第76回 メリーナの焦り
フォン達一行は、徒歩にて旅を続けていた。
目的地は北の大陸中心部に存在する大都市レイストビル。
龍臨族が長を務める巨大な都市だ。
この頃からすでに繁栄し始めていたレイストビルは、この先五百年以上も廃れる事無く、一王国を築き上げる事になる。
と、言っても国が出来るのはまだ少し先の話だった。
そんなレイストビルへと向けて歩みを進める三人。
馬車は流石に飛行艇に乗せる事が出来なかった。
しかも、所持金も残り僅かだった為、この土地で馬車を買う事は出来なかったのだ。
その為、必要最低限の荷物を持ち、三人は歩き続けていた。
足取りが軽いのはフォンだった。
今まで、散々乗り物に酔い、最悪な旅路だったが、今回は快調だった。
そんなフォンの後に続くようにリオン、メリーナと続いていた。
彼是、一週間ほど歩き続けていた。
「なぁ、あとどれ位かかると思う?」
先頭を行くフォンが不意にそう口を開いた。
茶色の髪を揺らして振り向いたフォンへと、リオンはジト目を向ける。
「さぁな」
肩をすくめたリオンは、さらさらと黒髪を揺らし首を振った。
正直、今、どの辺を歩いているのかさっぱりだった。
とりあえず、道なりには進んでいる。
だが、道のりは遠く、果てしない。
その為、最後尾を進むメリーナは少々疲れが見えていた。
「大丈夫か? メリーナ?」
心配そうにフォンがそう尋ねると、メリーナは引きつった笑みを浮かべ、
「へ、平気です……」
明らかに平気そうな顔ではないメリーナにフォンは息を吐き、リオンへと目を向けた。
フォンと視線が合ったリオンは肩を竦めると小さく首を振った。
「じゃあ、とりあえず、ここで少し休むか」
頭の後ろで手を組み、フォンが笑みを浮かべた。
その笑顔にメリーナは安堵した様に息を吐き、その場にへたり込んだ。
やはり、疲れはあったのだろう。座り込んだメリーナは俯き大きなため息を吐いた。
「はうぅぅっ……」
「大丈夫か?」
肩を落とし天を仰ぐメリーナにフォンは呆れた様子でそう尋ねた。
特別急いでいると言うわけでもないのに、何故メリーナがそこまで無理をしたのかフォンには分からなかった。
その為、自然と疑問を口にする。
「で、何、焦ってるんだ?」
「えっ?」
突然のフォンの問いかけに、メリーナは目を丸くする。
本人に焦っていると言う自覚がなかったのか、困った様な笑みを浮かべ、メリーナは頭を掻いた。
「わ、私、焦ってる様に見えましたか?」
半笑いのメリーナに、フォンとリオンは顔を見合わせる。
メリーナが焦っている理由。それを、何となく理解している。
恐らく、それは、未だに仲間を集められていない事だ。
烈鬼族のレイド、地護族グラッパ、風牙族ウィルス。三人共結局仲間にする事は出来なかった。
知らず知らずにその焦りが出ていたのだろう。
火をおこすリオンは、深く息を吐くといつも通り眉間へとシワを寄せ、
「大分、焦っている様に見えたな。別段、急いで仲間を集める理由など無いだろ?」
と、リオンは通常通りの冷静な口調でズバズバとストレートに言い放った。
その言葉にメリーナはようやく焦っていたと自覚したのか、肩を落とすと俯いた。
相変わらずのリオンの口振りに、フォンは目を細める。流石に、もう少し言い方があると思うが、リオンにそんな事を言ってもしょうがないと、フォンは小さく吐息を漏らした。
「まぁ、焦ってもしょうがないって。何があるにしても、オイラ達は進むしかないわけだしさ」
「でも……」
メリーナの表情は険しい。
それは、メリーナが焦るもう一つの理由があったからだ。
先日発表されたのだ。東の大陸にフォースト王国と言う国が建国された事を。
そして、その初代国王シュナイデルは宣言した。
“この世界を我らがフォースト王国が統括する”
と。
その言葉は他の三つの大陸の反感を買う。
それにより、各大陸で代表が集まり、フォースト王国に対抗する為の勢力、自らも国を立ち上げようと言う話が大きくなった。
そして、西の大陸でもアルバー王国が建国される。
地護族、烈鬼族、風牙族の武装派集団が集まり建国されたアルバー王国はすぐさまフォースト王国へと宣戦布告を行う。
“我らがアルバー王国はフォースト王国に屈しない。我々は徹底的にフォースト王国と戦う”
と。
その宣言により、二国の争いが開戦し、現在、着実に戦争の準備が行われているのだ。
歴史を知っているフォンとリオンからすれば、これは想定内の事だが、メリーナはその事を知らない。だからこそ、焦りが出たのだ。
焚き火を熾したリオンは、深く息を吐くと切れ長の眼差しをメリーナへと向ける。
「フォンの言う通り、俺らが焦っても世界情勢を変えられるわけじゃない。今は、自分が出来る事、やるべき事だけを考えろ」
冷ややかに感じるかもしれないが、これでリオンはメリーナの事を心配している。
そうでなければこんな言葉を掛ける事は無い。
その事を理解している為、フォンはニシシと笑い体を前後に揺らしていた。
茶髪を揺らすフォンに、リオンは少々不服そう腕を組む。
「何だ? その笑いは?」
「いやいや。素直じゃないなぁーって」
「はぁ? 一体、何の事だ?」
眉間に深くシワを刻むリオンがジッとフォンを睨み付けた。
しかし、フォンは相変わらず笑みを浮かべたまま体を前後に揺らす。
二人のやり取りに訝しげに首を傾げるメリーナは、束ねた金色の髪を右へと流した。
時々、メリーナは二人の話についていけない事がある。その時、不意に感じるのだ。二人との距離を。
そして、思う事がある。自分もクリスとこんな風に心を通わせているのだろうか、と。
そう考えると、フォンとリオンの関係が少しだけ羨ましかった。
ほんの少しの休憩のつもりだったが、いつの間にか陽は大分傾いていた。
「さて、今日はこの辺で野宿だな」
焚き木を焚き火の中へと投げ入れ、リオンがそう呟いた。
恐らくだが、ここで野宿をする為にリオンは火を熾したのだと、フォンもメリーナも思った。
もちろん、本当にそうなのかはわからない。だが、リオンがメリーナの事を気にかけている事から考えると、この考えは確かだろうと、フォンは呆れた様子でため息を漏らし、肩を落とした。
「ホント、お前って素直じゃないよな?」
「はぁ? 何の事だ?」
「いやいや。何でも――」
フォンの言葉がそこで止まる。それは、フォンの鼻先にピタリと止まった一匹の蛾によるものだった。
静まり返る空気に、メリーナはフォンの方へと目を向ける。
「どうしたんですか?」
「あぁー……ソイツ、虫が苦手なんだ」
鼻先に蛾をつけるフォンへと呆れた表情を向けるリオンがそう呟くと、メリーナは小さく頷く。
「そ、そうなんですか……」
フォンの意外な欠点を教えてもらい何処か嬉しそうなメリーナは、フォンへと目を向け微笑した。
「意外ですねー。フォンさんに苦手なモノがあるなんて」
「ああ。そうだな」
リオンは呆れた様に肩を竦め、
「とりあえず、気絶している奴から蛾を振り払ってやれ」
「えっ? 気絶してるんですか?」
驚くメリーナがフォンへと目を向ける。
微動だにしないフォンは、目を開けたまま意識を失っていた。
その様子にメリーナは呆れた様に笑い、肩を揺らした。




