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第87回 水呼族

 船を譲ってもらう交渉をする為、フォンとリオン、カインの三人は海岸に来ていた。

 砂浜に並ぶ無数の船。古いモノから、破損したモノまで数多くの船が並ぶ。

 これだけあればどれからは安く譲ってもらえるかもしれない。そう、フォン達は考えていた。

 だが、そんなフォン達の視界に止まったのは、そんな船などではなく、砂浜に倒れる一人の少年だった。

 一瞬、海草でも頭に被っているのではないかと思わせる程、濃い緑色の髪を頬へと張り付かせ、衣服も髪を全てがずぶ濡れだった。

 カインはそんな少年を指差しながら、フォンとリオンへと顔を向ける。


「アレは、死体?」

「いや……肩が僅かに上下に動いているから、息はあるだろう?」


 カインの問いに、リオンが訝しげに目を細めながらそう答える。確かにリオンの言う通り、その少年の肩が上下に動いていた。

 息はあるようだが、意識は無いのか反応は無い。

 しかし、リオンもカインも近づこうとせず、その場に立ち止まったまま動かない。

 リオンは腕を組み怪訝そうな眼差しを向け、カインは少年を指差したままフォンとリオンへと目を向ける。

 こう言う場合、関わると面倒な事になるだろうと、経験上よく知っているフォンは、困った様に苦笑しリオンをチラッと見た。

 無言のまま数十秒が過ぎ、リオンが深く吐息を漏らす。そして、肩を落とすとジト目を向ける。


「どうする?」


 怪訝そうにリオンが尋ねる。明らかに不快そうなリオンに対し、カインは首を傾げた。


「放置しておくのか?」

「その方がいい場合もある」


 カインの問いに対し、リオンがそう答える。、

 だが、納得出来ないのか、訝しげな表情でカインはリオンを見据えていた。


「まぁ、とりあえず、声は掛けておくか?」


 チラッとリオンはフォンを見た。すると、フォンは頬を右手で掻きながら苦笑する。


「そ、そうだな……。とりあえず、意識があるかは確認しておかないと……」

「けど、そんな事する必要あるのか? 見ての通り、息はあるぞ?」


 僅かに肩を上下に揺らす少年を指差し、カインが眉をひそめる。

 確かにカインの言う通り、少年に呼吸はあった。それなら、ワザワザ意識があるか確認しなくてもいいだろうと、フォンとリオンは顔を見合わせる。

 顔を見合わせるとリオンが肩を竦め、フォンは小さく何度も頷いた。

 三人の考えが一つにまとまり、


「じゃあ、船を探すか」


と、フォンが、


「そうだな。持ち主と交渉して安値で譲ってもらおう」


と、リオン。


「持ち主見つかるといいな」


と、カインが小さく頷いた。


「ちょっと待て!」


 三人の声を聞いていたうつ伏せに倒れていた少年が、体を起こし怒鳴り声を上げる。

 ワカメの様な濃い緑色の髪から雫を振りまきながら怒鳴る少年へと、振り返った三人はジト目を向けた。

 なんだ、意識はあるんじゃないか、そう言いたげな三人の眼差しを受け、少年はハッとし、両手で口を押さえた。

 今更遅いが、少年はゆっくりとうつ伏せに寝転び、顔を背ける。


「……」

「…………」

「マジか……」


 沈黙するリオンとカインと違い、思わずフォンはそう口にした。そんなフォンへとリオンとカインは眼差しを向け、深く息を吐いた。

 この状況でまだ意識がありません、そう装う少年に、リオンは呆れ顔で呟く。


「どうする?」

「僕は無視するのが一番だと思う」


 リオンの問いにカインが答え、不快そうに何度も頷く。


「けど、もう関わってる感が否めないんだけど……」


 苦笑するフォンは右手で頬を掻き、首を傾げる。もうこうなっては無視するには無理がある気がしたのだ。

