第75回 リオンとメリーナ
「ようやく、着いたか……」
飛行艇から降りたリオンがそう呟いた。
フォン達はようやく、北の大陸へと辿り着いた。
目を輝かせるメリーナは、やたら嬉しそうに辺りを見回していた。
一方フォンは、相変わらず体調が悪そうによろよろと歩いていた。
「あぁー……死ぬ……」
茶色の髪を揺らすフォンは、そのまま膝を落とすと手を着きうな垂れる。
顔色は悪く、本当に今にも死んでしまいそうだった。
長い金色の髪を揺らすメリーナは、純白の丈の長いスカートをはためかせフォンへと振り返る。
「フォンさん、フォンさん! 寝てないで、おきてください!」
足早にフォンへと歩み寄ったメリーナは、その腕を掴み無理やり立ち上がらせようとする。
そんな二人の様子にリオンは苦笑し、深くため息を吐いた。
「メリーナ。フォンはまだ本調子じゃないんだ。そのままにしておけよ?」
「そ、そうですか? 分かりました……」
リオンの言葉に肩を落としメリーナはそう答えた。
あまりの落ち込みっぷりに、リオンは更に苦笑し右手で頭を掻いた。
それから、小一時間が経過し、フォン達は町の宿で休んでいた。
フォンの体調が戻らなかったのだ。
宿の一室でフォンを寝かせ、リオンは町を散策していた。メリーナはフォンが心配だと言っていたが、結局好奇心に勝てず、リオンと共に散策に出ていた。
目を輝かせ、あっちへウロウロこっちへウロウロと蛇行するメリーナに、リオンは引きつった笑みを浮かべる。
大して目を惹かれるモノなど無いはずなのだが、一体何がメリーナの興味をそそるのか、リオンは分からなかった。
現在、リオン達がいるのは、北の大陸の西南にある中型都市。飛行艇の発着場所がある為、結構な重要拠点でもある。
開発が進んでいるらしく、変った乗り物や様々な種類の農作物が目に止まった。正直、リオンも見た事の無い作物もあった。
ここ北の大陸は基本的に龍臨族が多く、行き交う人の半分は龍臨族だと思われる。ただ、見た目は普通の人と変らない為、その区別の付け方は分からない。
龍臨族の特徴は、長生きな事とその身に龍を宿していると言う事。その為、リオンも普段の生活で、気付かない内に龍臨族に会っている可能性もあるのだ。
ズボンのポケットに手を突っ込み静かに歩みを進めるリオンは、目の前を往来するメリーナへと声をあげる。
「メリーナ。あんまりはしゃぐなよ?」
「ふぇっ? はしゃいでなんかないですよー」
語尾に音符のマークが付いてしまいそうな程の満面の笑みを浮かべるメリーナに、リオンは小さく息を吐くと、肩を落とした。
この北の大陸に来たのは龍臨族と炎血族の仲間を探す為だった。
飛行艇に乗ってからはやけに興奮気味だった為、リオンも詳しく予言の事は聞いていない。その為、これからどうしたらいいのかまだ分からないのだ。
暫く、リオンはメリーナと町を見て回った。
特に目を惹くモノは無いが、発着場所がある為か飲食店やら宿がやたら多くあった。
売店などもあったが、何処も同じような品ばかりを扱っていたのをリオンは鮮明に覚えている。
ここに来て、メリーナも疲れが出たのか、少々動きが鈍り、大きくため息を漏らし肩を落としていた。
「大丈夫か?」
リオンが心配そうにその背中に声を掛けると、メリーナは苦笑いを浮かべ振り向いた。
「すみません。ちょっと、疲れました」
「だろうな……」
メリーナの言葉に苦笑するリオンは、小さく吐息を漏らした。
二人は小さな喫茶店へと入店した。
殺風景だが静かな音楽の鳴るその店内は、妙に落ち着いていた。
店の奥、窓際の席に二人は向かい合い腰掛けた。
それと同時にメリーナはテーブルへと突っ伏し、「はふぅーっ」と声をあげる。
メリーナのその行動に、リオンは驚き笑みを零す。
「な、何ですか? 人の事見て、笑うなんて……」
微笑するリオンに、メリーナは体を起こし不服そうに頬を膨らせた。
愛らしいその仕草にリオンは、小さく頭を振る。
