第85回 世界を救う者達
あれから、一週間ほどが過ぎ、ようやくメリーナの傷も癒え、フォン達は旅立つ準備をしていた。
幸い、あの日以降、カインも学習したのか獲物を燃やす事無く、旅の資金も十分な程貯まり、フォンとリオンも大分力をつけた。
今では一人で一頭狩る事が出来る程、成長していた。
旅の準備を終えたフォン達は、宿代を精算し、カーブンに会う為に建設中の城の前に来ていた。
兵達は忙しなく働き、その中にカーブンの姿もあった。
オレンジブラウンの髪から汗を滴らせながら、兵達に指示を出し自らも忙しなく働くカーブンに、フォンとリオンは聊か驚いていた。
まさか、次期国王になる人物が、自ら城の建設に関わっているとは思わなかったのだ。
この時代に来て、色々と驚かされているが、つくづく思う。実際の出来事と歴史書ではこうも差があるモノなのか、と。
そんな建設現場に現れた四人の姿に気付いたカーブンは「休憩!」と兵達に伝え、四人の下へと足を進めた。
額の汗を右手の甲で拭うカーブンは、穏やかな笑顔を向ける。
「もう、行ってしまうんですか?」
「ああ。流石に、ここでゆっくりしている場合じゃないからな」
「そうですか……」
リオンの言葉に、名残惜しそうにそう呟いたカーブンは申し訳なさそうに眉を曲げる。
「申し訳ない。一緒に行く事が出来ず……」
カーブンは深々と頭を下げる。
メリーナから、現在仲間を集めていると言う簡潔な説明をされ、カーブンは快くその申し出を受けてくれた。
フォン達が、今日まで旅を先延ばしにしていたのは、カーブンが現在城の建設が終わるまでは無理だと言ったからだ。
結局、これ以上先延ばしには出来ないと、フォン達の話し合いで決定された。
現在、城の建設は滞っている。その理由は、今、世界的に騒動を巻き起こしている東の大陸を占めるフォースト王国。彼らの不穏の動きなどが伝わり、城の建設に手を回せない程、兵達を各地に移動させ防衛に力を入れているのだ。
そんな事もあり、カーブンはここを離れる事が出来ないのだ。
それを理解しているからこそ、フォンもリオンも文句など言わなかった。
こればっかりは仕方ない事なのだ。
「まぁ、気にするなよ」
穏やかに笑いフォンがそう言う。
無造作な茶色の髪を風に揺らすフォンは、困ったように眉を八の字に曲げると申し訳なさそうに告げる。
「オイラ達こそ、悪いな。色々忙しいときに変な事お願いして」
「いえ。私の方こそ……。必ず、後から合流するので」
「ああ。そうしてくれると助かる」
腕を組むリオンが静かにそう告げ、二度、三度と頷いた。
正直、現状はこの状態をキープしていく事になりそうだった。
歴史書から言っても、皆が集まったのはまだまだ先の事。それを考えると、今はこれで十分なのだ。
しかし、メリーナは深刻そうに落ち込み、絶望したようなドンヨリとした空気を全体へと広げていた。
「大丈夫?」
「はい……大丈夫です」
「……大丈夫?」
「はい……大丈夫――」
そんなやり取りを繰り返すカインとメリーナに、カーブンは本当に申し訳なさそうに頭を下げた。
一方でフォンとリオンは苦笑し、呆れた様に吐息を漏らした。
「メリーナの事は気にするな」
「そ、そうですか?」
「ああ。今は、この国の事だけを考えていればいいさ」
静かなリオンの言葉に、カーブンは「えぇ。分りました」と軽く会釈した。
それから、カーブンは表情を険しくし、フォンとリオンを見据える。その眼差しに、先程まで和やかだった三人の雰囲気が一変し、緊迫した空気が流れる。
三人の視線が交錯し、カーブンは二人の後ろに居るメリーナとカインを一瞥した後に口を開く。
「お二人も気をつけてください」
「ああ」
「分かってるよ」
フォンとリオンがそう言うと、カーブンは複雑そうな表情を浮かべる。
「彼――カインでしたか、未だ謎が多いです。色々と兵に調べさせていますが、彼が一体何者なのか、まだ分からない事だらけです」
「そうか……」
「まぁ、カインの事は心配しないで大丈夫だよ」
何の根拠があるのか、フォンはそう言い切り微笑する。
能天気なフォンに対し、カーブンは不安げな表情を見せるが、リオンもその点についてはフォンと同意見だった為、カーブンの肩を右手で叩き、
「カインは多分、大丈夫だ。確かに正体が分らない事は、不安かもしれないが、それを言ったら、俺やフォンだって正体不明の存在だ」
「いや……それはそうかもしれないですが……」
眉間にシワを寄せ、カーブンは口ごもる。
確かに、フォンとリオンの事も兵に調べさせた。世界がこんな状況だからこその行動だ。
本来なら人を疑うなどしたくないカーブンだが、この国を――王になる父を守る為に嫌な役を引き受けているのだ。
複雑そうなカーブンだが、リオンは別の事を気にし、それを尋ねる。
「それより、フォーストの動きはどうなんだ?」
「ああ……それが、詳しい事は分っていません。何せ、フォーストに渡った諜報部隊が消息を絶っているので……」
怪訝そうにそう言うカーブン。
フォースト王国が建国してから、カーブンは常に諜報部隊を送り込んでいた。フォースト王国がどう言う状態なのか、民衆の反応はどうなのか、色々と気になる事があった。
だが、結果は散々で、カーブンの言う通り、諜報部隊は誰一人戻ってこない。
逆にそれが、フォースト王国の異常さを物語っていた。
その為、カーブンは四人が次に向かうのがフォースト王国だと言う事を知り、それをずっと反対していた。
それも、旅立つのが遅れた原因でもあった。
「本当に行くつもりなんですか?」
「ああ。俺達にも目的があるからな」
「仲間を集める……為ですか?」
やはり納得できないと言う表情のカーブンに、フォンは能天気に頭の後ろで手を組み馬鹿みたいに笑う。
「確かに、それも目的の一つだけど、他にも目的があるんだよ」
「他にも目的?」
「ああ。俺達は、知らなきゃいけないんだ。今、フォーストで何が起きているのか、何をしようとしているのか、それをこの目で見て確認しなきゃいけないんだ」
リオンのその発言にカーブンは目を伏せる。
何を言っても無駄だと言う事は理解していた。だから、カーブンは背筋を伸ばし左胸を右拳で三度叩く。
龍臨族の間で受け継がれる相手への敬意を称するポーズだった。
「あなた方に幸あれ!」
カーブンが声高らかにそう言うと、他の兵達も同じように右拳で左胸を三度叩き声をあげた。
「幸あれ!」
と。
胸に響く程のその声に、フォンとリオンはただただ笑みを浮かべる。
彼らならきっとフォーストが侵攻してきても大丈夫だろうと、安堵していた。
「ああ。カーブン。お前も、ちゃんと父を支えてやれよ」
「じゃあ、色々とありがとうな」
リオンとフォンはそう言うと背を向け歩き出す。そんな二人の背にカーブンは光明を見た。美しく、この世界を導く七色の小さな光を。
それは、逆光による錯覚だったのかも知れない。だが、カーブンは思う。この二人こそ、世界を救う者達だと。




