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第8回 旅立ち

 朝方、フォンは部屋で家を出る準備をしていた。

 替えの衣服と下着を数枚カバンへと詰め、それを肩に担ぎ、ベッドに立て掛けていた剣を腰にぶら下げ、部屋を出る。ドアを開いたまま部屋の中を見回したフォンは、深々と頭を下げ、ドアを閉めた。

 少量の荷物を持ったフォンは、静かに階段を下りる。寝ているであろう母を起こさない様に。だが、一階に下りてフォンは驚く。そこに居たのは、母だったからだ。


「ほら。朝食。食べるでしょ?」

「えっ、あっ……母さん……」

「呆けてないで、テーブルに着きなさい」


 母に促され、フォンは静かに椅子に座ると、食卓に並んだ料理を見据える。いつもよりも豪華な料理に、フォンは驚き母の顔を涙目で見据えた。


「ふふっ。暫く、私の手料理も食べられないでしょ? だから、今日は頑張ってみたわ」

「ありがとう……母さん」

「フォン。母さんはここでずっと待ってるわ。だから、あなたは悔いの残らない様に、自分がやりたい事、やらなきゃ行けない事をキチンとやり遂げなさい」

「うん。分ってる。母さんも、体には気をつけて」

「あんたに心配される程、やわじゃないわよ」


 楽しげに笑う母の姿に、フォンも笑う。その目に僅かに涙を溜めながら。

 その後、フォンは出された母の手料理を全て平らげた。暫くは食べる事の出来ない母の手料理を一時間掛け味わって。

 空の皿が並ぶ食卓で、母は静かに立ち上がる。それに遅れフォンも立ち上がり、荷物を手に持った。


「母さん。俺、そろそろ行くよ。リオンやスバルとの待ち合わせもあるし」

「ちょっと待って、渡したいモノがあるから」

「えっ? い、いいよ、別に」


 これ以上母から貰うモノなんて無いはずだと、フォンは戸惑う。だが、母は鼻歌混じりで背を向け、なにやらゴソゴソと棚をあさる。困った様に頭を掻くフォンは、壁にぶら下がる時計を見る。もう六時を回ろうとしていた。リオン達との待ち合わせの時間までもうあまり時間が無く、慌てた様に腰に剣をぶら下げ、フォンは玄関へと急いだ。


「ごめん。母さん。待ち合わせに遅れるから」

「ちょ、ちょっと待って! あっ、あった! ほら、これ!」


 フォンの母は手に取ったモノを、フォンへと向ける。母の持つ茶色の古びたロングコートに、フォンの瞳孔が開く。それは、昨日フォンが着た父の形見であるロングコートで、その裾がキチンと直されていたのだ。不器用な母がロングコートの裾を直し、朝から豪勢な料理を作ってくれた。その事で胸がいっぱいになり、フォンは思わず涙が出そうになる。だが、それを堪え静かに息を吐くと、ゆっくりと母の方へと足を進めた。


「ありがとう……母さん」

「父さんがきっとあなたを守ってくれるわよ」


 茶色のロングコートへと腕を通したフォンの姿を、母は懐かしそうに見据える。その表情には何処か儚げな印象も見え隠れし、フォンはそんな母に深々と頭を下げた。


「今までありがとう! 俺、絶対戻ってくるから。いってきます!」

「いってらっしゃい」


 フォンの言葉に優しく答え、手を振る。そんな母に背を向けフォンは家を飛び出した。

 家を出てすぐ、フォンの頬を涙が伝う。母の優しさが身に沁み、自然と涙が零れ落ちたのだ。その涙を拭いだフォンはそのまま走り出す。決して振り返る事無く、全力で。

 どれ位走ったか分らないがフォンは足を緩めると、ゆっくりと立ち止まる。肩を大きく上下させ、空を見上げる。もう空は明るくなり始めていた。

 冷たい風が吹く中で、大木にもたれていたリオンがそんなフォンの姿を見つける。その足元で膝を抱えるスバルは、まだ眠そうに頭をコクリコクリと揺らしていた。


「フォン。遅刻だぞ」

「わりぃ。母さんとちょっと……」


 何処か寂しげな笑みを浮かべるフォンに、リオンは小さく吐息を漏らすと、その足元へと視線を向け驚く。


「それ、昨日着てた奴だろ?」

「えっ? ああ。どうだ? 似合うか?」

「裾直したのか? でも……何か下手だな」

「なっ! おまっ、失礼だな!」


 蔑む様な目を向けるリオンに、フォンは声を荒げ怒鳴った。だが、すぐにリオンも頭を下げた。それを直したのが、フォンの母であると言う事を悟ったのだ。元々、フォンの母との交流も深かった為、あの人が不器用だと言う事を思い出したのだ。


「悪いな。ホント」

「全く……お前、ウチの母さんに世話になってるのに……」

「だから、悪いって言ってるだろ。テッキリ、お前が直したんだと思ったんだよ」

「あのなぁ……。俺なら良いってもんでもないだろ」


 表情を引きつらせるフォンに、リオンは「いや、お前なら良いだろ」と真顔で答えた。これは本気でそう思っていると、フォンは苦笑し、右肩を僅かに落とした。

 ウトウトとするスバルを起こした二人は、街の出入口へと向かう。慣れ親しんだ道を歩み、見慣れた風景をその目に焼け付ける。途中、アカデミアの前で足を止め、三人は深々と頭を下げた。今まで沢山の事を学んだその学びやに、感謝の意を込めて。

 それからものの十分程歩き、街の出入口に辿り着く。すでに空は明るくなり、街道には疎らに人の姿があった。街の出入口に立つ三人は、そこから街を見据える。


「……結構、広い街……だったよな」


 フォンが静かに口を開くと、リオンが「そうだな」と含み笑いを交え答える。その横ではスバルが笑顔で頷き、


「正直、こんな風に街を出るとは思ってなかったよ」


 と、感慨深く呟く。

 街道を抜ける風が、街の香りを三人へと僅かに届ける。慣れ親しんだ街の匂いに、三人は静かに笑う。


「沢山、悪さもしたな」

「それは、お前だけだ」

「なっ! お前も一緒だったろ?」

「いや、俺は傍観してただけだ」

「いやいやいや。それってもう共犯だから」


 フォンとリオンの間に割って入る様に手を振りながらそう告げたスバルは、苦笑しながら二人の顔を覗く。納得行かないと仏頂面を見せるフォンと、不満げな表情を浮かべるリオン。そんな二人に、スバルはパンと両手を合わせる。


「じゃあ。ここは、俺が仕切らせてもらって。お世話になったこの街に、感謝を込めて、それから、またここに三人で帰って来る事を誓い!」


 スバルの掛け声に、フォンとリオンも大きく息を吸い、叫ぶ。


“いってきます!”


 と。

 早朝の街にこだまする三人の叫び声に、その周辺の家と言う家の明かりが就き、怒鳴り声が響き、三人は悪がきの様に無邪気に笑いながら踏み出す。この街から世界への第一歩を――。

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