第86回 立ち往生
フォン達一行は東の大陸フォーストへと向かう為、大陸の最東端の港に来ていた。
しかし、そこで立ち往生していた。
理由は、今、フォーストへ向かうのは無謀だ、まだ死にたくない。と、船を出してくれる者がいない為だ。
その為、四人は宿で今後についての相談をしていた。
広めの一室には二つのベッドと四脚の椅子と丸い机が一つ。
部屋の端に置かれた荷物から地図を取り出したリオンは、それを机へと広げ、右手で頭を抱える。
「さて、どうしたもんか……」
眉間にシワを寄せ、リオンが呟く。
椅子の背もたれを前にして座るフォンは、それを前後に揺さぶりながら深く息を吐いた。
「このままじゃ、いつまでたってもフォーストにいけないぞ?」
茶色の髪を揺らすフォンが目を細め、そう声を上げる。
目的地であるフォーストに行くにはどうやっても海を渡らなければいけない。それには、空路では無く海路を使う事が必要不可欠になる。
何故、空路では無く海路なのか、その理由は簡単だ。空路でフォーストに入れば、間違いなく撃墜される。それはそうだ。飛行艇の様な大きな船体が空を飛んでいれば、目立って仕方ない。
それに、飛行艇はフォーストで開発されているモノ。故に、何が起こるか分からないのだ。
その結果、フォン達の選択したのが海路、船での上陸だった。
しかし、それも頓挫しようとしている。
「はぁ……困りましたねぇー」
ベッドの縁に腰掛けるメリーナは右手を頬に当て首を傾げる。
困り顔のメリーナは、はぁ、と深く吐息を漏らすと「うーん」と艶かしい声を上げた。
その声だけが部屋の広がり、また皆が深いため息を吐いた。
その中で一人だけ表情を変えないカインは、椅子に座ったまま首を傾げる。三人が何故、こんなにも落ち込んでいるのか、カインには分らないのだ。
訝しげな表情のカインは、やがてフォンへと尋ねる。
「どうして、こんな所で立ち止まってるんだ? 東に向かうんじゃないのか?」
相変わらず感情など篭っていないカインの声に、フォンは苦笑し右手で頭を掻く。
フォン達もこんな所で立ち止まっているわけには行かない。だが、どうしようも無いのだ。
その為、フォンは鼻から深く息を吐き出すと、苦笑し答える。
「まぁ、そのつもりだけど……船が出ないからなぁ」
頭を掻くフォンに対し、カインは真剣な顔で告げる。
「なら、泳いでいけばいいじゃないか?」
「は、はぁ?」
カインの思わぬ一言に、フォンは思わず間の抜けた声を上げた。
ここから、フォーストまで一体どれ位の距離があるだろう。恐らく、泳いで行くには数ヶ月以上かかるし、そもそも体力が持たない。
そんな事が可能なのは、水の中でも呼吸が出来る水呼族位だ。
しかし、カインは至って真面目な表情で、これは本気で言っていると、フォンは思った。だから、非常に困った表情を浮かべ、右手で頬を掻き息を吐いた。
「カイン……」
「何だ?」
「うん。泳いで渡るには時間が掛かるし、そもそも、体力が持たないと思うんだよ」
「そうなのか……」
フォンの言葉に肩を落とすカインは、鼻から息を吐くと腕を組んだ。
だが、すぐポンと手を叩き、提案する。
「なら、船を買うっていうのは?」
「そんな予算があるならとっくにそうしている」
壁にもたれ腕を組むリオンが、眉間にシワを寄せ不満そうにそう口にした。
そう、予算が合ったならば、こんな所で立ち止まっていない。そもそも、本来手に入るはずだった資金をダメにしたのは、カインだ。
彼が、燃やさなければ恐らく、小型船を買う程の資金はあるはずだった。
それを、リオンが口にしないのは、カインに悪気がないと分っているからだった。
リオンとカインのやり取りに苦笑するフォンは、椅子から立ち上がるとパンと胸の前で手を叩く。
その音にリオン、メリーナ、カイン、三人の視線が集まった。
「と、とりあえず、現状出来る事を考えよう!」
フォンはこの場をまとめようとそう声を上げたが、リオンは呆れた様に息を吐きジト目を向ける。
「出来る事? 一体、何が出来るって言うんだ?」
「え、えっと……資金集め?」
「どうやって?」
「え、えっと……狩りを――」
「この辺りに森は無い。あるのは広大に広がる海と平原だ」
フォンが言い終える前に、そう言い放ったリオンは瞼を閉じ眉間にシワを寄せた。
この辺りに獣の出る森は無い。獣が出なければ、討伐の依頼などあるわけも無く、ここで滞在することとなっているのだ。
困った様に目を細めるフォンは、右手で頭を抱え深いため息を吐く。八方塞だった。
そんな折、もう一度カインが提案する。
「なら、船を奪うと言うのは? どうせ、海に出ないなら必要ないだろ?」
カインの言葉に三人は表情を険しくする。
そして、リオンが不快そうに口を開いた。
「俺達は強盗じゃない。人のモノを奪うつもりは無い」
「使っていない船を借りるだけ。使った後に返せばいい」
「形が残っていればの話だな。第一、それはコチラの言い分だ。相手が奪われたと思ったら奪った事になる」
リオンがそう言うと更にカインは食って掛かる。
「なら、どうする? このままここでずっと過ごすのか?」
「そうは言っていない! お前は極端すぎる。もう少し考えて――」
「わ、わかった! 分かった!」
口論する二人の間にフォンが割ってはいる。
両手を二人へと向け、吐息を漏らすフォンは、眉をひそめ口を開く。
「とりあえず、こうしよう。まず、使われていない船を探す」
「探してどうする?」
リオンが静かな声で尋ねる。
すると、フォンはリオンの方へと顔を向けた。
「探して、持ち主を探す」
「持ち主? どうして?」
今度はカインが不思議そうに尋ねる。
そんなカインの方に今度は顔を向けた。
「交渉する」
「使われていないなら、そのまま使えばいい」
カインがそう言うと、フォンは頭を左右に振った。
「いや、それはダメだ。ちゃんと交渉してから譲り受ける」
フォンの強い言葉にカインは不満げに眉をひそめる。彼にとって、フォンの考え方は理解しがたいモノだった。
何故、使われていないのに、ワザワザ交渉し、お金を払って船を譲ってもらうのか、全く持って理解しがたい。
その為、カインは目を凝らし、フォンを睨みつけていた。
沈黙が漂う中、メリーナは微笑していた。
何だかんだと三人はいい仲だと思えた。
各々が違う考えを持ち、各々が違う性格の三人。それが、絶妙なバランスを保っている様に、メリーナには見えた。
胸の前で手を組むメリーナは、その光景を羨ましく思い、ふと思う。
(私は、あの中に一緒に居られるのかな?)
と。
ずっと、こんな風に一緒にいられるんだろうか、いや、ずっと皆と一緒に居たいと。
叶わない願いだとも知らず、そんな事をメリーナは思っていた。




