第80回 フォンには敵わない
馬に乗り、フォン達は北上していた。
人攫い集団の根城が北方にあると言う情報をカーブンは前々から耳にしていた。
その真偽は不明だが、今はその情報を信じるしかなかった。
すでに馬を飛ばし、一時間以上が過ぎている。
荷車を引き走る馬二頭の脚力を考えても、そろそろ追いついてもいいはずなのだが、いまだに追いつく気配がなかった。
やがて手綱を引き、カーブンが馬を止める。
それに遅れ、フォンとリオンも馬を止めた。
「どうしたんだ?」
リオンが訝しげな眼差しをカーブンへと向ける。
その眼差しに困り顔でカーブンは小さく首を振った。
「もしかしたら、あの情報はデマだったのでは……」
「今更、何を言ってるんだ!」
リオンが怒声を轟かせる中、フォンは空を見据え、声を上げる。
「お、おい! アレ!」
フォンが空を指差す。
その先に二人は目を向けた。
そこに見えるのは、黒煙だった。
焚き火にしては明らかに異常な量のその煙に、三人は核心する。
「恐らく、あそこが隠れ家ですね」
「でも、どうして黒煙が……」
「そんな事どうでもいいだろ! 急ごう!」
腕を組み考え込むリオンに対し、フォンがそう言い放ち、馬を走らせた。
「お、おい! 待て! フォン!」
それを追う様にリオンも馬を走らせ、カーブンは訝しげに眉を潜める。
何か嫌な予感を胸に秘め、カーブンも静かに馬を走らせた。
紅蓮の業火が辺りを包む。
洞窟内には黒煙が充満しつつあり、洞窟奥に捕らわれるメリーナは、苦しそうに口と鼻を右手で覆い伏せていた。
動く事など出来ない程息苦しく、メリーナの意識はモウロウとし始めていた。
そんな洞窟で異質な存在を漂わせる一人の少年。
赤く染まった髪を揺らし、次々と人攫い集団を襲う。
ボンヤリとした眼差しは、まるで機械の様で、それは作業を行う様に淡々と男達を殴り、炎に包む。
「ぐああああっ!」
「こ、この化物が!」
男達の悲鳴と怒号が轟き、数発の銃声が響く。
少年の体には鉛玉が打ち込まれ、鮮血が迸る。
しかし、飛び散った血は次々と発火し、辺りは更に火の海と化す。
「くっ! 退くぞ! 撤退だ!」
この集団のボスらしき大柄な男が野太い声を上げる。
その声に、男達は我先にと一目散に洞窟の入り口へと走り出した。
衣服から血が滲む少年は、傷口へと指を入れるとグチャグチャと嫌な音を響かせながら血を溢れさせながら、鉛玉を取り出す。
血に染まった鉛玉は地面へと落ち甲高い音を立てた。
痛々しい傷だが、少年はまるで痛みなど感じていないかの様に表情一つ変えず、ゆっくりと歩き出した。
少年の足元で血に染まった鉛玉が炎に包まれる。
そして、洞窟の道を塞ぐ様にその炎は広がった。
白煙を噴かせる少年の足取りはやけにゆっくりだった。
男達にとってその少年の表情、足取りは恐怖そのものだった。
それ故、男達は大慌てで逃げ出す。
だが、彼らの逃げたその先に待ち受けていたのは――。
「メリーナは何処だ!」
馬から飛び降りたフォンが人攫い集団のボスの大柄の男へと殴りかかった。
右の一撃が頬へと見事に決まり、大柄の男の体は地面へと仰向けに倒れる。
口角が切れ、男の口から血が溢れた。
「親分!」
手下の一人がそう叫ぶ。
「てめぇ!」
更にもう一人の手下がその手に持ったライフルの銃口をフォンへと向け、叫んだ。
直後――。
「伏せろ!」
背後から轟くカーブンの声に、フォンは身を屈める。
馬から跳躍するカーブンは右腕を大きく振りかぶり、その腕に龍の鱗を浮き上がらせた。
「ドラゴンテイル!」
しならせる様に腕を振るうと、その腕がムチの様にしなり龍の尾を模した形へと変り、ライフルを構える男の体を斬り付けた。
「ぐあっ!」
頑丈な胸当てが裂け、鮮血が迸る。
倒れ込んだ男は両手で傷口を押さえ、苦しげにのた打ち回っていた。
