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第97回 亡き者達の為に

 日が暮れ、町は闇に包まれつつあった。

 町の中心には焚き火の明かりが薄らと辺りを照らしていた。

 転がっていた亡骸は、今はもうそこには存在していない。

 半日掛け、皆で埋めたのだ。

 そのままにしておくには心が痛むとエルバに懇願された。

 フォン・レック、エルバの三人はあの男によって受けたダメージで足元はふらついていた。

 その為、余計に時間が掛かった。

 全てを終え、フォン達はまだ綺麗な一軒の家で休んでいた。

 床に横たわるフォンは右腕を目の上へと置き、開いた口から落ち着いた呼吸を続ける。

 レックは部屋の隅で抱えた膝に顔を埋めていた。

 そして、エルバは一人、家の外で焚き火をしていた。

 各々が酷い喪失感に襲われていた。レックやエルバは当然だ。町を――、町の住人を――、殺されたのだから。

 ゆっくりと流れる沈黙の中、ブライドだけが静かに動き出す。

 そのブライドの動きを目で追うのはリオンだった。

 警戒していると言うよりも、興味があった。

 この時代の最悪と呼ばれる支配者にして天賦族の中でも群を抜いての天才、シュナイデルの息子であるブライドの事に。

 ブライドも一種の天才だ。ボックス型の武器を開発し、レックが使う小型の筒状に収納できる槍も、彼が開発した。

 まさに武器作りのスペシャリストだ。

 それを知っているからこそ、リオンの興味は注がれた。

 そんなリオンの視線など気にせず、ブライドは外へと出て行った。流石に、この空気を嫌ったのだ。

 ブライドが出て行き、リオンは静かに立ち上がる。


「どこか行くのか?」


 不意にフォンが声を掛ける。

 すると、リオンは小さく頷き、


「ああ……」


と、答えた。

 その答えに、フォンは「そうか」と返答し深く息を吐いた。

 リオンが何を考えているのか、フォンにもおおよそ分かった。だからこそ、そう返答したのだ。

 ブライドの後を追い、リオンが外へと出る。すると、そこにはブライドが立っていた。


「何か用かい?」

「…………武器作りのスペシャリスト」

「…………それは、僕の事かい?」


 訝しげな目でブライドはリオンを見据える。

 一瞬だが、その表情には嫌悪感が窺えた。

 武器作りのスペシャリスト――。そう呼ばれるのが嫌だったのだろう。

 そんなブライドに、リオンは真っ直ぐな眼差しを向ける。


「ああ。そのボックス型の武器もお前が作ったものだろ?」


 リオンがそう言い、ブライドの腰にぶら下げたボックスを指差す。

 すると、ブライドは腕を組み鼻から息を吐き出した。


「これは、確かに僕が作ったモノだ。だが、父に言わせればこんなものはオモチャに過ぎない」


 肩を竦めるブライドに、リオンは首を傾げる。


「俺は、そのボックス型の武器に興味がある」

「この武器に?」


 訝しげな表情を浮かべるブライドは、眉間にシワを寄せた。

 二人の眼差しが交錯し、暫しの時が流れる。

 それから、ブライドは肩を竦めた。


「キミが誰かは知らないが、一体、何の興味があるって言うんだい?」


 静かにそう述べるブライドに、リオンは苦笑する。


「随分と自虐的な奴だな」

「ああ。天才的な父の前で、僕の才能なんて些細なものなのさ」


 そう言い、ブライドは鼻から息を吐いた。

 静まり返る夜の闇の中に、揺らぐ焚き火の炎が映えていた。

 その前に座るエルバは、二人の声に顔を挙げ不快そうな眼差しを向ける。


「何か……用か? 今は、一人きりにして欲しいのだが?」


 沈んだ声でそう言うエルバに、ブライドは静かに体を向け、小さく会釈する。


「それは、すまない」

「いや……構わない。何か話しがあるなら、後にして欲しい」

「分かった」


 ブライドはそう言うと、静かに歩き出した。

 リオンはそんなブライドを目で追った後に、エルバへと顔を向ける。


