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《第一章【カンタロスの女神】》 -8-



 ※『アヴァイン人称』変更済み。



 コンコンと扉をノックする音が聞こえた。

 謹慎中のワシを訪ねて来るなど、よほどの変わり者とみえる。


「……勝手に入られるがよい。カギなど閉めちゃおらんのでな」

「ハッ。では、失礼致します!」


 元気の良い若い声が聞こえ、興味が沸き扉の方を見ると、どこかで見た覚えのある男が立っていた。


「この度、《科学者会》近辺の警備隊隊長に任命されました。アヴァイン・ルクシードであります!」



 実に軍人らしい威厳ある敬礼だ。しかしこの男、どこかで……ああ。


「お主……確か、フォスター殿の……?」


 つい数日前フォスター将軍と会った時、その直ぐ傍に居たのを思い出した。間違いない、そこに居た男だ。


「あ、はい。ついこの前までは、フォスター将軍の副官をしておりました。

が……大した記憶力ですね? 流石で……」


 先ほどまでの軍人らしい威厳はどこへ行ったのやら? 実に腰の低い様子で、頭を軽く掻いておる。なんとも拍子抜けするほどの男よ。ワシは、どうも軍人というモノが余り好きにはなれんかったが、この男はその中でも相当な変わり者であるらしい。どこか繊細で、人懐っこさを感じさせくれる。


 しかし、油断は出来ぬか?

 軍人という堅苦しいオブラートの中のこの男の本性は、相当な楽天家か。天性の策士家……ってトコかのぅ? ただ単に、最近成り上がったばかりの世間知らずかも知れんがね?



「ああ……まあ、なんとなくだがのぅ…偶々覚えておっただけのことさね。大したことではない。とにかく中へ入りなさい。

あと、その堅苦しいのもワシの身の回りに居る限りは遠慮願いたい。ワシは、余りそういうのは好きではないのでの」

「あ、はぁ……」


 アヴァインとかいう若き男はどうやら調子を崩された様子で中へと入り、後ろ手に扉を閉めている。

 どうやらこれが、この男の素の部分であるようだな。そういうコトであれば、先ずは歓迎をしよう。



「さあ、そこのソファーへ座りなさい。今から珈琲のひとつでも淹れて差し上げよう。挨拶代わりにの」

「あ、いや! そんなことは、この私めが──」


 一旦ソファーへ座って間もなく、急に驚いた表情で慌てて立ち上がり、そんなことを言ってくる。


(たわ)けたことをあまり申すではない! 身辺警護をするというお主が、剣を持たずに、茶道具を手にする気か?

今ここで、誰かがこのワシを襲って来たら、お主は如何対処なさるつもりかね? 襲って来る相手に、呑気に茶の一つでも飲ませるのか? ふぁっはっはっは!」


 アヴァインという男は、『何とも痛いところを突かれてしまった』とばかりに肩を竦ませ。そしてワシから言われるがままソファーへと座り直し、やれやれ顔にため息などをついておる。

どうにも頼り甲斐の無さそうな男よ……。


 フォスター将軍の副官だったというが、まさか左遷されてここへ来たのではあるまいな? この男を見ていると、どうにもそう思えてしまうわい。軍人らしい緊張感というものが、まるで感じられない。まあ、その方が付き合い易くてワシとしては助かりはするがね。



 その間にもアヴァインという若き男は、室内を珍しそうに見回し物色しておる。意外にも抜け目はない。

 机の上に置いてある色々な研究器材などを興味深そうに見つめ目を輝かせて、今にもこのワシに質問の一つでもして来そうな勢いじゃ。実は今も研究中で、机の上でポコポコと緑色の見るからに怪しい液体を加熱させ実験している最中だったのだが。


「……興味がお有りかね?」


 ワシはアヴァインという名の若き男の前に淹れ立ての珈琲を置き、その向かいのソファーに座ると、そう訊ねたのだ。

 まあ大した意味もない。単なる話のネタにしようと思っての事だがね。



「ええ、まあ。実を言うと私は……貧しい商家の生まれなのですが。父が無理をして、この私をセントラル科学アカデミーに入学させてくれたもので……私にも多少なりは……そのぅ~。

まあ結局のところ、その後に色々とありまして。今では軍に身を落としてしまった訳ですが……は、ハハ」

「ほぉ……」


 どうやら、このワシと似たような経歴を持っておるようだ。しかしそれでかのぅ? 見目も印象も実に良い男だが、余り野心家には見えないこの男がこの若さで副官にまで登り詰め、挙げ句に警備隊長となっているのは、能力というよりも。そのキャリアが故か? 


 カルロスはこの時、アヴァインという男をその程度に理解し、小さく笑みを浮かべゆるりと珈琲を一口飲む。

 最近のこの共和制キルバレス内では、よくある話だったからだ。


「それよりも……あれは一体?」

「ふむ……新しい燃料となるものを探しておるのさ。まあこれは残念ながら、どうも失敗作のようであるがのぅ……困ったものじゃ」


「新しい燃料を……ですか?」

「さよう……今、この国を明るく照らす光は全て、《コークス》のみに頼っておる。しかしそのコークスは、なかなかに採掘量が豊富とは言えぬ。その為、それを得ようと他国を攻め、国土を広げる。

ところがのぅ……広げれば広げるほど、人々の生活が豊かになればなるほどにな……その必要量も日増しに増えてしまう。実に、皮肉な話よ」


「コークス……」


 その時、その若き男の瞳が再び大きく見開き輝きおった。

 ワシはそれを観て、改めて思い起こす。



 ああそうだ、そうであったなぁ……。コークスの発見により、この国の製鉄技術や産業は発展し、他国よりも優れた軽くて丈夫な剣や盾を作り出して。コークスが生み出すガスが、この街の闇夜をも明るく照らし出し始めた。都市国家キルバレスは、そうして大きな版図を支配するまでに至ったのだ。

今となっては、空しいばかりの想い出にも思えるがね……。


 気がつくと、目の前の若き男はこのワシを実に興味深そうにギラギラと目を輝かせ見つめておる。今のワシなど肩書きばかりの単なる木偶の坊じゃが、経歴というものは時として本人の実力以上に相手に大きく思わせることが時としてあると聞く。恐らくこの者は今、そういう類いの勘違いをしておるのだろう。


 実にまだ若い。


 しかしそうした好奇心がある内なら、その者はよく伸びるとも言う。そう考えると案外、この男は将来大物になれる素質があるということか?


「燃料がもっと簡単に手に入り、国土が豊かであるならば。他国など攻めとらんでも、この国内だけでやってゆける筈じゃ……。パーラースワートロームなんぞという、得たいも知れぬ国になどわざわざ行くこともあるまいて…」

「……」


 ワシの言葉に、その者は瞬間だけ驚いた顔し。次に真剣な表情を見せおった。

 どうやら、少々余計なことを呟いてしまったらしい。まあ良いさ、今さら惜しむほどの命ではないからの。



 カルロスがそう考え、再び珈琲を一口だけ飲み始めていたその時。実はアヴァインの方は、まるで違うことを考え続けていた。


(……この人は、間違いなく。フォスター将軍やカスタトール将軍が期待されていた通りのお方だ!)  


 アヴァインは今、真剣な眼差しでカルロス技師長を見つめ、そのように確信した。



 実をいうと今から二週間も前、『カルロス技師長の周辺警護の任にあたれ』とフォスター将軍から指示された時には、正直なところ残念な気持ちの方が遥かに大きかった。



 アヴァインはその時のことを、ふと脳裏に思い出す――。




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