第74回 フォースト王国
フォン達は飛行艇に揺られていた。
結局、風牙族ウィルスは一緒に来てはくれなかった。
と、言うよりも話半分にしか聞いておらず、何らかの勧誘だと思われてしまった。
故に、軽く断られてしまったのだ。
それから一ヶ月が過ぎ、現在に至る。
飛行艇の一室に三人は居た。
フォンは相変わらず乗り物酔いでダウンしており、部屋は静まり返っていた。
腕を組み窓の傍に腰掛けるリオンは、外の様子を窺う。
飛行艇に乗るのは初めてで、よくこんな鉄の塊が空を飛べるモノだと、興味が湧いていた。
それは、リオンが天賦族の血を引いているからだろう。
一方で、メリーナは椅子に腰掛けたまま、ウトウトしていた。
相変わらず、起用に頭を上下に揺らしながら眠るメリーナに、リオンは静かに笑みを浮かべた。
三人が飛行艇に揺られるこの日、東の大陸で一つの国が生まれる。
天賦族・風鳥族・水呼族の三つの種族の長が手を組み造り上げた国フォースト誕生の時だった。
そして、その三種族の集会が、巨大都市リバールで行われていた。
天賦族の長によって発展されたその都市は高度な技術によって、文明が最も進んだ場所だった。
飛行艇の小型化。
動く道路。
高層ビルなど、明らかに他の町とは文明が大きく異なる進歩を辿っていた。
そんな高層ビルの並ぶ町の中心、円柱型の巨大な建物の中に、三つの種族は集められていた。
「一体、何用だ? 天賦族の長よ」
静かな声を発するのは、現風鳥族の長、バースト。
四十を越えながらも、その肉体は衰えず筋骨隆々のその男は、白髪混じりの黒髪を揺らし、古傷の刻まれたその顔を、右斜め前へと向ける。
そこに座るのは、天賦族の長シュナイデル。長い金色の髪を揺らし、顔の前で手を組むその男は、静かに鼻から息を吐き出すと、淡い青色の瞳をバーストへと向けた。
「今宵は、新たなる歴史が刻まれるんです。お互いの親睦を深める為にも、杯を交わそうじゃありませんか」
静かなシュナイデルの声に、バーストは腕を組むと鼻を鳴らす。
「若造の癖に中々、気が回るじゃないか」
バーストがそう呟き、高級な椅子の背もたれへと背を預ける。
すると、その左斜め前に腰掛ける淡い蒼の髪を揺らす水呼族の長、レバルドが、しゃがれた声で告げる。
「それより、誰が国王になるのか、決めねばならぬぞ」
灰色の瞳を静かに動かし、レバルドは手を組んだ。
静かな時が流れる中で、椅子の背もたれを軋ませシュナイデルが天井を見上げる。
「まぁ、いいじゃないですか。初代国王は、あなた方のどちらかだと、私は思っていますよ?」
「ふっ……当然だ」
「貴様の様な若造が王など一番ありえん」
バーストとレバルドがそう言うと、シュナイデルは金色の髪を揺らし笑う。
「ですね。私もそう思いますよ。ですので、今日は祝いの席と言う事で、王座についてはお二人で以後話し合うと言う事でいかがですか?」
パンと両手を叩いたシュナイデルがそう言うと、バーストとレバルドは何も言わず小さく頷いた。
「では、祝いの席として、料理を振舞わせていただきましょう」
シュナイデルがそう言うと、三度手を叩く。すると、部屋の扉が開かれ、数人のメイドが料理を運ぶ。
様々な料理が大きなテーブルへと並べられ、数分足らずでテーブルには多くの料理が並んでいた。
芳しい香りに二人は喉を鳴らし、息を呑み込んだ。
「さぁ、どうぞ。今宵はこの世界に最初の国王誕生の時です。盛大に祝いましょう」
シュナイデルの言葉に促され、二人はワイングラスに注がれた赤いワインを口へと運んだ。
口に含まれたワインがゆっくりと喉元を過ぎ、胃へと流れ込む。
その熟成された甘味な味わいに、二人は自然とその手を料理へと伸ばした。
