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第93回 風鳥族 エルバ

 フォン達一行はレックの暮らしていた町へと向かっていた。

 フォンやメリーナの説得もあり、レックは渋々と町へと案内したのだ。

 元々、町の皆を助けてもらいたかったと言う事もあり、レックはすぐに説得に応じた。

 それから、すぐに町へと向かったが、結局、フォン達が町に辿り着いたのは、一週間後の事だった。



 町に着くなり、フォン達は異変を感じた。

 町へ入る為の門を潜る前から、漂っていたのだ。

 とても不快な異臭が。

 それは、何かの腐敗したとても嫌な臭いだった。


「な、何の臭いでしょう?」


 思わず鼻と口を両手で覆うメリーナが、険しい表情で呟く。


「この臭いって……」


 その臭いにフォンはそう呟き、


「ああ……血の……腐敗した臭い……」


と、リオンが呟く。

 そうその臭いは間違いなく血の腐敗した臭いだった。

 だが、正直、ここまで異臭が漂う程の臭いを嗅いだのは初めてだった。

 何か嫌な予感がするフォンとリオンは、顔を見合わせる。

 一方で、顔面蒼白のレックは、声をあげ走り出す。


「皆!」


 深い緑色の髪を揺らし、駆け出したレックを見据え、フォンとリオンは小さく頷く。


「メリーナ。キミはカインとここで待ってるんだ」

「け、けど……」


 両手で鼻と口を覆っている為、メリーナの声は鼻声で篭っていた。

 そして、その目には薄らと涙が滲んでいた。恐らく、メリーナも気付いたのだろう。

 この町がどう言う惨状になっているのかを。

 一方、メリーナは真っ直ぐにフォンの目を見据える。そんなメリーナの眼差しに、フォンは唇を噛み締めた。

 すると、先を急ぐリオンが振り返り声をあげる。


「フォン! 行くぞ!」

「えっ、あっ、おう」


 慌ててリオンへと顔を向けたフォンはそう返答した後に、メリーナを見据え、その肩に手を置いた。


「大丈夫。心配するな」


 優しくそう言葉を掛け、フォンはリオンの後を追った。

 残されたメリーナは静かに俯きその場に座り込んだ。

 金色の長い髪の先が地面に触れそうな程位置まで降り、ゆらリと静かに風に揺れた。

 不安が胸を押し潰しそうになり、メリーナはただ祈るしか出来ない。どうか、何事もありませんように、と。



 町へと入ったレックの心拍数は上昇していく。

 駆けながらも町の様子はその視界に入ってくる。

 人の気配など殆ど無い。まるで、全てが消された、そんな雰囲気だった。

 くすんだ窓ガラス。

 荒れ放題の畑。

 そして、至る所に散った黒ずみ。間違いなく、それは凝血した血痕の跡だ。

 それが、異臭を漂わせていた。

 この町で何があったのか、一体、自分がいない間に何が――。

 焦りと不安。そして、戸惑いがレックの足を急かす。

 この町には沢山の友がいた。知人も多く、皆、とても仲がよかった。

 皆は無事だろうか、そんな事ばかりが頭を過ぎる。

 そんな時だった。

 レックは静かに足を止めた。

 そこには、一人の男が佇んでいた。

 ホッソリとした背丈の高い男だった。

 空色に染まるサラサラの髪を揺らす男は、レックの足音に気付いたのか、ゆっくりと振り返る。

 穏やかな大人びた顔付きで、右目の下、丁度頬の辺りに三ツ星の刺青が刻まれていた。

 穏やかな表情とは裏腹に少々目付きが悪く、その鋭い眼差しがジッとレックを見据える。

 交錯する二人の視線。

 過ぎ行く静かな時の流れ。

 沈黙の中で、先に動いたのはレックだった。


「お前が! お前が、皆を!」


 声を上げるレックの視線の先、その男の足元には多くの腐敗した遺体が転がっていた。

 それを目にした為、レックは声を上げたのだ。

 そして、腰に携えていた一本の筒を取り出し、その筒についた小さなボタンを押す。

 すると、筒の両端が延び、更に刃が飛び出し、一本の槍へと変化した。

 美しい青色の交じった刃を男の方へと向け、レックは灰色の瞳を涙で潤ませながら奥歯を噛み締める。

 そんなレックに対し、冷ややかな眼差しを向ける男は、深く息を吐いた。


