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《第一章【カンタロスの女神】》 -26-

 そう思うカルロスの隣に居た女神が、急に寂し気な表情を見せ始める。


 なぜか?と思い、女神が見つめる方向を共に、遠くに見つめる。と……そこには!



 左側に評議員を現す『人』、右側に科学者会を表す『本』、そして中央に『盾』と『剣』というキルバレス軍の国旗を掲げた兵士らが姿を現し始め。やがて、にやけた表情を見せるワイゼル・スワート将軍率いる大軍勢が現れたのだ。



 そんなワイゼル・スワートの元へ、一人の少女が花を摘み、それへと駆け寄り笑顔で渡そうとする。


 ――が、ワイゼルめはそれを鼻で笑ったかと思うと間もなく切り捨ておった!? 


 それを合図にでもしていたかのように、他のワイゼル将軍に従う兵士らも近くの民を途端に追いかけ始め、切り殺し。それを見た元・キルバレスの兵士たちは慌て、使うことなく一度は捨てていた錆びつきのある剣を、その大地から渾身の思いで引き抜き。ワイゼル将軍が率いる大軍勢へと向かい、無謀にも捨て身の覚悟で立ち向かいゆく――!




 なんということじゃ……なんという。




 それらの様子をみて、その場に居た過去の女神の表情が(たちま)ち一変し。女神らしくもない険しくも厳しい表情を見せ、自ら急ぎワイゼル軍へと向かいゆく。


 それに併せ、女神に従う四名の精霊らが円陣を作り何かを召喚し始めていた。


 それはまるで、この大地の中の精気と大気から生み出しておるかのようであった……。


 やがてその四精霊たちが取り囲む中央から青白き光と共に、白銀の体を持った毛もなき《人狼のような獣》が姿を現し始め、それから何か悲しげな……それでいて怒りに満ち溢れた激しい咆哮を叫ぶかのように上げる。


 

  ──クゥオオオオオオオオオォオオオォオオ──ンッ!!



 白銀の体を持つその人狼らしき獣は、ワイゼル軍へと牙をむいて向かいゆく。そして周りは一気に、真っ赤な血で染まり始めた……。


 それはもう、悪夢だとしか思えない一連の光景であった。



 なんという愚かななことをしてくれるのじゃ……ワイゼルよ!



 カルロスはそこへと向かい、あのワイゼルめを叱りつけようと決め、走り始めようとする。


 が――……次の瞬間、周りは再び真っ白に感じるほどの光に包まれ始め。カルロスはふいをつかれ、慌てて両目を腕で庇う。


 そして気がつけば……元の暗い洞窟の中へと引き戻されていた──。



 まるで何か大事なものを遠くに置き去りにして来てしまったような喪失めいた思いを、今のカルロスは辛くも感じてしまう。しかし考えてみるとそうであった、先ほどまでの光景は全て過去の出来事なのだ……今さら止めに行ったところで、何ひとつ変わりはしない。


 そう残念に思うカルロスの隣には、ただただ悲しげな表情を未だに見せ続ける女神が佇んでいる。


 その瞳からは、次の瞬間、黄金色に輝く彼女の涙の粒が溢れ零れ下へポロリポロリと幾つも落としていた。



 恐らくは、その後に起きた悲しい出来事を、今になって思い出してしまったのではないだろうか……? 



 カルロスが思っていた以上に人間味のある様子を、この女神はその高貴なまでの気風を持ち合わせながらも、隠すことなく見せつけてくれていた。


 それにしても、未だにカルロスにはまだ解らぬことが、一つだけある。



「なぜ……このワシに、今の記憶を見せたのだね?」


 カルロスは思っていたその疑問を素直にぶつけ、聞いてみたのだ。


 女神はそれを受け、こちらを向き微笑むとこう言い放った。


『あなたになら、きっと分かって頂けると思ったからですよ、カルロス」



 何をだというのだ……。



 あの愚かしい、ワイゼルめが率いるキルバレス軍の横暴振り。それを見たあとでは、女神が立ち塞がるその向こう側のボタンを押すのは、もはや使命であるかの様にすら思えてしまう。


 今ならばあのグレインの気持ちも、痛いほどによく分かる。



「ああ……分かっておる。全ては、そのボタンを押せば済むことよ!」


 カルロスはそう言い、そのボタンを押すために女神の傍まで近づいてゆく。


 だが、女神はそこから離れようとしなかった。


「……どきなされよ。これがお前さんの望みなのであろう……?

周りくどいことなどせんでも、ワシは始めから、これを押す覚悟であった。心配することはない」


 しかしそれでも、女神はその場を離れようとはせず。ただただ残念そうな表情をこちらへ向けてくる。



 なぜだ?