何の疑いも無く――。
――数時間後。
そこにはただ一人だけが佇んでいた。
後ろ手で手を組み、鼻歌を交えるその男は、金色の髪を揺らしながら、大きな窓から外の風景を眺めていた。
何も言わず、ただ黙って。
その後ろでは肉を貪る音だけが響いていた。
だが、それは料理として並ぶ肉を貪り食う音ではなく、床に転がる二つの男の肉を貪る音だった。
引きちぎられた腕が骨だけになり、床へと転がり、生臭い血が広がる。
二人の男を貪り食う二つの影は、不気味な赤い瞳を激しく左右へと動かす。
「まだ食い足りないのか? 残念だが、今日の食事はソイツらだけだ」
後ろ手で手を組んだシュナイデルが静かにそう告げ、ゆっくりと振り返る。
その穏やかな表情の奥に隠された殺気立った眼差しに、赤い瞳を動かす不気味な生物は逃げる様に部屋の隅へと姿を隠した。
圧倒的な威圧感に本能的に逃げ出したのだ。
静かに歩みを進めるシュナイデルは、自らの椅子の前に置かれたワイングラスを手に取ると、ゆっくりと顔の前まで上げる。
「新たなる世界の王の誕生に乾杯」
静かに祝杯を上げるかの如くワイングラスを揺らし、そのワインを口へと含ませた。
コクリと喉元が動き、鼻から静かに息が吐き出される。
「ふふふっ……」
静かな笑い声が響く中、骨が軋む音だけが響く。
それは、部屋の隅へと移動した二人の影が織り成す音だった。
その音に、更にシュナイデルは静かに笑うと、ゆっくりとワイングラスを置き、その眼差しを闇に潜む二つの影へと向ける。
「さて、お前達は、里に戻りやってもらう事がある」
シュナイデルがそう言うと、闇に潜んでいた二人が静かに光の下へと歩み出す。
闇から姿を見せたのは、先程まで貪り食われていた風鳥族の長バーストと、水呼族の長レバルドの二人だった。
明らかに骨格や体型すら二人と瓜二つになった二人に、シュナイデルは静かに告げる。
「集めろ。お前ら種族の最強の戦士達を。これより、大陸を制圧する」
「分かりました。われらが国王よ」
バーストが片膝を着き頭を下げ、
「国王の意のままに」
遅れてレバルドも膝を着き頭をさげた。
この日、開国した国の名はフォースト。その初代国王となったのは天賦族シュナイデル。
天賦族でも鬼才と呼ばれたその男は、後にこの世界を揺るがす大きな戦争を起こす張本人。
しかし、そんな彼を狂わせたのは、一人の女性だったと言う――。
飛行艇に揺られるフォン達一行は、いよいよ北の大陸へと辿り着こうとしていた。
「大丈夫か? フォン」
心配そうにリオンが尋ねる。
床にうつ伏せに倒れるフォンは、乱れた茶色の髪を掻き揚げ呻き声を上げる。
「あぁー……んんー……」
「大丈夫じゃなさそうだな」
苦笑しリオンが呟く。
窓の外へと目を向けるメリーナは、目を輝かせていた。
「はわわっ! 見えてきました! 見えてきましたよ!」
金色の長い髪を揺らすメリーナが興奮気味にそう声をあげる。
飛行艇に乗るのは二度目だと言うメリーナだが、人一倍喜んでいた。
そんなメリーナにリオンは小さく頷き、
「そ、そうだな」
と、苦笑しながら答えた。
興奮するメリーナは横たわるフォンの体を揺らす。
「フォンさん! フォンさん! 見てください! 凄い景色ですよ!」
「あぁー……うん……そ、そうだ……な……」
弱々しく返答するフォンに対し、メリーナは愛らしく頬を膨らし、
「もう! そうだなじゃないですよ! ちゃんと見てください!」
酔いで顔色の悪いフォンの体を激しく揺らすメリーナに、リオンは苦笑する。
「勘弁してやれよ……メリーナ」
哀れむようにフォンを見ながらリオンはそう呟いた。