「お前、その瞳の色は、水呼族か? 生き残りなのか?」


 静かな男の声に、レックは額に青筋を浮かべる。


「生き残り……だと! テメェの胸に手を当てて聞いてみろ!」


 レックが駆け出し、男へと槍を突き出す。

 しかし、槍は空を切った。

 何故なら、男が跳躍した――いや、空中へと舞ったのだ。


「くっ!」


 小さく舌打ちしたレックはすぐに身を反転させ、宙に浮く男へと目を向けた。

 男は右手を胸へと当て、瞼を閉じていた。

 その行動にレックは奥歯をギリッと言わせると、槍を握る手を握り締め震わせる。

 静かに瞼を開く男は、そんなレックを見下ろし首を傾げた。


「フムッ……悪いが、胸に手を当ててみたが、全く持って分からんな」


 棘のあるその言葉遣いに、鼻筋にシワを寄せるレックは、男を睨み怒声を響かせる。


「舐めてんのか! テメェ!」

「お前が、胸に手を当てて聞けと言ったんだろうが。何をわけの分からん事を……」

「黙れ! 今すぐ降りて来い! この鳥獣野郎!」


 レックのその言葉に、男は一瞬不快そうな表情を浮かべる。

 だが、すぐに落ち着いた面持ちでレックを見据え、首を左右に振った。


「自分は、鳥獣野郎では無い。風鳥族、長が息子。エルバ」

「テメェの名前なんて興味がねぇ!」


 レックのその言葉に、エルバは右の眉をピクリと動かし、深々と息を吐く。


「人が名を名乗ったと言うのに……全く、礼儀のなっていない奴だ」


 ゆっくりと空から降り立つエルバは、空色の髪を僅かに揺らし、その手に蒼いグローブを装着した。

 いや、グローブと言うよりも、ガントレットに近いだろう。

 それを嵌めたエルバは、ゆっくりと拳を握ると鼻から息を吐き出した。


「お前と戦う理由はないんだがな……」

「テメェに無くても、コッチにあるんだよ!」


 レックが地を蹴り、槍を突き出す。

 しかし、エルバはそれを右腕で外へと弾く。

 刃とガントレットが擦れ合い、激しい火花が散る。


「くっ!」


 奥歯を噛み締め、息を漏らすレックはすぐに槍を引く。

 だが、それをエルバは左手で掴んだ。


「これで、槍は引けないな」


 エルバの言葉にレックの表情は険しくなる。

 どれ程の腕力を持っているのか、どれ程の握力があるのか、エルバに掴まれた槍はピクリとも動かない。


「クソッ! 離せ!」


 レックの声に、エルバは手を離す。

 すると、力を入れ引いていたレックの体は後方へと転がった。

 激しく土煙を巻き上げるレックは、二度、三度と咳き込むと、エルバを睨んだ。


「テメェ! 何しやがんだ!」

「お前が離せと言った」

「なら、動くなって言ったら動かねぇーのかよ!」


 レックがそう怒鳴っていると、そこにリオンが到着する。


「どうした! レック!」


 リオンの声に、エルバは振り返り目を細める。


「お前は……水呼族では……無いな」

「えっ? あ、ああ……。俺は人間だ。お前は?」

「風鳥族。長が息子。エルバ。この町に来てみれば、この有様。そして、現在水呼族に襲われている」


 自己紹介と簡潔に状況を説明したエルバに、リオンは「そ、そうか……」と頷いた。

 状況は何となく分かった。

 エルバがここに来たのは恐らく、今日。それも、リオン達が到着する少し前。

 そして、この状況を分析している最中、レックに襲われた、と、言う所だろう。

 とりあえず、リオンにはエルバが悪い奴には見えなかった。

 その為、怒り狂うレックに対し、声を張った。


「止せ! レック」

「うるせぇ! テメェは引っ込んでろ!」

「レック! 落ち着いて状況を良く見ろ。彼らはすでに命を落として何日も過ぎている」

「だからなんだって言うんだ!」


 怒鳴り散らすレックに、リオンは深く息を吐き出す。


「考えても見ろ。何日もこんな所に犯人が残っているわけが無いだろ? それに、遺体の傷口をちゃんと見ろ。鋭利な刃物で斬られた痕だ」


 リオンに言われ、レックも少し落ち着き、よく遺体を確認する。

 確かに、リオンの言う通り、どの遺体にも刃物で斬られた痕が残っていた。

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