「いや、メリーナはお嬢様だと思っていたけど、そうでもないんだな、と思ってな」
リオンが笑いながらそう言うと、メリーナは唇を尖らせる。
「何ですか? 私、これでも立派なお嬢様なんですよ? 失礼ですぅ」
怒った様にメリーナはそっぽを向いた。その行動がまた子供っぽく、リオンはおかしかった。
やはり、メリーナはお嬢様と言う風にはリオンには見えなかった。
何処にでもいる一人の歳相応の少女にしか見えなかった。
その後、リオンはメリーナの機嫌を直す為に、ケーキを頼み、暫し静かな時間を過ごした。
客は他に居らず、ただ静かな時間だけが過ぎる。
そんな中、ティーカップの紅茶を啜り、リオンが穏やかな口調で尋ねた。
「メリーナは、俺とフォンと出会った森で、何をしてたんだ?」
不意の質問に、クリームを口元に付けたメリーナがキョトンとした表情を向ける。
そして、暫く考えた後に、困った様な笑みを浮かべ答えた。
「クリスに言われて、あの森を通過してたんです。その途中で、二人の協力者、世界を変える事の出来る力を持つ方と出会う、と、言われまして……」
「あぁ……まぁ、実際、そうなった……わけ……だろ?」
歯切れ悪くリオンは呟く。
世界を変える力を持つなどとは思っていない。だが、間違いなくその二人の協力者はフォンとリオンを指していた。
その為、少々リオンは歯切れが悪かったのだ。
正直、本当に世界を変えるだけの力があるのか、疑いたくなる。この時代に来て思い知らされていた。自分と他の伝説の人物達との生きてきた道の違い、その身に付けた力の差を。
ふっ、と息を漏らし肩を落とすリオンに、メリーナは小さく首を傾げた。
「どうかしましたか?」
「いや……それで、どうして追われてたんだ? アレも予言か?」
初めて会った時の状況を思い出し、リオンが右手を軽く左右に振りそう尋ねる。
すると、メリーナは金色の髪をゆらりと揺らすと、静かに右手に持っていたスプーンを置いた。
「実はですね……森を彷徨っていると、二人組みの不思議な乗り物に乗った方がいまして……」
困り顔でメリーナがそう言った瞬間に、リオンは何となく状況を理解した。
呆れた様に目を細めるリオンは、頬杖を突き窓の外へと視線を向ける。
「そう言う世間知らずな所をみると、お嬢様なんだな、って実感するよ」
「むぅーっ! 私は、世間知らずなんかじゃないです! 大体ですねー、リオンさんはもう少し女性に優しくするべきだと思うんですよ!」
口元にクリームを付けたまま、顔の横に右手の人差し指を立て、メリーナは何度も頷く。
そんなメリーナの姿に半笑いするリオンは、
「女性に優しく? 俺は十分優しくしているつもりだよ。こうして、はしゃぎまわって疲れたお嬢様を休ませる為に喫茶店に入ってるわけだし」
「なっ! は、は、はしゃいでません! わ、わわ、私、そんなお子様じゃありませんよ!」
今度は両腕を振り上げプンスカと声をあげる。
しかし、口元にクリームが付いている為、お子様じゃないなどと言われても、説得力が無く、リオンは左手を軽く振った。
「分かった分かった。お子様じゃないなら、その口元のクリームは拭っとけよ」
「むぐっ!」
リオンの言葉にメリーナは両手で口を覆った。
それから、顔を真っ赤にし頬を膨らせる。
「むぅーっ! そ、そそ、そ、そう言う事はもっと早く言ってください!」
「いやいや。お嬢様であらせるメリーナ嬢は気付いておらっしゃってワザとそうしているものだと」
肩を竦め、リオンが苦笑すると、メリーナは耳まで真っ赤にし、
「凄いバカにしてる! 今、物凄い私の事バカにしてる!」
右手の人差し指をリオンへと向け、興奮気味に声をあげた。
こう言う言動を見ていると、尚更リオンは疑問に思う。本当に彼女は癒天族なのだろうか、と。
子供の様に拗ねるメリーナは、頬を膨らし俯きながら残りのケーキを口へと運んでいた。
その姿を見ていると、やはりリオンの中で癒天族のイメージは大幅に崩れ、ショックを受けた様に両肩を大きく落とした。