静かに着地したカーブンは、ふっと息を吐きそんな男へと目を向ける。
と、その時、呻き声をあげ、激しくのたうち回るその男の顔を、洞窟から姿を見せた赤い髪の少年が右足で踏み締めた。
グショッと嫌な音が響き、男の頭は潰れ、血が放射線状に広がった。
絶句するカーブンとフォン。目の前で起こった光景が恐ろしく、目を見開いていた。
そこに大分遅れてリオンが到着し、馬から降り辺りを確認する。
そして、少年の姿にリオンは訝しげな表情を浮かべた。
「か、カインさん?」
思わずリオンがそう口にした。
そう、そこに居た少年の姿は、あの三十数年前の大戦で英傑と呼ばれた十人の一人、炎血族のカインと瓜二つだった。
その背丈も、顔付きも全てが。
ただし、彼らが知っているカインと唯一違うのは、その表情。
この少年にはまるで感情など無いかの如く、無の表情で辺りを見回していた。
その足で男の頭を踏み締めたまま。
そんな少年に、カーブンの表情は変る。
「貴様! 何故、その男を殺した!」
声を荒げるカーブンに対し、少年は小さく首を傾げる。
自分に向けられた言葉なのだと分かっていない様子だった。
その為、全く反応は無く、その態度が更にカーブンの怒りを増幅させる。
「貴様!」
カーブンは地を蹴ると、少年へと迫る。
その音にようやく少年も先ほどの言葉が自分へと向けられたのだと気付いたのか、小さく首をかしげた。
「ふざけるな!」
カーブンは右足を踏み込むと背負っていた大剣の柄を右手で握り、そのまま少年へと叩きつける様に振り抜いた。
轟音が轟き、大量の土煙が舞い上がる。
しかし、次の瞬間、土煙をかき消す様に炎が広がり、カーブンの体は後方へと弾き飛ばされた。
「うぐっ!」
二度、三度と地面を転げたカーブンは、体勢を整える。
その際、持っていた大剣の切っ先を地面に突き立てた為、地面に一本の深い溝が生まれていた。
オレンジブラウンの髪の先が僅かに焦げていた。
だが、そんな事を気にする様子は無く、カーブンはゆっくりと立ち上がり、服を叩き真剣な眼差しを土煙の向こうに佇む少年へと向ける。
右肩から真っ直ぐ縦に入ったカーブンの大剣により、少年の肩からは大量の血が出ているにも関わらず、少年は全く表情をかえず、ただその傷口を見据えていた。
明らかに異常なその少年の姿に、カーブンは寒気を感じ、フォンとリオンも何かおかしいと考える。
神経を断たれ、少年の右腕は動かない。
それが不思議なのか、少年は小さく首を傾げ、僅かに眉間にシワを寄せる。
「な、何なんだ! 貴様は!」
大剣を構えカーブンが叫ぶ。
その声に少年は僅かな反応を示す。
「僕は……何なんだ? ここは……一体……」
そう呟いた後、少年の意識はプツリと途切れ、地面へと崩れ落ちた。
肩に負った傷が相当酷かったのだろう。
明らかに血を流しすぎていた。
それにより、彼の意識は途切れたのだ。
みるみる赤かった髪が金色に戻り、その姿に更にフォンとリオンは感じる。
自分達の知るカインと全く同じ容姿だと。
だが、直後、フォンは思い出し、立ち上がる。
「メリーナ!」
「そう言えば、メリーナは何処だ!」
フォンの声でリオンもようやく自分達がここに来た理由を思い出し声を張った。
慌てるフォンは黒煙を吐き出す洞窟へと目を向ける。
そして、直感的に悟る。
メリーナはまだ洞窟の中に居るのだと。
そう思うや否や、フォンは走り出していた。
「フォン!」
リオンが止めようと名を呼ぶが、もう遅い。
後先も考えず、フォンは黒煙の中へと飛び込む。
どうなるかなんて考えている余裕はなかった。
ただ、メリーナを助けなければならない。
そう思い、必死になっていた。
自分の身など省みぬフォンの姿に、リオンは思う。
“きっと俺はフォンには敵わない”
と。