「大丈夫か?」


 リオンの言葉に、エルバは弱々しく笑う。


「あぁ……心配には及ばない。人はいつかは死ぬ。それが、速いか遅いかだ。自分は、彼女を見取る事が出来た。その死に直面する事が出来た」


 エルバはそう言い、枯れ枝を焚き火の中へと放った。

 炎が弾け、火の粉が舞う。

 揺らぐ炎が僅かに勢いを強くした。

 その炎の明かりに照らされるエルバの顔は、やはり寂しげで辛そうだった。

 愛する者の死はそれ程に辛いモノだったのだと、リオンは思う。

 まだ、そんな状況に陥った事が無い為、リオンにエルバの気持ちは分からない。

 想像した所で、やはり直面しない限り、その気持ちは分からないだろう。

 その為、リオンは「そうか」と静かに返答した後に、ブライドの後を追った。



 室内に残ったフォンは、深く息を吐くとゆっくりと立ち上がった。

 流石に、このままではいけないと考えたのだ。

 エルバやレックが落ち込むのは分かる。

 でも、ここで自分まで落ち込んでしまうのは、マイナスにしかならないとフォンは気分を切り替える。

 と、言ってもこの状況で無駄に明るく振舞っても、エルバやレックには悪いと思った為、比較的いつも通りに振舞う事にした。


「うっし! お腹空いたな!」


 取り繕ったような作り笑い。

 場の空気を変えようと必死に考えたただの一言だったが、反応したのは――


「そ、そうですね!」


 メリーナだけだった。

 そして、場の空気はより一層、重苦しいモノへと変わってしまった。


「あ、あはは……アレ?」


 困り顔でフォンはそう呟く。

 そして、メリーナも困った様に眉を曲げる。

 流石に、この空気を変えるには一筋縄ではいきそうになかった。


「と、とりあえず、ご飯の準備、しますね」


 この空気を嫌い、メリーナはキッチンへと逃げる。

 メリーナがキッチンへと消えると、静寂がまた部屋を包む。

 そんな時だった。

 唐突にカインが口を開く。


「なぁ……この大陸は……危険だ」


 ボソリと呟くカインに、フォンは目を丸くする。

 すると、カインは言葉を続ける。


「何か……嫌だ。ここに居るのは……嫌だ」


 肩を震わせるカインに、フォンは違和感を感じる。

 その為、フォンは思い出していた。

 自分の時代で習った過去の歴史を。

 この後、この大陸で何が起こったのかを。

 だが、元々、そこまで勉強が出来た方ではなかった為、思い出そうにも詳しくは思い出せなかった。

 ただ、この後、英雄と呼ばれた者達は、南へ渡った。

 それだけは薄らと覚えていた。

 何故、南に渡ったのか、何がこの大陸で起こったのか、それをフォンはゴッソリと覚えていない。


(あぁー……ちゃんと勉強しておくべきだった……)


 後悔するフォンは天井を見上げ、大きなため息を一つ吐いた。



 そこから随分と離れたフォーストの中心、巨大都市リバール。

 その中でも最も大きな建物の最上階に、その男の姿はあった。

 その男の名はシュナイデル。天賦族の長だった男で、現在はフォーストの王となっている。

 シュナイデルは大きな窓の前に佇み、町を見回していた。

 広々とした一室に、一人佇むシュナイデルは、静かに息を吐く。

 シュナイデルの吐息に遅れ、部屋の扉がゆっくりと開かれる。

 長い真紅の髪を揺らす少女が部屋へと入ると、シュナイデルは不敵に笑う。


「お帰りアリア」

「…………」

「ふむっ……。どうだった? 外の空気は?」

「普通……」


 静かにそう答えたアリアは鎖で繋がった二本の剣を腰にぶら下げ、小さく首を振った。

 冷めた眼差しを向けるアリアへとシュナイデルは鼻から息を吐き微笑する。


「そうかい。じゃあ、今日はゆっくりと休むといい」

「そう……」


 アリアは小さく頷き、反転すると部屋を後にした。

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