少年の胎動
とある薄暗い森の中、荒い呼吸音が二つ。
地を駆ける音、二種。
草の合唱。
風切り音。
鉄に打ちつけるような鈍い音のするここは、四足の獣と二振りの剣を操る少年の、戦場である。
「こ、のっ!」
少年は爪を受けた剣を薙ぎ払い、獣を飛ばす。
追撃を掛けるが、獣は身軽を生かし距離をとってしまう。
「だ~、くそっ!」
このやり取りは何回目だろうか、少年には疲労が見て取れる。
少年は深呼吸をひとつとり、目を瞑って集中する。
獣は足音を殺し、草すらも鳴らさず少年を窺っているのだろう。
意を決したのか数瞬後、獣は少年を目掛け跳びかかる。
少年はその跳び出してきた瞬間の草の音から、思考が働くよりも速く行動し、回避する。
と、同時に獣の腹を蹴り上げる。
これが斬りかかっていれば、振りかぶる分遅くなり、獣は木を使い回避していただろう。
ダメージを受け、空中で怯んでいる獣は、成すすべなく少年に斬られた。
「ふぅ、今日はやけに手こずったな。集中が乱れているというか、何かざわつくな。嫌な感じだ、これで終わって早く帰ろう。」
獣から石と毛皮を剥ごうと屈むと、後ろから草の音が『がさっ!』とする。
少年は吃驚して顔をあげ、正面を見たまま一瞬固まってしまった。
何か嫌な気配がするが、見ない訳にはいかない、と恐る恐る後ろを向く。
そこにはこちらを窺いつつ睨む、仁王立ちの熊がいた。
「いや~、さすがにそれはまだ無理っていうか。熊さんこの狼で手を打ちません?」
少年は冷や汗を流しながら顔は熊を見続け、そ~っと立ち上がりながら体を熊に向け、足は狼を跨ぎ、熊から距離をとるように後ろへと少しずつ歩いていく。
三歩程だろうか、下がると足に草が当たり、音が鳴る。
それを合図に熊は咆哮を上げながら、突撃を開始する。
「うっわっ、ちょっ、タンマっ!!」
少年は慌てて、村の方へと駆け出した。
木々を使い、熊の体格を考え、あっちへこっちへと走り続ける少年はこれなら何とか逃げ切れる、と甘い考えを巡らした瞬間には絶望を垣間見た。
熊は、木々を使い三次元の動きを持って、少年と村の間に降り立ったのだ。
「ちょっ!!」
慌てて反転し、かけだす少年。
それからどれだけ走っただろうか。草木の音が、足音が、少年に近付き、極限状態による火事場の馬鹿力が危機を察知し、振向き様の剣による防御。そして飛ばされ、距離が空いた隙に駆け出す。
作業と化したその工程を幾度繰り返しただろうか。少年と熊はついに、全長100mはあろうかという絶壁に辿り着いた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ...」
壁を背に少年は熊の動向に注視していた。熊は次で仕留めるべく、跳びかかるタイミングを窺っていた。
「どうしようかな。はぁ、はぁ...体力が、すぅーっはぁ~~、結構限界。後門の絶壁洞穴、前門の熊、左右の果てない森。」
助けは期待できない。こんな広大な森を抜けて他国に行くものはまずいない。絶壁すら知られていないのだ。通るのは突発的に何かから逃げる者。それも絶壁に阻まれる。密入も調査の段階で使えないと断ぜられるだろう。
何も無いと思われている森に来る者もまずいないだろう。しかもこんな奥深くまで。
仕方ない、と覚悟を決めた少年は剣に手をかけた。
瞬間、上から落ちてきた小石が音を鳴らす。
と、同時に熊は少年へと跳びかかった。
熊の左手による突きを右手の剣で受け、その後の右手の引っ掻きを左手の剣で受ける。
熊の左右への払いで、前面を無防備にさらしてしまった少年に嚙みつこうとする熊を、後ろへ跳んで回避する。
熊は少年へそのまま体当たりをした。
後ろへ跳んでいた少年はダメージこそ少ないものの、まともに体当たりを受け、洞穴へと転がり込んでしまった。
「っつ!っはぁ、まずいな、入ってこないのは待ち伏せか、様子見か。とにかく奥へ行くしかないか。」
幸いなことに、奥には小さな光が見えていた。いったい何なのか疑問は尽きないが、真っ直ぐ進めば辿り着けるだろうそこへと、少年は歩き出した。
そこには、高さ1m程、縦横5m程の青白い石で出来た台があり、上には石箱とその裏に文字の書かれた石碑が建っていた。
そして、絶壁は100m程はあろうかという高さにもかかわらず吹き抜けており、射し込んだ光により神秘的な印象をより増していた。
少年は階段を上り石箱の前まで来ると、石碑の文字を見た。最初は読めないと思っていた。実際、見たこともない文字だ。しかし、目の前まで来て文字を見た瞬間に、内容を把握出来てしまった。
『汝、恐れることなかれ。宝を得よ。それは、ただの1度のみ、開けた者の魔技に必要な宝を与える箱である。最初で最後の訪問者よ、汝に幸あらんことを。』
「なんだ、これ!読めないのに意味がわかる!?でも、丁度いい。僕の魔技はよくわからないんだ。現状詰んでるなら、後は野となれ山となれ、だっ!!」
覚悟を決める意味でも叫びながら開けた箱の中は、一際眩い光を放ち、光の収束と共に石箱と石碑はそこにはなく、代わりに剣と『銃』が一体化した同じデザインの武器が二つ存在した。
「これが僕の『双剣銃術』の武器。」
少年が武器を手に取り、感触を確かめながら振る様は、今までのぎこちない双剣術より馴染んでいた。
「これが銃。知らないのに知ってる。不思議な感覚だな。弾はどうしよう。」
魔技が魔技を教えてくれるとはこういうことか、と初めての経験に驚きつつ、何か魔技の感覚に引っかからないか、周りを見回した少年は足元に小さな袋があることに気がつき、手に取る。
「これは何だろう。中にはえ~っと...」
指を入れ、中を探ると何かを摘めたので取り出してみる。
「これは、弾だ。どれくらい入ってるんだろう?」
袋をひっくり返した少年はその行動を後悔した。百発はあろう弾があたりに散らばってしまったのだ。
「げっ、はぁ、拾おう。」
げんなりしつつ、弾を袋へと入れる。
「これ、どこまで入るんだ?そもそも、こんなに入ってるようには見えないよな。まだ、出てきそうだったし。これならお金とか小さい物なら入りそうだ、いい物手に入れたな。」
双剣銃をどうやって持ち帰ろうかと考えると、足もとに鞘付きのベルトが転がっていた。
「なんか、考えれば考えるほど色々出てくるんじゃないか?...いや、魔技に関することだけか。なら、これで終わりかな?」
ベルトを付け、弾を込めた双剣銃を納める。鞘は後ろでクロスしているが、ボタンを外すことで左右に携えることも出来るようだ。
至れり尽くせりである。
少年は入ってきた入口を睨む。
いや、その先。熊が居るであろう先を睨み、一歩を踏み出した。