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第82回 カイン

 数日後、メリーナは宿のベッドで目を覚ました。

 目をパチクリさせ、天井を見上げるメリーナは、不意に体へと触れる。

 服は着ている様だが、いつもと様子がおかしい。

 体は何か締め付けられている感覚で、着ている服も自分のよりも数倍大きい物だった。

 その服の胸元を右手で摘み、メリーナは目を細める。

 誰の服だろうか、と考えたのだ。

 小柄なフォンの服にしては大きい為、恐らくリオンの物だろうか、とメリーナは答えを出す。

 まだボンヤリとしていた思考回路も、そんな事を考えていると次第に活発に動き出し、メリーナは様々な事を考え始めた。

 まず最初に考えたのは、“あの炎血族の少年は――”だった。

 間違いなく、親友であるクリスが予言した一人だとメリーナは核心していた為、その安否が心配だった。

 深手を負っていたが、それは完璧に治した自信はある。

 その為、すぐに深く長く息を吐き、胸を小さく揺らし瞼を閉じ、自分に言い聞かせる様に「大丈夫」と何度も呟いた。

 それから、“フォンは大丈夫か”と、考える。

 傷の事ではなく、自分が力を使用し人を治療した事を怒っているんじゃないか、そう思ったのだ。

 あの時、リオンに言われたのだ。フォンが癒天族の力を快く思っていない事を。

 メリーナ自身もこの力のリスクは知っている為、フォンがどうして快く思っていないのかも、分かっているつもりだった。

 心配してくれるフォンの気持ちが嬉しく、そのフォンが離れてしまうんじゃないかと怖くもなっていた。

 複雑な心境に、胸の位置まで被っていた毛布を頭まで引っ張り上げ、身を丸める。


「ううーっ!」


 毛布で声を押し殺し、そう叫んだメリーナは、ゴロンと体を右へ向け、毛布を目の位置まで下ろし外を眺めた。

 窓から見えるのは蒼い空と白い雲だけ。

 その為、状況も場所もよく分からなかった。

 その後も、メリーナは色々な事を考えたが、終始フォンの事を思い出しては毛布に埋まり奇声を上げ、を繰り返していた。


 どのくらいの時間が過ぎたのか、メリーナはいつの間にか眠りに就いていた。

 長い金色の髪は乱れ、ベッドのシーツはシワだらけ。

 毛布に埋まったまま寝た為か、メリーナの体はベッドの中心で丸くなっていた。


「……凄い寝相だな」


 様子を見に来たフォンが、思わずそう呟くほどシーツはシワクチャだった。

 唖然とするフォンは、眉間にシワを寄せると、右手の人差し指で頬を掻いた。


「おい、メリーナの様子はどうだ?」


 ドアを開き部屋を覗き込むリオンがそう尋ねる。

 が、すぐにベッドの上のメリーナに気付き、眉間にシワを寄せた。

 振り返ったフォンは苦笑し、リオンは深くため息を吐いた。


「どうしたんだ? あれは?」

「さ、さぁ? オイラが来た時にはこの状態」

「全く……。とりあえず、もう少し寝かせておいてやろう。癒天族はそれだけ体力を消耗するんだしな」


 リオンが腕を組みそう言い、フォンは小さく頷いた。


「そうだな。まぁ、今はゆっくり休ませよう」


 フォンはそう言いズボンのポケットへと手を入れ、部屋を後にした。



 別の部屋に、一人の少年が居た。

 殺風景で、ベッドと机と椅子以外何も無い部屋。

 窓には確りとカーテンが掛けられ、明かりは全く差し込まず薄暗かった。

 部屋のベッドに腰掛ける少年は、全く動かない。

 体には治療した痕――包帯が痛々しく巻かれていた。

 うな垂れる彼の美しい金色の髪がサラサラと微量の風にも関わらず揺れる。余程髪質がいいのだろう。

 意識はあるが、目は虚ろで生きていると言う雰囲気すら感じさせぬその少年は、僅かに肩だけを上下させていた。

 そんな折、ドアが開かれる。

 留め金が軋みオレンジブラウンの髪を揺らしカーブンが部屋へと入ってきた。

