《第一章【カンタロスの女神】》 -25-
カルロスは改めてその事を理解した。
そうなのだ。グレインは現実にはもう居ない……今、目の前に居るグレインは彼女が言う通り、この地が残した記憶に過ぎないのであろう。
しかしそれでもカルロスは今となってはただただ懐かしい親友であるグレインの傍へと急ぎ行き、そこでふっと笑み、それからそれを覗き込んだ。
何を書いているのかと思えばあの二通目の手紙ではないか。
「なつかしいのぅ……」
そうか……グレイン、お前はここでこうやってあの手紙を書いておったのじゃな。
そしてその過去の中に居る女神はそんなグレインの手を引っ張っては『ここから見える夕日は美しいから♪』とそれを見せ、虹が出たかと思えば直ぐにグレインに声を掛け、この地の素晴らしい景色や色々なものを彼に見せ回っていた。
そんな時々の景色に見とれ、驚いた顔を度々見せる彼グレインの顔や喜ぶ表情を見ては、そこに居る女神もまた嬉しそうにしてクスクスと愉しげに笑っていたのだ。
ハハ! 思いがけず、何ともイタズラ心のある女神さまよ。
そしてそんな無邪気な女神を見てグレインもまた同じ様に嬉しそうな満たされた表情を向けている。
実に、幸せそうだわい。
その過去の光景を……隣で佇む女神は本当に懐かしそうにして隣で見つめ続けている。
そうか……グレイン、ようやくこのワシにも合点がいった。ああ、よく解ったわい。お前がこの地で本当は何を守ろうとしていたのか今、その理由がこの女神と居て解った気がするよ。
君はきっとこの女神を守りたかったのではないのかね……?
違うか? そうなのだろう?
カルロスがそう思っていると場は急に再び真っ白な光の中へと戻り、それでカルロスは何事かと驚きふと隣の女神を横目に見る。すると隣では女神がその時の瞬間だけまるで後悔しているかの様に悲しげな表情を浮かべている。
一体……なぜ?
そう思っている間にも再び周りの風景は一変し、次に女神が見せてくれたのは、ディベルハウスト・アルバルトロスとバーバーラ・カランとの結婚式であった。
そしてその二人の間に子が生まれ、それを皆で祝う人々の姿。皆ここでは実に幸せそうで、グレインもまた同じくそれまでには見せたこともないほどの笑顔を沢山浮かべ過ごしている。
「ここは確かに……グレインが申した通り、素晴らしい所であるようだのぅ……」
カルロスはそれらの光景を眺めるうちに、気がつけばふとそう零していた。
隣に居た女神はそれを受け、懐かしむ顔を改めこちらを向き微笑み返してくる。
『ええ……それはこの私にとって、とても励みの多い言葉だと思いますよ、カルロス。《素晴らしい》とは、人と人の心の中に共感を与え、繋がりの大切さを多くの人に働きかけてくれる言葉なのです。
「素敵だ」「凄い」「完璧だ」
それらの言葉も全て、きっと同じ効果をもたらすモノなのでしょう……。
ただ……それだけに、扱い方だけは間違えないで欲しいのです、カルロス。
過ぎた言霊を持つ力は時として、凶暴なモノに変わることもあるのですから……。時にそれが人を暴力的なものへと向かわせてゆく原動力にもなるということを――。
カルロス、あなたにならばその理由は既に、お分かりでしょう?』
「……」
ああ……それはきっと、あの事件のことを言っておるのだろう……。
ワシが三年間の謹慎処分となった『事件』。なぜかあの当時のことが鮮明なほど急に思い浮かばれる。今のこの時になってなぁ。
あれだけ忘れようと努力をし、努めていたというのにのぅ……。
『そしてカルロス、あなたが素晴らしいと感じてくださったこの世界にも実は問題はあります』
「問題……? まさか……」
これほどまでに満たされた民ばかりのこの地に、問題がある?
カルロスにはその問題が何であるのか見当もつかなかった。女神の勘違いだとしか思えないが……。
『いいえ、それは間違いなく「ある」のです。
しかしそうした問題は例え時間が掛かろうとも、彼ら自身の手によりその努力によって解決されてゆくべきものなのだと私は考えています。
いいえ、そう思うようにしたのです……』
「思うように……した? ではあなた自身はこれから先、手を出さないと……?」
『そうです──私はこれから先、遠くから見守るだけ……それをグレインとアナタ達から学んだ』
「見守る、だけ……? 学んだ??」
カルロスはしばらく目を閉じ、それがどう言うことなのかを考え続けた。我々から学んだというのなら身近などこかに答えが必ずある筈だ。
そしてふと……あることに思い当たる。
「なるほどのぅ……個人自身の頭で……個々それぞれの努力により……というコトかね? まさに我々キルバレスの民ですら忘れかけていた真の共和制の精神じゃなぁ、それは」
女神はそれを受け、ただただ静かに微笑みを浮かべ頷いている。
その短い女神との会話の間に、カルロスの中でなにか確かなものが備わった気がする。
「……ふむ。そうか、そうであったな。ようやく解って来たわい。いや……再び思い出すことが出来たように思えるよ……。
〝問題〟と認識するは本来、その置かれた現状ではなく。人の心の中にある一つの一片の可能性と偏った正義心、それら思い込みこそがそう見せつけていたに過ぎないのだということをなぁ……。
目に見え現れた結果に対する賛否すらも、その種からなる《一片の可能性の一つに過ぎない》のだということをのぅ……。
その一片の可能性が結果、例え間違いであったとしても、やり直しなど幾らでも出来る。それはつまり数々の可能性を生み出し改善してゆく意欲と選び選択する自由と意思が人それぞれに有りさえすれば、な。さすれば例え時間は掛かろうとも、共和制の精神が自ずと自浄能力のようなモノを働かせ、偏った軌道をバランス良く修正してくれるだろう。
ああ、そうじゃ……ワシもそう信じたいわい。
少なくとも行き過ぎた自分の中の狭い可能性から見出した偏りの多い正義心なんぞで人々を強権に惑わせ巻き込み一方向へ流すよりも、その方が遥かに健全な事のように思えるわい……」
パラ・フアームスイートはそんなカルロスの言葉を聞いて、何やら満足気に微笑んでいた、だが……。




