で、優しそうな人だ。
しかし、それらの様子をケイリングはどこか寂しげに見つめ。次に軽く微笑み、アヴァインの方へ振り返りながら言った。
「……アヴァイン。ホラ、来たわよ」
「うん」
ケイリングに促され、アヴァインは戦場へと向かう一兵卒であるかのように、リリアを緊張した面持ちで改めて確かめ見つめていた。
その娘は、肖像画以上に、とても美しかった。まさに令嬢といった面持ちで、正直、自分と釣り合うとは思えないほどだったのだ。
アヴァインはここに来て、更に緊張をし。今更ながらにドキドキとしてきた。体もギクシャクになり、とにかく行くしかない! 行かねばならない! もう泣きそうだけど! と思い思いに生唾をゴクリと飲み込み。一歩一歩、リリアへと向かい近づいてゆく。
そしてそんなアヴァインを、ケイリングは吐息をついて送り出していた。だけどそれはもう、そこまでで。それまでとは一転したかのように、ケイリングは応援する気持ちで、そんな二人を気合の入った様子で見つめるのだった。
そう……今は何よりも、友人の幸せを願おう! と、決めていたからである。