『カルロス……あなたはもう、先ほどの思いを忘れてしまわれたのですか……?』


「先ほど……」



 なんのことじゃ? 何を言いたい!?



『問題は……例え時間が掛かろうとも、彼ら自らの手によって解決してゆくのですよ、カルロス。

既に当地に居る彼らには、余りある連鎖的業を与えてあります。もうこの件はすでに終わったのですよ、カルロス。

彼らはこのあと長き時をかけ、その辛さの中からいつしか悟りを開き、きっと掛け替えのない答えを導きだしてゆくことでしょう。

ですからカルロス、なにもアナタがこれ以上の苦しみを自ら背負うことはないのです。そして関係もない人々を無闇に巻き込み、無用な苦しみを与えるのは……愚かな行為だとは思えませんか?』


「あ……あぁ……」



 そうか、そうであったか……あれは、そういうこと。そういう意味であったのか……。



〝問題〟と認識するは。本来、その置かれた現状ではなく。人の心の中にある一つの、一片の可能性と偏った正義心、《それら思い込み》がそう見せつけていたに過ぎない……。

目に見え現れた結果に対する賛否すらも、その種からなる《一片の可能性の一つに過ぎない》のだ。


その一片の可能性が結果として、時代に合わない間違いであったと判定されたとしても。やり直しなど幾らでも出来る。数々の可能性を生み出し改善してゆく意欲と選び選択する自由と意思が人それぞれに有りさえすれば、例え時間は掛かろうとも、共和制の精神によって自ら自浄能力のようなモノが働き、偏った軌道をバランス良く修正してくれるだろう。


少なくとも、行き過ぎた自分の中の狭い可能性から見出した偏りの多い正義心などに、人々を強権に惑わせ巻き込み、他方を認めず一方向へのみ流すよりも。遥かに、健全な事のように思える……。



 カルロスは再び、自らが吐いたその言葉と精神的意味合いを思い出し、何とも恥じながらその手を静かに引いた。


 確かにこの時、思い込みと強権なまでに偏った思考が結果として今のような暴力的行動へと向かわせていた。身を引いてよくよく考えてみると、なるほどという気がするわい。


 つまり女神は、これを押そうとしたこのワシを止める為だけにその姿を現していた、ということなのだろう。

 このボタンを押すということは、先ほどワシが吐いた自らの考えや思いを否定するような行為に等しいからのぅ。



「しかし……それであなたは本当に、満足なのかね? 女神よ」


『……』


「あなたの民は、我々キルバレスの者から……」


『あの地の民は、既に避難させました。ですから、もう大丈夫なのですよ。カルロス』


「……」


 そう遮るようにして言った女神が今みせる笑顔は、しかしどこか寂しさを感じさせるものだった。


「……そうかね」



 だがカルロスはもうこれ以上、追及するのは止めることに決める。


 おそらくは彼女もまた、辛いのだろう……。そう感じたからだ。しかしそうでもしなければ、戦いの連鎖は途切れも無く続いてしまうこととなるだろう。


 そのことを誰よりも彼女はよく解っている。


 女神はしばし俯き、それから遠目にこの暗い洞窟の中へと僅かに光が差し当たる場所を見つめていた。その姿からはまた再び、何やら寂しさのようなものがふと感じられた。


 それというのも今のカルロスもまた、彼女と同じ心境であったからなのかもしれない。



「女神よ……あなたはこれから先、どうなされるのかね?」


 そのカルロスの一つの質問に対し、女神はやはりそこで一つ……優しげに微笑むと、静かにその姿を消していった──。


「ハッハ! そうさな。それが一番、良いのかもしれぬのぅ。

実に良い、鮮やかで見事な答えだわい! 流石は、女神さまよ……」



 カルロスはこの時、科学者会の元老員であり技師長であり続けることへの執着心を完全に捨てた。


 自らがやりたいことを続けることに拘り、それをもっとも幸いなこととし、保守的にも結局はそれを守るが為だけにやるべきことを何もしないことにより結果もたらされてしまった現実というモノの愚かさを知ったからだ。


 これこそが今カルロスが得た、一つの悟りというモノである気がしている。



「ああ……ワシは今、決めたよ。グレイン。今さらなのかも知れんがなぁ、このワシの決意を天から見守っていてくれよ」


 それは、グレインがやり残したせめてもの願いを遂げさせてやることだ。



 つまりは……パーラースワートロームからの、キルバレス軍の《全軍撤退》であった。



 カルロスは決意に満ちた表情を見せ、再び石版を遠目に見つめながら深く思案に耽る――。




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