《第一章【カンタロスの女神】》 -19-
アヴァインの話によると、グレインはパーラースワートローム側へ寝返り戦って死んだそうだ。実にあの男らしくもない。あの男には到底似合いもしない形での最後に思えてしまう。その訃報を聞いた今でさえも、とても直ぐ信じる気にはなれぬほどだ。
「グレイン技師を手に掛けたワイゼル・スワート将軍は、ディステランテ・スワート評議員との繋がりがあるお方で、今回のパーラースワートロームへの進軍に対しましても慎重論を唱えるフォスター将軍を抑え込み強硬に進められた上、なんでも自ら先鋒役を駆って出たとか。
おそらくはその地の『利権欲しさ』故のことではなかったか、との噂でして………あのぅ~聞いてます?」
「ふむ……ディステランテかい」
あの男のような貪欲な野心家ならば、そのくらいは平然とやりそうなことだわい。
カルロスはそう感じた。
それにしてもグレイン……お前は何故そうまでして、あの国にこだわった……バカ者めが。命を張ってまでなにを守ろうなどと思ったのじゃ!
愚か者めが……。
「すまないがアヴァイン……私をしばらくの間、一人にさせてはくれんかのぅ?」
「はぁ……分かりました。では、これにて──」
アヴァインは少しだけ考える素振りを見せていたが、間もなく素直に出て行く。
その後カルロスは静寂な時をしばらくその場で一人過ごし続けた。そうやってただ目を瞑っていると、彼の中で改めてこれまでの様々な出来事が少しずつ整理されてゆき、ある一つの問いや答えを導き出しふと思い出される。
そういえばグレインは手紙の中で、次々にカルロスへパーラースワートロームの良さを伝えようとしていた気がする。それがなにを考えてのことだったのかは分からないし、あれは単なる手紙だった。
あぁ、実に彼らしい内容の物ばかりだったと思う。
いや、そういえば……。
カルロスはふと何かしら直感めいたものを感じ気づき、その気づきの答えを得ようと思い行動に出た。それは机の引き出しの中へ五ヶ月前にしまっていたグレイン技師からの最後の手紙。
カルロスはそれをおもむろに取り出し、ゆっくりと広げ深い吐息と共に改めて読み返すことにする。
グレインが何故そうまでして命を落としたのか? 何故そうせねばならなかったのか? その答えがもしかするとこの手紙の中に書かれてあるのではないか……そういう思いからだった。
〝最高評議会に掛け合い、パーラースワートロームへの侵攻をやめさせてくれ。
こんな事は君にくらいしか頼めないし、君でなければ今のキルバレスの勢いを止められる者など恐らくは居ないだろう。
だから頼む! お願いだ!〟
ああ、そうだ。
カルロスはこの部分を読みその時は思わず眉をひそめ、その行動を起こすのをつい躊躇してしまった。それでそのあとの手紙の内容などには余り目が行き届かなかった。
今になってそのことを思い出し、深い吐息と共に後悔の思いが増す。今さらかも知れないが改めてその内容をゆっくりと読み直してみることにする。
〝もしかするとこの手紙が君の元へ届く頃には、既に手遅れなのかもしれないがもしそれでもダメな場合はキルバレスの北部上流域にある《カンタロスの貯水池》へ行ってみてくれ。〟
「カンタロスの……貯水地?」
カルロスは引き続き、手紙を覗き込むようにして読む。
〝本来ならばこの私がやるべきことなのだが、いま私がこの地を離れる訳にはいかないんだ。
すまない! 本当に申し訳ないと思っている。だがその時には頼む! カンタロスの貯水池だ。その地でそれを見て、どうするかの判断は全て君に託たくすよ。
君ならばこの私などよりもきっと冷静にそこで良い決断が出来る筈だと私は信じている。そして本当に君にはそのことでも申し訳なく思っている。
それからなカルロス、これだけは最後に言わせてくれないか?
君との友情は、『永遠に忘れない』約束するよ。永遠にだ。
ハハ! なんとも私らしくもないコトを我ながら書いている気がしてならないがね?
ではなカルロス! 元気で居ろよ。
またもしも送れたら手紙をきっと出す。ではまたな!〟
「……グレイン。今さらなのかもしれんがのぅ……ワシもじゃ、君はこのワシにとって最高の……そしてこれから先も変わることなき永遠の友じゃよ…」
カルロスは涙目に感慨深くそう零し、手紙を机の上へそっと置く。
それにしてもカンタロスの……貯水地? そこに一体、何があるというのか……まだ一度も行ったことのない地だけに何ひとつ思い浮かばず想像すら出来ないが、カルロスはとにかくそのカンタロスの貯水池へ行ってみようとこの時に決意した。
◇ ◇ ◇
「はぁ……カンタロスの貯水池へ……ですかぁ?」
アヴァインにその事を頼むと、なんとも困った顔を見せこめかみを掻いておる。
まぁ仕方はあるまい、容易なことではないからの。
カンタロスの貯水池はここから上流域の北へ百キロも離れた所にある。この首都キルバレスにとって命ともいえる大水源だ。故に、誰でもが気軽に立ち入れるところではない。しかしカルロスほどの身分であれば本来なら、そう問題もなく入ることは可能であるが……しかし今の彼は生憎と謹慎の身だった。評議会の許可なしに、外出すら許されない。更に向かう場所が場所だけに、簡単なことではないだろうと思われる。
「まあ……分かりました。なんとか手配はしてみますよ。でも余り期待はしないで下さいね?」
「……」
なんとも意外な反応だわい。ワシはてっきり一度くらい断られるかと思っておったのだがなぁ?
カルロスは意外なアヴァインの言葉に拍子抜けしてしまう。
「ああ、わかっておる。期待などせんで気長に待っておるわい」
やはりこの男……単なる世間知らずかのぅ?
しかしそれから僅か三日後、その許可は意外にも早く降りた。
「ルナ様やベンゼル衛兵長官、それからそこにたまたま居合わせましたマルカオイヌ・ロマーニ評議会議員の協力を得まして、なんとかして来ましたよ」
「……ほぅ、そりゃ助かったわい。アヴァイン、ご苦労であった」
「いえ、仕事ですから♪」
アヴァインはそう言い、爽快な満面の笑みを見せている。対しカルロスの方は相当に驚かされた。
この男……意外にも大した奴なのかもしれんなぁ~?
カルロスはアヴァインを改めて見つめ直し、そう感じた。