 不愉快そうに目を細めるリオンは、腕を組むと深々と息を吐いた。


「仕方ない……とりあえず、話を聞くとしよう。何故、あんな所でふざけたまねをしているのか」


 額に青筋を浮かべ、リオンが静かにその手の骨を鳴らした。

 その音が聞こえたのか、横たわる少年の肩がビクンと跳ねる。


「さて、行くか」


 リオンの静かな怒りの声にフォンは身震いをさせ、カインは瞼を閉じムフーっと鼻から息を吐き出した。

 怒りを表す時はこうすればいいのか、と学習したのだ。

 砂浜に響く三つの足音に少年の体が小刻みに震えていた。

 そして、彼の前に足を止めたリオンはその首根っこを掴みあげ、額をぶつける。


「おい……起きろ。それとも、永遠の眠りに就きたいか?」


 リオンの低い声に対し、パチッと瞼を開いた少年は灰色の瞳を向け、苦笑した。

 苦笑する少年の瞳の色で、フォンとリオンは気付く。


(水呼族!)

(何でここに水呼族が!)


 表情を険しくする二人に対し、カインは首を傾げると、眉間にシワを寄せる。


「お前、死んだ魚の様な目をしてるな」


 カインの発言にその場が凍りつく。

 硬直する水呼族の少年の表情はやや引きつり、フォンとリオンはただただ言葉を失っていた。

 そんな空気の中で、カインはもう一度口を開く。


「頭にワカメを乗せた上に、死んだ魚の様な目をしているなんて……最悪だな」


 カインのその言葉が逆鱗に触れたのか、少年はリオンの腕を振り払い怒鳴り声を上げる。


「人が黙って聞いてりゃ、言いたい放題言いやがって!」


 怒鳴り立ち上がった少年だが、直後腹の虫がギュルルルルッと激しい音をたてた。

 それから、すぐに少年は腹部を押さえて倒れ込んだ。


「は、腹……減った……」


 掠れた声でそう呟く少年に三人は呆れた眼差しを向ける。

 そして、三人は顔を見合わせると小さく頷きあい、少年へと背を向け歩き出した。


「ちょ、ちょっと待て! いや、待って下さい!」


 立ち去る三人の背に少年がそう声を上げる。その声に足を止める三人はまた顔を見合わせる。


「どうする?」

「関わってしまった以上、放っておくわけにもいかんが……」

「大丈夫だ。空腹なら、あの頭の上のワカメを食べればいい」


 カインが少年に聞こえる様な大きな声でそう言い、少年の頭を右手で指差した。

 しかし、少年の頭に乗っているのは、ワカメの様に濃い緑色の髪で、到底食べられるモノではない。

 その為、少年は不快そうに表情を歪める。だが、空腹を充たすためにそれを必死に堪えていた。そうしなければ、食べ物を恵んではもらえないと、判断したのだ。

 その判断はある意味正しい。

 現状、お金に余裕の無い三人にとって、厄介者に対してお金を使う事はありえなく、好意的な印象さえあれば、パンの一つ位恵んであげる事は可能だった。

 だが、そんな少年の考えとは裏腹に、カインは肩を竦め頭を左右に振る。


「ほら、食ってみろ。お腹が空いているなら、その頭のワカメを――」

「食えるか! これは、俺の髪の毛だ!」


 流石に怒りが頂点に来たのか、少年はそう怒鳴りカインを睨んだ。すると、カインはジト目を向ける。


「ワカメじゃないのか?」

「な、わけあるか! 見てみろ! 何処が、どうワカメだ!」

「…………見れば見る程ワカメだな」

「テメェーの目は腐ってんのか!」

「いや、お前の死んだ魚の様な目に比べれば、平常な方だと思うぞ?」


 少年をおちょくっているのか、それとも本当にそう思っているのか定かではないが、カインは淡々と言い返す。

 二人のやり取りを傍から見据えるフォンは苦笑し、リオンは呆れ顔で深々とため息を吐いた。

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