 穏やかな表情だが、その目は鋭く真っ直ぐに少年を見据える。

 背負っていた鱗模様の刻まれた大剣を静かに机の上へと下ろし、カーブンは椅子に腰掛けた。

 少年はゆっくりと顔を挙げ、二人の視線が交錯する。

 静まり返る一室で、カーブンは深く息を吐き出した。

 そして、穏やかな口調で尋ねる。


「キミは誰だ?」


 穏やかだが厳しい声のカーブンに対し、少年は虚ろな眼差しを向け俯く。


「僕は……」


 数秒が過ぎ、少年がボソリと呟いた。

 その声に耳を澄ませカーブンは眉をひそめる。

 だが、それから少年は口を開かない。

 沈黙が流れる中で、カーブンの深い吐息だけが響いた。

 僅かな苛立ちを含んだカーブンの吐息だが、少年にはそんな事関係ないと表情一つ変えない。

 訝しげな眼差しを向けるカーブンは、腕を組むと椅子の背もたれへと背を預けた。

 恐らく、何を聞いても無駄だろうと考えたのだ。

 諦めたように肩を落としたカーブンは、俯き目を伏せた。

 そんな折、部屋のドアがノックされる。


「どうぞ」


 静かにカーブンがドアに向かいそう言うと、ドアが留め金を軋ませ開かれた。


「入ってもいいか?」


 開かれたドアから顔を覗かせるフォンがそう尋ねる。

 すると、カーブンは小さく頭を上下に動かし、


「ああ。構わない」


と、静かに答えた。

 その言葉を聞き、フォンとリオンが部屋へと入る。

 すると、少年の表情が僅かに変化した。

 眉間にシワを寄せ、フォンとリオンへと目を向ける少年に、カーブンは目を細める。

 何に反応を示したのか、それは定かではない。

 だが、自分には反応無く、フォンとリオンには反応を示した、何か理由があるはずだと、カーブンは考えていた。

 フォンとリオンは、少年の顔を見るなり複雑そうな表情を浮かべる。

 見れば見るほど、その少年が自分達が知るカインと言う人物に見えてしょうがなかった。

 訝しげな表情のリオンは、深く息を吐き腕を組むと、僅かに黒髪を揺らしカーブンへと顔を向ける。


「それで、何か話したか?」

「いいえ。全くですよ」


 右手を軽く振り、呆れた様にカーブンがそう言うと、「そうか」とリオンは呟いた。

 少年の顔をマジマジと見据えるフォンは、不意に呟く。


「なぁ、やっぱカインに似てないか?」

「カイン?」


 フォンの言葉に少年がボソリと呟いた。

 だが、その声は三人には聞こえない程小さな声だった。

 その為、フォンの言葉にリオンが、


「似ているが、居るわけが無いだろ?」


と、厳しい言葉を発した。

 その言葉にカーブンは訝しげな表情を浮かべる。


「知り合いですか?」

「いや、知り合いに似てるってだけだ」


 カーブンの問いに、リオンが頭を左右に振り即答した。

 その言葉に小さく首を傾げ、カーブンは眉間にシワを寄せる。


「似てるだけ? 本人では?」

「いや、その人が居るわけないんだ」

「いるわけない? もう亡くなっていると?」

「うーん……まぁ、そんな所だ」


 腰に手をあて、リオンがそう呟く。

 そんな折、ベッドに座っていた少年は、ゆっくりと立ち上がる。

 そして、その虚ろな眼差しに僅かに光を宿し、フォンを見据える。

 少年の眼差しに、フォンは首をかしげた。


「な、何だ?」


 思わずフォンがそう口にすると、少年は小さく頷く。


「僕は……カイン?」

「いや……、オイラに聞かれても……」


 疑問詞で呟いた少年に対し、フォンが呆れ顔でそう呟いた。

 すると、少年は首を傾げ、


「キミが、カイン?」

「いや、オイラはフォンだよ」


と、またフォンは即答した。

 そのやり取りに、カーブンは聊か驚き、リオンはなぜかその少年にフォンと同じ匂いを感じた。

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