《第一章【カンタロスの女神】》 -14-
それから三ヵ月後のこと、共和制キルバレスの最高評議会議事堂であるパレスハレスより、《沿海都市国家アナハイト》への侵攻の命が下った。それを受け、即日の内にその為の軍議が同パレスハレス内にて執り行われる。
「第一軍・十三万はフォスター将軍の下、《オアシス・オルレアミス》から敵国アナハイトへ南下。
第二軍・七万はワイゼル将軍の下、《属国ファーデンブルク》から敵国アナハイトへと向かい南東に進軍。
侵攻タイミングは狼煙で伝え合います。つまり、同時に挟み込む作戦となります」
そう説明していたのはカスタトール将軍である。
今回の軍遠征では、軍事参謀としてフォスター大将軍の補佐を勤めることに決まっていた。
「ふむ……なんとも芸のない作戦ではありますが。それが一番、無難なところでしょうからなぁ」
その説明を受け、一人の老練な部隊指揮官が腕を組み深く頷きながらそう言うと、他の諸侯もそれに習い同じ様に頷いている。各諸侯は、キルバレスの支配下となった《属国》や《属州国》から派遣された多くの兵の部隊長で構成されていた。先ずは彼らを纏め上げることこそが、共和制キルバレスの将軍として第一の仕事となるのだ。
それら諸侯の反応を見て、フォスター大将軍はようやく口を切ることにする。
「まぁアナハイト側は七万の軍勢だという報告がありますが、こちらの方が兵装も指揮も各諸侯の下、遙かに優れております。
あとは……油断なく、各諸侯に奮迅願うばかりですよ」
フォスターの言葉を受け、各諸侯はそこで互いに顔を見合わせ確認し合い、深く頷いている。
その様子を見て、フォスター大将軍はカスタトール軍事参謀に目配せをし。カスタトールはそれに頷き、口を開く。
「では、出発は十日後の明け方早朝ということにします。第一軍・第二軍の配属表はお渡しした資料の中にありますので、なにか問題があれば早目にお願いしたい。
あと、それから……アナハイトを陥落後、我々はキルバレスには戻らず、そのまま《パーラースワートローム》へ進撃する予定となります」
『──!!』
そのカスタトールの言葉に、各諸侯は途端に驚いた表情で顔を見合わせた。だが、こうした各諸侯の反応は事前から十分に予測出来るものであった。
カスタトール軍事参謀は一旦フォスターへ苦笑いを投げかけたあと、再び落ち着いた様子で各諸侯に対し口を開く。
「既にご存知の方も中にはおいででしょうが、実は噂のパーラースワートロームの所在地がこの度分かりました。場所は、アナハイトから南東へおよそ千キロの距離です」
「――!!」
それを受け、多くの諸侯は更にざわめきたつ。
「とはいえ……これは現在では予定であって、決定ではありません。アナハイト陥落後の駐屯部隊をどの程度にするかなど、その時の治安状態での判断となりますので、その時になってみないと断言は出来ませんが。報告によりますと、パーラースワートロームは山間の小国であるとの話です。おそらくは数万の兵も必要はないでしょう……」
しかし例え相手が小国であったとしても、アナハイトの様な大国を相手にしてその直後に休むこともなく進撃などこれまでそうあることではなかった。そうなるとその中身次第では、相応の準備も必要になってくる。各諸侯がそうした理由から途切れもなくざわめく中、一人の男が徐に手を上げた。
ワイゼル将軍だ。
「……なんでしょうか? ワイゼル殿」
しかし問いかけるカスタトールを無視して、ワイゼルはフォスター将軍の方を直接に見て、実に横柄な態度で口を開く。
「アナハイトまでの大将軍はフォスター殿、貴殿であると伺い、それについては承知している。 しかし! パーラースワートロームへの侵攻の際については、不服。これについては承服し兼ねる!!
再度そこで改めて、《大将軍》を取り決めることをここに強く求めておきたい!」
「……」
これに対し同席していた各諸侯はたちまち動揺し、大きくざわめき始めた。
「そもそも陥落後のアナハイトも掌握しないとならぬ中で、そのままパーラースワートロームまでも同じ大将軍の下で進撃など、笑止千万!
万が一、アナハイトで異変が起こった場合、如何なされるおつもりかッ?!
その際の命令系統の混乱など今からでも十分に予想されるは必定。実に、片腹痛い話だわッ!」
腹は立つが……彼の言うことも尤もなことだ。
フォスターもカスタトールもそれについては懸念しているところだったからだ。
その強いワイゼル将軍の言葉を耳にし、他の諸侯が未だ緊張し見つめる中。フォスターはやれやれ顔に口を開く。
「先程もこのカスタトールが申しました通り、戦果次第でどうなるかは分かりません。その件については後日、改めて取り決めた上でお伝えします。
まあ……確かに、状況次第では『私以外の者が』ということも有り得はしますが……」
「――それでよろしいかッ?! ワイゼル殿」
カスタトールだ。なんとも彼らしくもない厳しい表情と口調である。隣で聞いていたフォスターすらも思わず、それには少々驚いてしまう。
「ふん……まぁそれでよいわ」
その彼の気迫に圧されてなのか? ワイゼル将軍はそこで出していた言葉の刃を収めた。
結果として、彼に救われたのかもしれない。
フォスターは小さく肩を竦め、そんなカスタトールを呆れ気味にも頼もしく思い見つめる。




