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第95回 風鳥族の里

 二週間が過ぎた。

 フォン達は急ぎ足で風鳥族の里へと向かった。

 風鳥族の里は小高い山奥にある。空を舞う種族と言う事もあり、その方が色々と都合がいいのだと、エルバは説明した。

 水呼族が海の傍に里を作ったのと理屈は同じようだ。

 そんな風鳥族の里へと行くと、水呼族と同じ惨劇が待っていた。

 フォンとリオンは予期していた事だったが、他のメンバーはその光景に絶句する。

 何があったのか、そう皆は考えていた。

 いち早く動き出したのは、やはり、風鳥族のエルバだった。

 自分の里がそんな状態だったならば、そうするのは当然だろう。

 走り出すエルバの後姿に、メリーナは叫ぶ。


「え、エルバさん! ま、待って――」


 この状況に、更に一人走り出す。

 それは、水呼族のレックだった。

 恐らく考えたのだ。この里の惨劇と自分の惨劇を起こした人物は同じだと。

 その表情には怒りと憎しみが滲み出ていた。

 レックの行動は予期できなかったことではなかった。その為、フォンとリオンは視線を合わせる。そして、リオンが頷き、フォンがレックの後を追った。

 この場にリオンとメリーナ、カインの三人が残る。リオンがここに残ったのは理由があった。

 それは、最近のカインの様子がおかしい事が関係していた。何があるのかは分からないが、明らかにおかしいカインとメリーナを二人きりにするのは危険だと考えたのだ。



 先陣を切ったエルバは足を止めた。

 そして、声を上げた。


「止めろ!」


 丁寧だったその口調はなりを潜め、乱暴で、荒々しいその声を向けた先には、一人の男が佇んでいた。

 細く長い手足の男は、その足で首の無い太った体を踏み締め、その右手には一人の小柄な女性の首を掴み上げていた。

 その男はグラリと頭を動かすと、空を見上げた後に静かにエルバの方へと顔を向ける。

 サラサラと流れる白髪には血が付着し、その頬も返り血で赤く染まっていた。

 大きく裂けた口からは白い歯がむき出しとなり、不気味な雰囲気が漂う。

 そんな男を真っ直ぐに見据えるエルバは、唇を噛むと更に声を上げる。


「彼女を放せ!」


 荒々しくエルバがそう言うと、首を絞められる女性はゆっくりとエルバの方に顔を向ける。

 苦しそうな彼女の目から涙が一筋零れ、それと同時に男は彼女の細い首をへし折った。

 骨の砕ける嫌な音が辺りに響き、エルバの表情には絶望が――。

 何故なら、今、その男によって命が断たれたのは、エルバの最愛の人だった。

 膝から崩れ落ちたエルバに、男はゆっくりと絶命した女性を投げつけ、ケタケタと笑う。

 その笑い声に拳を握り締めるエルバは、顔を上げると、その男の顔を真っ直ぐに睨み付けた。

 だが、その時だった。叫び声と共に、エルバの横をレックが駆け抜ける。

 

「テメェが、俺の里の皆を!」


 声をあげ、レックはその手に持った槍を突き出す。

 しかし、その槍よりも速く、男の細長い腕が伸び、レックの顔面を拳が殴打する。

 レックの顔が跳ね上げられ、その鼻から血が噴出す。

 二度、三度と地面を横転するレックは、すぐに体勢を整えると、表情を歪める。

 間違いなく、槍と言うリーチの長い武器を使用するレックの方が圧倒的に有利だったはずだった。

 あの男の腕が細く長いと言っても、確実にレックの槍の方がリーチは長い。なのに、先に届いたのは男の拳。

 何故、そうなったのか理解出来ないが、一つだけ分かる事があった。


「何だ……腕が、伸びた……」


 鼻血を左手の甲で拭い、レックは目を細める。

 原理は分からないが、あの男の腕は間違いなく伸びた。

 ケタケタと笑う男は、右手を開いたり閉じたりを繰り返し、肩を揺らしていた。

 そこに、今度はフォンが辿り着く。そして、その男の姿に、眉を潜めた。


「な、何だ……アイツ?」


 思わずフォンがそう声を上げる。

 それ程、その男は異質な雰囲気を漂わせていた。

 ゆっくりと立ち上がるエルバは、深々と息を吐き出す。

 両手にはいつの間にかガントレットが装着され、その体から憎悪が溢れ出す。

 その空気にいち早く気付いたのはフォンで、エルバの横顔を真っ直ぐに見据えた。

 このままではまずいと考えるフォンだが、エルバを止めるだけの手段を持ち合わせていない。

 最愛の人を目の前で殺されると言う事がどれ程の辛さなのか、フォンには分からない。だから、今のエルバの気持ち、感情をなんと言って押し留めればいいのか分からなかったのだ。

 殺意を全面に出すレックとエルバの二人は、その男を真っ直ぐに見据える。

 二人の眼差しにケタケタと笑う男は濁った赤い瞳を向け、白い歯を見せていた。


「お前ら……手を出すな」


 エルバの低く静かな声に、


「うっせぇ。コイツは、俺の獲物だ」


と、レックも静かに告げる。

 二人の声に、フォンはただ息を呑み、瞳を動かす。

 どうするべきか、必死に考える。止めるべきなのか、それともこのまま見ているだけなのか。

 そんな考えを張り巡らせるフォンだったが、時は待たない。

 エルバが膝を曲げると同時に地を蹴り跳躍し、遅れてレックも男へと走り出す。

 二人の行動に未だケタケタと笑い続ける男は、細く長い腕を振り抜く。

 それは、しなり、ムチの様に手の甲でレックの顎を払い上げ、続けざまに空へと舞ったエルバの右足を掴み地面へと叩きつけた。

 一瞬の出来事だったが、それは確実に腕が伸びた瞬間だった。

 弾かれたレックは仰向きに倒れ、地面へと叩きつけられたエルバはうつ伏せに地面に平伏していた。

 ハッキリ言って、二人には何が起こったのか全く分かっていない。

 だが、それを離れてみていたフォンにはハッキリと分かった。その男の腕がゴムのように伸縮自在に伸び、一瞬で元に戻った事を。


「ぐっ……」


 ひび割れた地面に手を着き体を起こすエルバは、額から僅かに血を流していた。

 地面に叩きつけられた衝撃は凄まじく、全身がズキズキと痛んでいた。


「ううっ……」


 一方、顎を跳ね上げられたレックは、意識がモウロウとしていた。

 脳が揺れている、そんな感覚だった。

 その為、仰向けに倒れたまま、右へ、左へと頭を動かし、視点の定まらない眼差しで辺りを見ていた。

 二人のそんな姿に、ケタケタと更に男は笑った。


「何が……おかしい!」


 エルバが立ち上がると同時に地を蹴り、地面スレスレを滑空し、一気に男との間合いを詰める。

 だが、それを阻む様に、男は右腕を振り上げ、大きくしならせながらその拳をエルバの背中へと叩き落した。

 背骨が軋む音が僅かに聞こえ、エルバの体は地面へと叩きつけられる。しかも、滑空する勢いもあり、エルバはそのまま地面を抉り男の足元で動きをとめた。

 なんとも圧倒的な力をまざまざと見せ付けられ、フォンは驚きを隠せなかった。

 歴史に名を残す二人を圧倒するこの男は一体何者なのか、そう考えざる得なかった。

 そして、この状況にフォンは唇を噛み締めた。

 このままでは、二人共殺されかねない。そうなれば、歴史が大きく変ってしまう。それだけは避けなければならない事だった。

 その為、フォンは拳を握り、戦闘態勢に入った。

 レックとエルバがほぼ一瞬でやられた事を考えると、自分一人ではどうにもならないだろうと、フォンも分かっていた。

 それでも何とか、ここを凌がなければならないと、強い眼差しを男へと向けていた。

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